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動物は、目という「望遠鏡」を持っています。特に、ヒトが外界から受け取っている情報の9割は、目からであると言われています。つまり、ヒトは 視覚を多用している動物と言えるでしょう。視覚系というのは、神経科学の分野でも研究者人口が多い分野です。また、眼鏡やコンタクトレンズなどの医療機器にはじまり、遺伝子治療や再生医療の対象として、先端科学の成果がいち早く適用されるのも、眼科の領域であることが多いのです。

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視覚系(図は、WikipediaなどのCreative Commonsより)

視覚系では、目のレンズから入った光を受け取る網膜、そして網膜の出力ニューロンである網膜神経節細胞から出た視神経が脳(外側膝状体、上丘など)に接続して、最終的に大脳(視覚野など)で 視覚情報が処理されます。目にある網膜は神経組織ですので、ニューロンが集まってできています。しばしば、目はカメラと比較されたりしてきました。ところが、より現代的な捉えかたをすると、目から脳につながった神経回路と、カメラを接続したコンピュータという比較をするほうが適切ではないかと私は思います。視覚系というのは、目だけのシステムではないからです。

最近のカメラやコンピュータは高性能です。しかし依然として、ヒトの視覚系が優れているということがあります。たとえば、違ったヒトの顔を見分けたり、同じヒトの表情を理解したりするのは、ヒトは得意です。一瞬のうちに見分けることができます。ところが、なぜ即座に判別できるのか、その違いを言葉で説明しようとしても、容易ではないと思います。そして、これが認知科学と人工知能研究の対象になっているわけです。

さらに、錯視として知られている現象でわかるように、ヒトが見ていると思っているものは網膜に映っている像ではないということがわかります。このように、「見る」ことを研究するというのは、単純に、目(カメラ)のなかに映る画像を見ることを研究するということではないということです。こういうことを研究していくと、たとえば車の運転をするドライバーの視覚の弱点を補うことで事故を防ぐというような、日常生活の技術にも役立つかもしれません。そして、これがまさに神経科学と人工知能の研究の接点であると思います。こう考えていくと、「神経回路がどうなっていて、どう働くか」、つまり、コネクトームの研究がとても大切だというのが理解できると思います。神経科学では、まだまだこの「コンピュータ」に相当する部分がブラックボックスになっているということです。

ビッグデータの典型とも言われるコネクトーム研究では、脳組織の多くの電子顕微鏡写真を撮影して、それをつなぎ合わせて、ひとつのニューロンの形を3次元で辿っていって再構築(リコンストラクション)するということが必要です。ところがここでも、こういう作業を機械で行うより、ヒトがヒトの目を使って作業した方が正確にできるのです。つまり、人手を使った人海戦術でリコンストラクションの作業をやるわけですが、頭脳労働に忙しい多くの研究者が、退屈な作業を延々とやるというのはやはりモチベーションが上がらない。そこで、学生のアルバイトを雇ったりして、単純作業をやってもらうブラックラボにしたりしている。あるいは、プリンストン大学のSebastian Seung教授のグループは、網膜のニューロンの研究のために、Eyewire というWeb上のゲームを考案して、市井の人たちにそういう作業をやってもらおう、というようなことをやっています。

このように、神経回路のシナプス結合性のパターンまでのリコンストラクションの作業、つまりコネクトームを完成させるには、莫大な時間や経費、労力を要します。今回は、最近私たちが開発した特定ニューロンのリコンストラクションをするのに簡便な方法を紹介したいと思います。

特定ニューロンをターゲットにした超微形態観察法

神経系研究の動物実験では、2つあるいは複数の条件で飼育した動物を比較するということが、頻繁に行われます。たとえば、薬剤を投与した動物と投与しなかった対照動物、 KOマウスと正常マウス、疾患モデル動物と正常動物の神経回路を比較することで、薬剤の影響、遺伝子機能、病態の理解ができるわけです。もちろん、それぞれの動物の神経系をすべて調べてもよいわけですが、すべてのニューロンのコネクトームを観察する必要性は必ずしもないわけです 。 今回紹介したいのは、最近eLifeに発表した論文で、すべてのニューロンのコネクトーム構築ではなくて、ある特定のニューロンだけをターゲットにして電顕レベルで短時間でリコンストラクションする方法(ARTEMIS法)です。

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特定ニューロンの超微形態をリコンストラクションする ARTEMIS法

