先日、横綱のように強い耐性を持つことで知られる「ヨコヅナクマムシ」のゲノムが解読されて、その放射線耐性メカニズムの一端が解明されたという研究発表があった。ヨコヅナクマムシが命名された10年前は、クマムシ研究のことを「研究というより、趣味ではないか」などと言われていたそうだ。しかし現在では、クマムシの知名度も向上し、研究者の人口も増えてきている。今回、クマムシ博士・堀川大樹さんに、研究がスタートしたときの状況や、新しい研究分野を開拓することの難しさ、それを乗り越えてきた研究へのモチベーションについて、詳しくお話を伺った。

ーヨコヅナクマムシとの出会いは、いつ頃だったのでしょうか。

「クマムシ博士」こと堀川大樹さん

博士課程の2年目だった2005年頃から、それまで研究してきたオニクマムシの研究が限界に達してきたんですよね。オニクマムシの飼育のパイオニアである鈴木忠さんからも、これ以上オニクマムシの研究を進めていくのは難しいよと言われていたため、今後どうしていこうかと悩んでいた時期でもありました。

当時は、いろいろな場所でクマムシを採取してきては、アクエリアスや牛乳、金魚のエサなどを与えながら、飼育可能なクマムシを探していました。ただ、飼育するのはなかなか難しく、何をやってもダメだったんですよね。そこで試しに、オニクマムシのエサとして飼育していたワムシの水槽にあった、緑っぽいもやもやしたものを与えてみたんです。すると、2002年にすでに北海道で見つけていたクマムシがそれを食べて、卵を産み、しばらくすると卵が孵化して、それがまた卵を産むという流れで、3世代周ったため、飼育できるのではないかということがわかりました。そのときは名前は付けていなかったのですが、これが「ヨコヅナクマムシ」です。

ーなかなか「緑っぽいもやもやしたもの」をエサとして与えようとは思わない気がするのですが……。

できることは何でもやってやろうとは思っていましたね(笑)。知り合いのイタリアの研究者がかつて藻を使ってクマムシの飼育にトライしたことや、鈴木さんから肉食ではなく、食植生のエサが良いのではないかというアドバイスが頭の片隅にあったので、やってみようという気になったのかもしれません。

ー飼育可能になるということは、研究を進める基盤ができたということを意味すると思うのですが、何をゴールに掲げて研究を進めていたのでしょうか。

当時、ゲノム情報を明らかにして生命現象を解明しようという潮流が出てきていました。1990年代の終わり頃から、線虫の一種であるC.elegansなどの主要なモデル生物のゲノムが決定されてきたので、次は変わった生き物のゲノムを読もうというように生物学者の視点が移ってきていたんですよね。

私はその頃、乾燥しても死なない昆虫で有名なネムリユスリカを研究する研究室に在籍していました。研究室内にはどうにかしてネムリユスリカのゲノムを読みたいという雰囲気があったので、現在はそういう流れなのかということは肌で感じていましたね。ただ、ネムリユスリカの研究は10数名で取り組んでいたのに対して、クマムシをやっていたのは私ひとりだけだったんですよ(笑)。規模も全然違えば、向こうはプロ集団、こっちは学生じゃないですか。ネムリユスリカに追いつくためには、飼育系を完成させて、ゲノム解析を行わないといけないなと思っていました。ですので、ゲノム解読はひとつのゴールであると言えます。

ー研究室どころか、日本全国を探してもクマムシ研究者は少なそうですよね。

当時アクティブに研究していた方は、私の知る限りでは4人です。2006年に鈴木忠さんがクマムシの書籍を出版されたんですけど、出版前後のタイミングで、クマムシ関係者みんなで飲みましょうという話になったんですよね。ちなみにその飲み会のことを、「クマ飲み(クマムシ飲み会)」と呼んでいました。クマ飲みを進めていくうちに、バイオインフォマティクス、分子生物学、ゲノム解析、飼育系に立ち上げのそれぞれに強みを持つ研究者で大きな方向性が決まって、実際に研究を進める流れを作ることができました。

ー最初はどのような研究をしていたのですか。

博士課程3年の2006年5月くらいからは、今回の論文の責任著者でもある國枝さんが所属されていた研究室に居候していたんですよ。ただ、研究室全体で20人以上いて、もちろん席なんて空いていません。そもそも、そのタイミングで研究室に来るなんて、普通ありえないですよね。相当問題のあるやつなんじゃないかって噂もあったみたいです(笑)。そこでヨコヅナクマムシの耐性に関する基礎データを集めつつ、ゲノム解析を行うためにヨコヅナクマムシの標準系統を作り、1000匹単位で育ててはDNA抽出を行うということをひたすら進めていました。

