【連載】脳望遠鏡:Biology 5.0で脳に挑む(3)
近代科学の父と言われるガリレオが使った望遠鏡は、星の光を肉眼で見る(検出する)というものでした。当時は写真撮影もなかったので、スケッチで記録されていました。一方、 最近チリに建設された電波望遠鏡「アルマ望遠鏡」では、肉眼では観察できないようなものを検出して記録します。 生物学の場合、Biology1.0(メンデル、ダーウィン、カハールの時代)では、肉眼や顕微鏡を使って個体や細胞を検出しました。最近の生物学では、特殊なツール(道具)や検出方法(センサー)を開発・利用することで、現象を記録することが多くなっていますが、Biology5.0ではこれがさらに本格的になるでしょう。
「検出する」「記録する」というのは、データ作りの基本です。現在の生物学で使われる検出ツールとして代表的なものが、蛍光タンパク質GFPや共焦点蛍光顕微鏡でしょうか。脳科学の分野では、fMRIというような方法が、脳の活動場所の検出に使われています。また、現代生物学に重大な影響を与えた事柄のひとつに、大容量の記録媒体の出現があったことは、あまり気づかれていないかもしれません。
前回は、私にとっての「コネクトーム」、つまり、ニューロン同士のつながりの問題は、神経回路をつなぎあげる分子の発現と特異性の問題であり、そこではSidekickという細胞表面の接着分子が関係することについて紹介しました。今回は、このようなシナプスでの接着に関わる細胞表面分子をツールとして使うことで、ニューロン同士が繫がっているということの「検出」に使えるということを紹介したいと思います。
神経細胞同士のつながりを可視化する
神経細胞同士がつながっているシナプスというのは、2つの細胞膜、つまり神経伝達物質を放出するシナプス前部の細胞膜と、その神経伝達物質の受容体を持つシナプス後部の細胞膜が接着したものです。つながっているかを判断するには、この接着の有無を検出すればよいわけです。接着は、シナプス前部とシナプス後部をつなぐ接着分子によって生じます。
接着の有無を検出する方法として利用されてきているのが、蛍光タンパク質GFPを2つに分割して、それを再構成させる「分割GFP」という方法です。つまり、GFPを2つに分割して、それぞれをシナプス前部とシナプス後部に配置するわけです。分割したGFPは、蛍光タンパク質として光りません。ところがシナプスでは、シナプス前部と後部が接着していますので、分割したフラグメントが再び一緒になって、GFPとして光るようになります。 この方法は、GRASP(GFP Reconstitution Across Synaptic Partners)と名付けられて、センチュウやハエではしばしば用いられています。もともとは最近、Chan Zuckerbergイニシアティブのもとで行われる巨額なバイオ系プロジェクトの責任者になったCori Bargmann博士(ロックフェラー大学)のラボで開発された方法です。
私たちは2012年に、哺乳類であるマウスでもGRASPが使えることをはじめて示しました(別のグループも同時期に発表していますが、その方法には再現性がありません)。 しかしこの方法は、相互作用の影響により再構成されるGFPの分子数が少なくなるなどの理由から、感度が不十分となり、実際にマウスの脳のシナプスで利用することが非常に難しいという問題を抱えていました。
今年になって、細胞外でも働く高感度な酵素として広く利用されてきたヘム結合糖タンパク質である西洋ワサビ・ペルオキシダーゼ(HRP)を2つに分割する「分割HRP」という方法論を発表しました。Alice Ting教授(当時、マサチューセッツ工科大学(MIT)化学教室、現在、スタンフォード大学)の研究室との共同研究で、中心になって研究を行ったのは、MITの大学院生だったJeff Martellさんです。
HRPを2つのフラグメントに分割できるアミノ酸の箇所を見出し、さらに分割した2つのフラグメントを酵母内で活性が強まるアミノ酸配列を持つものを選択的に選び出すDirected evolution(進化分子工学)によるスクリーニングをすることで、高活性を有する再構成に有利な新たな配列を創りだしました。この再構成を利用して観察できるタンパク質間の相互作用は、HRPの蛍光検出あるいはDAB等を利用することで電子顕微鏡で観察できます。GFPを使ったGRASPを真似て、お互いに結合するシナプス接着分子であるニューレキシンとニューロリギンにそれぞれのフラグメントを融合させることで、2つのニューロンがシナプス結合を作ったときのみに再構成できるようにしました。このシステムは、in vitroの神経細胞培養系さらにマウス視覚系で使用することができることを示しました。分割HRP法は、このほかにもさまざまな細胞間の相互作用メカニズムの研究に有用であろうと予想されます。
神経科学研究イノベーションの鍵:生物多様性と合成生物学
上で説明したHRPは、西洋ワサビという植物から単離されたタンパク質でした。GFPも、下村脩博士らがオワンクラゲという生物で発見し、ノーベル賞の対象にもなりました。神経科学の分野では、オプトジェネティクス(光遺伝学)という技術が日常的に用いられています。この方法に使われるタンパク質は、もともと古細菌で見つかったものでした。また、最近話題になっているCRISPR/CAS9というゲノム編集に使われるシステムも、細菌の免疫システムとして研究されてきたもので、神経科学研究にも役立っています。このように、多様な生物での基本的なメカニズムの研究が、広く生物学 、さらに医学にも使用されるツールの開発に発展しました。つまり、神経科学研究のイノベーションを支えてきているのは、多様な生物に見られる興味深い生命現象の研究であったということを見逃してはいけません。
こうした新しい分子ツール作りのもうひとつのポイントは、今回説明した分割HRPの例のように、新しい特性を持ったタンパク質を創り出す進化分子工学、既存のタンパク質の構造の理解から新しい性質を持ったタンパク質をデザインする方法、さらには違ったタンパク質との「キメラ」を人工的に作製するといった方法の利用です 。合成生物学というと、遺伝子編集などによって新しい生物を作るというイメージもありますが、このような新しいタンパク質を作るのも、また合成生物学の可能性なのです。
参考文献
- Yamagata M and Sanes JR (2012) Transgenic strategy for identifying synaptic connections in mice by fluorescence complementation (GRASP). Front. Mol. Neurosci. 5:18. doi: 10.3389/fnmol.2012.00018
- Martell JD, Yamagata M, Deerinck TJ, Phan S, Kwa CG, Ellisman MH, Sanes JR, Ting AY. (2016) Nature Biotechnol. 34: 774-780.
- A split horseradish peroxidase for the detection of intercellular protein-protein interactions and sensitive visualization of synapses.
この記事を書いた人
- Harvard University。名古屋大学理学研究科化学専攻で、理学博士。 高校時代は地学部で天文学に関心がありましたが、生化学に関心を持ち、 糖鎖やタンパク質の研究をしました。その後、細胞生物学、発生生物学に興味を持ち、現在は、脳神経回路の発生と機能の研究に関心があります。尖った人材になって、尖った人財を育てたいと思います。
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