重力波検出を30年以上支えた「ノイズハンティング」技術とは – 東大宇宙線研・川村静児教授
2015年9月、米国のレーザー干渉計重力波観測所「LIGO(ライゴ)」にて、世界で初めて重力波が検出された。アインシュタインがその存在を予言してから100年。重力波の研究は、どのような経緯で発展してきたのだろうか。そして今後は、何を目指して研究が進められていくのだろうか。今回、重力波の研究に30年以上携わり、分野の発展に多大な貢献をされてきた東京大学宇宙線研究所・川村静児教授にインタビューを行った。
ーまずは、重力波について教えてください。
重力波とは、質量を持つ物体が動くときに発生する波のことです。たとえば、みなさんが持っているスマホにも質量はあるので、スマホを動かすたびに重力波が発生しているということになります。このように聞くと、重力波なんて簡単に検出できるのではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。なぜかというと、重力波による影響はきわめて小さいので、検出するのが非常に難しいからです。重力波を検出するためには、重い物体が速く動いている状況を見つけなくてはなりません。実際、昨年LIGOで世界で初めて観測された重力波も、太陽質量の30倍程度のブラックホール連星が、0.1秒間に数回程度、お互いのまわりをくるくるまわる状況で発生したものでした。
ー川村先生は、どのような経緯で重力波の研究をはじめられたのでしょうか。
1980年代半ば頃、東大の宇宙プラズマ物理の研究室に修士課程の学生として在籍していたのですが、何か新しい分野の研究をしようということで、研究室の先生といろいろ調べていたんですよね。そこで、重力波に関するテーマが候補のひとつになりました。そのころは、重力波を検出するために「共振型」と呼ばれるタイプの装置が使われていたのですが、共振型は原理が簡単で作りやすいメリットがある一方、検出可能な重力波の周波数帯が限られてしまうデメリットもありました。そのような背景のなかで、世界的に共振型からより広範囲の周波数帯を検知できる「レーザー干渉計型」への移行が行われていたのですが、日本では誰もやっていなかったこともあり、それではやってみようということになりました。
ー世界的には、もっと前から移行が行われていたのでしょうか。
1970年代からですかね。マックスプランク研究所(ドイツ)やグラスゴー大学(スコットランド)、カリフォルニア工科大学(アメリカ)など、いくつかの研究機関がレーザー干渉計型のプロトタイプの開発を進めていました。アメリカではその後、新しいポストがドンドン増えて、他分野から研究者が流れ込んでいました。日本では、研究者が研究テーマを途中で変える文化はないですし、新しい分野にポストができるということもあまりないですよね。今回重力波が検出されて、ようやくその流れが出来るかどうかという状況のように思います。
ー川村先生の大学院時代の取り組みについて教えてください。
レーザー干渉計型の10mのプロトタイプを作り、検出感度を高めるという仕事をしていました。10mというのは、検出器を構成するビーム・スプリッターから鏡までの距離で、この距離が長ければ長いほど、重力波を検出しやすくなります。
重力波を検出するには、あらゆるものを制御しなければなりません。検出器は、制御の塊なんです。それなのに、制御の理論も何も知らない状態で、手探りで進めていましたね。でも最終的に、10mのプロトタイプを動かすことに成功して、当時最も感度の高かったマックスプランク研究所の30mのプロトタイプの感度(鏡の変位感度)に、あとひと桁というところまで近付くことができました。
ー川村先生が作られたプロトタイプからは、重力波の存在を示唆するデータは検出されたのでしょうか。
10mプロトタイプの感度がよくなった1989年頃、1987年に起きた超新星爆発の残骸から、パルサーが発見されたという報告がありました。パルサーからは重力波が出るので、その観測をしようということになり、120時間くらい観測を行いました。装置と観測の詳細を博士論文にまとめて提出し、ポスドクとしてカリフォルニア工科大学(=カルテク)に移ったのですが、その何ヶ月か後になって、パルサーだと思っていたものが、テレビのノイズだったということがわかったんです(笑)。
ー感度を高めるためには、検出器の大きさだけではなく、ノイズを除去することも重要なのですね。