このために、まず電顕で観察が可能な遺伝的なレポーター遺伝子を、特定の神経細胞で発現させる必要があります。私たちが利用したのは、植物由来の酵素ペルオキシダーゼのcDNAのアデノ随伴ウィルスベクターAAVによる強制発現です。つまり、ペルオキシダーゼをCre/loxPという遺伝子組換えシステムを利用して、Creという遺伝子組換え酵素を発現している細胞だけで発現させるということです。植物由来のペルオキシダーゼは、2つのタイプを用いました。ひとつは、前回も紹介した西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼHRP、もうひとつは、アスコルビン酸オキシダーゼ(APEX)です。これらのペルオキシダーゼcDNAを、Creレコンビナーゼが特定の神経細胞で発現するマウスの神経系で発現させ、それをペルオキシダーゼの基質であるジアミノベンジジン(DAB)で染色後、電子顕微鏡で観察するわけです。一見、このアイデアは簡単そうなのですが、実際はかなり困難であって改良が必要でした。

具体的には、ペルオキシダーゼの活性が弱いと、固定後の試料内で酵素反応を長時間行わせるために、電顕で観察できる超微形態が失われてしまいます(酵素は強い固定液の中では反応しないし、過酸化水素が組織にダメージを与える)。さらに、昔から使われてきているペルオキシダーゼの基質であるDAB反応産物の沈着(電子密度が高い)の検出感度が、電顕下では期待したほど良好ではないということでした(通常の試料作製法ではうまく見えなくなってしまう)。

まず、これらの酵素の活性を高め検出感度を良くするために、HRPとAPEXの配列を改良しました。APEXは、Alice Ting教授(当時:MIT化学教室、現在:スタンフォード大学)のグループで開発されたAPEX2を使いました。そしてHRPは私が哺乳動物で活性を強めるように配列を改良したものです。なかんづく重要なのは、電顕試料を作製する際、試料を「還元」するという単純なステップを加えることで、 ペルオキシダーゼによるDAB沈着を超微形態を失うことなく感度よく観察できることがわかりました。そして、具体的に、この方法が、哺乳動物マウスの視覚系と無脊椎動物ショウジョウバエの神経系で利用できることを示しました。

ロボティックスとITを使ったBiology5.0へ

このようにして特定のニューロンを標識した薄い連続切片を、ハーバード大のJeff Lichtman教授の研究室で、コネクトーム構築の目的で開発してきたATUMという方法で作製し電顕撮影します。ATUMというのは、超薄切片を一枚ずつ連続して、失うことなく長いテープの上に載せて、それを電顕で撮影する方法です。この方法は、汎用性が高く、コネクトームの構築作業に必須なものとなっていますが、一言でいえば、切片を作製と並べる作業と電顕撮影を自動化したロボティックスです。私たちの場合、ペルオキシダーゼを発現しているニューロンが染色標識されているので、低解像度の電顕写真が利用できることがわかりました。更に、それぞれの切片で標識されたニューロンを自動的にトレースすることができるコンピューターアルゴリズムを開発しました。これはノートルダム大学の研究者との共同研究です。

つまり、植物由来遺伝子の分子生物学を用いた神経細胞の標識、 ATUMというロボッティックス、そしてコンピュータプログラムの開発という一連のマルチディシプリナリーな方法を組み合わせることで、短時間のうちに、特定ニューロンの超微形態のリコンストラクションが可能になったわけです。また、この研究で作製したベクターなどは、発表と同時にAddgene から頒布可能にすることで、多くの研究者が即座に利用できるようにしました。

ここで説明したような生物学、合成生物学的手法、化学、工学、情報科学、オープンサイエンスというキーワードから、私が第一回目の寄稿で説明した 「Biology5.0」ということの萌芽的な雰囲気を感じていただければ幸いです。

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参考文献

  1. 脳科学辞典(日本神経科学学会)「コネクトーム」山形方人 (2016年) DOI:10.14931/bsd.7096
  2. Reconstruction of genetically identified neurons imaged by serial-section electron microscopy, eLife (2016) Maximilian Joesch , David Mankus , Masahito Yamagata , Ali Shahbazi , Richard Shalek , Adi Suissa-Peleg , Markus Meister , Jeff W. Lichtman , Walter J. Scheirer, Joshua R. Sanes

この記事を書いた人

山形方人

Harvard University。名古屋大学理学研究科化学専攻で、理学博士。 高校時代は地学部で天文学に関心がありましたが、生化学に関心を持ち、 糖鎖やタンパク質の研究をしました。その後、細胞生物学、発生生物学に興味を持ち、現在は、脳神経回路の発生と機能の研究に関心があります。尖った人材になって、尖った人財を育てたいと思います。