ー1000匹単位となると、かなり時間がかかりそうですね。

ヨコヅナクマムシを1000匹集めるのにも結構な時間がかかりましたね。ポスドク職のない2007年は、非常勤講師をしながら引き続き居候させていただき、ひたすらヨコヅナクマムシのゲノム抽出をしていました。もちろん、ただ働きです(笑)。そういえば、2007年どころか2008年もやっていましたね……。全部で2年半くらいかかりました。

ー2年半も飼育とDNA抽出とは……。今の堀川さんなら、ブログで研究仲間を募集してそうですが。

当時はそれは全く考えていなかったですね。今では、こんなもの(注:クマムシ特性ベレー帽)も被っていますけど、もともと人前に出るのは得意ではなかったし、ブログを公開するのも気が進みませんでした。実は2005年くらいにもブログをやっていたんですけど、完全にクローズドで、友達2人くらいしか見ていませんでしたね(笑)。

取材は渋谷のFabCafe MTRLにて。堀川さんの活動拠点のひとつ

ーもし今の状態で、2005年に戻れたらどうされますか。

生物部でクマムシを研究している中学校や高校に行って、飼育方法を伝授したり研究を見てあげたりする替わりに、飼育で増えたクマムシの何割かを送ってもらうという仕組みを作りたいです。拠点が何箇所かできれば、かなり助かりますので。また、現在使わせていただいているFabCafe MTRLのような場所や、私の運営しているオンラインサロン「クマムシ博士のクマムシ研究所」を活用して、何かしら考えるかもしれませんね。

ー中学生や高校生がいきなりクマムシを飼育できるものなのでしょうか。

なかなか難しいのですが、埼玉県の高校では、実際に3000匹くらい飼っているみたいですよ。私がそんなに教えたわけではないのですが、独自にノウハウを積み上げてきたみたいです。こういう高校が3箇所できてしまえば、合計1万匹になりますので、そこから何割か研究に使わせていただけると大変助かります。

ーところで、堀川さんは当時クマムシ研究で科研費は出されていましたか。

詳しくは覚えていないんですけど、当時は資格がなくて書けなかったんですよね。他大学の非常勤講師で、客員研究員のような立ち位置だったので。私の知る限りでは、クマムシの耐性につながる分野で科研費がついたのは、2008年に國枝さんが代表で獲得したプロジェクトがはじめてです。

ー2005年に興味を持たれてから、3年弱で科研費がついたということですね。

そうですね。2005年の段階では考えられなかった話なんですけど、クマムシの研究をどうしてもしたいというこだわりがあったことが、重要だったように思います。ニッチなテーマでも本当にやりたいのであれば、他人の目を気にして研究を辞めたり諦めたりせずに、初心を貫き通せば良いと思います。絶対後悔はしませんから。また、周りの人たちは、人と違うことにチャレンジしている若手を押さえつけたり、それは無理だよというような空気を作らないようにすることが重要なのかなと思います。

ーニッチな研究を進めていくために、若手研究者へのメッセージをお願いします。

理解のある研究室に行く、ということです。特定の研究室や環境でなければダメだと決めつけるのではなく、相性が合わなければ逃げて、居心地の良い環境をもう一度探せば良いと思います。実際、そういう視点で研究室を度々選んできたうえで、そう思います。ほとんどの研究室は、あなたはこれをやりましょうという縛りがあると思うんですけれども、私は放任主義だろうというところを狙っていきました。それでもさらに、居候で二箇所変わっていますからね(笑)。それで迷惑をかけてしまうこともあるんですけれども、許してもらえるのであればそれで良いのではないかということは伝えたいです。

ー最後に、堀川さんの今後の目標について教えてください。

ヨコヅナクマムシの乾燥耐性についての研究を進めていきたいです。世界を見渡せば、哺乳類の細胞を完全に乾燥させて、水分を与えるとちゃんと蘇るという実験を行うベンチャー企業があるんですけど、まだまだ実験の信ぴょう性が高いとは言えないんですよね。受精卵を乾燥させて、水を与えたら元に戻って発生していくというレベルに達するような研究をやりたいです。研究費という面では、アカデミストもありますからね。自分で手を動かしながら、あらゆる手段を見据えつつ、これからも研究を進めていきたいと思います。

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研究者プロフィール:堀川大樹
クマムシ博士。2001年からクマムシの研究を始める。2007年、北海道大学大学院地球環境科学研究科にて博士号取得。その後、NASA宇宙生物学研究所、パリ第5大学などを経て現在、慶應義塾大学先端生命科学研究所特任講師。『クマムシ博士の「最強生物」学講座』(新潮社)、『クマムシ研究日誌』(東海大学出版部)の著書がある。クマムシキャラクター「クマムシさん」のプロデュース、人気ブログ「クマムシ博士のむしブロ」と人気メルマガ「むしマガ」、およびオンライン研究所「クマムシ研究所」を運営。

この記事を書いた人

柴藤 亮介
柴藤 亮介
アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。