そうですね。カルテクでの私の最初の仕事は、検出器を構成する鏡の角度が揺れる問題を解決することでした。最初は、鏡の角度が少し揺れてもノイズにはそこまで影響しないと思われていたのですが、研究を進めていくうちに、鏡の角度の揺れが大きなノイズになっていることがわかってきたんです。私は、角度の揺れを制御するシステムを変えることで、検出感度を3桁ほど上げることに成功しました。その後も、ノイズをどんどん探しては感度を上げるという仕事を進め、最終的に、当時「奇跡の感度」と呼ばれる感度を達成することができました。ノイズ探しは私の性に合っていたのかもしれませんね。
ーノイズの除去作業と聞くと、地味で難しい作業のように思えるのですが……、性に合っているとはいえ、嫌になるときもあるのではないでしょうか。
それが、全くないんですよね(笑)。わからなければわからないほど、おもしろいんですよ。簡単なノイズの場合には、3時間も考えれば原因が見つかるのですが、難しいノイズの場合だと3日くらいかかります。なかには3ヶ月くらいかかるときもありますね。また、ノイズ対策をしている間に原因がわからないまま消えるノイズもあったりなど、いろいろな種類のノイズを狩り続ける、”ノイズハンティング” をする日々を過ごしていました。
ーノイズハンティングの過程で、最も嬉しい瞬間はどのようなときですか。
失敗するときです。研究室にいるときはもちろん、寝転がったり、ジョギングしたりなど、さまざまな状況で思いついたノイズ除去のアイデアを試して、失敗する。この瞬間が、一番楽しいんです。ノイズには必ず起源があるので、どのようなメカニズムでノイズが現れるかを理解すれば、取り除いてやることはできるわけですからね。このノイズはなかなかやるな! と楽しみながら、試行錯誤を繰り返すわけです。
ー重力波の観測により、今後どのようなことが明らかになってくるのでしょうか。
今回の実験では、太陽質量の30倍のブラックホール連星の合体から生じた重力波を検出したわけですが、この結果は、ほとんどの人が想定していなかったんですよね。なぜかと言うと、現在の理論モデルではこれほど重いブラックホール連星が、そこまでたくさん存在しているとは言えなかったからです。今回の観測結果から、太陽質量の30倍程度のブラックホール連星は、予想よりもたくさん存在しているのではないかということが言えるので、今後これまで提唱されてきた理論モデルが選別され、どういう質量を持つ星がどれくらいの頻度で観測されるのかということが、より正確に予測できるようになるのではないかと思います。
ー今後、重力波検出に関する研究はどのように進んでいくのでしょうか。
検出の感度を向上させる取り組みが、世界的に進んでいくように思います。LIGOや日本の重力波検出器「KAGRA(カグラ)」の感度をさらに上げようという取り組みももちろんありますが、ヨーロッパでは、10kmの腕を持つ「Einstein Telescoop(アインシュタイン・テレスコープ)」という巨大干渉計を、地下で動かそうという計画も進んでいるんですよね。レーザー干渉計は大型化すれば感度が上がるので、予算と土地があれば性能を向上させることができます。ただ、巨大な検出器を置ける土地も限られているじゃないですか。そこで、1,000km近いサイズの検出器を宇宙に持っていくという日本の将来計画「DECIGO(ディサイゴ)」も検討されています。宇宙空間では地面振動がなく、地上よりもノイズを減らすことができるので、高い感度で重力波をとらえることができるはずです。
ー最後に、川村先生の研究者としての目標についてお聞かせください。
宇宙がどうやってできたのかをとにかく知りたいです。DECIGOを実現することができれば、ブラックホール連星の合体よりももっとずっと前の世界、つまり、宇宙のはじまりと言われているインフレーションの動かぬ証拠を突き止められる可能性も出てきます。私が現役の間に解明できる問題ではないかもしれませんが、自分の仕事をできるだけ早く進めていくことで、次世代の研究者たちにバトンをつないでいきたいですね。
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重力波のことや川村先生の取り組みについてより詳しく知りたいかたは、ぜひ川村先生の著書「重力波とは何か」をご覧ください!
この記事を書いた人
- アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。