何かを探しているときに、それとは別の価値があるものを偶然見つけたり、ふとした偶然をきっかけにアイディアをひらめいたりする「セレンディピティ」を経験したことがあるだろうか。2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士は、誤って濃度1000倍の触媒で反応させてしまったポリアセチレン合成実験の失敗をきっかけとし、受賞対象となった導電性高分子の発見に至るという「セレンディピティ」に出会っている。

このセレンディピティを”偶然”ではなく、”必然”のものにしようと考えている研究者がいる。東京大学大学院理学系研究科 合田圭介教授だ。現在内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「セレンディピティの計画的創出」のプログラムマネージャーを務める合田教授にお話をうかがった。

ー現在取り組んでおられるImPACTの「セレンディピティの計画的創出」プログラムについて教えてください。

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セレンディピティとは、偶然の幸運な発見のことです。サイエンスの歴史をみると、ノーベル賞もそうですが、だいたい半分くらいが偶然の幸運な発見によってもたらされたものであるといえます。そういった不確実なものを、確定的なものに変えるというところが、このプログラムの本質的な目的です。

そもそも発見とは、探索して見つけること。これはサイエンスに限らず、婚活や就活など、人間の本質的な活動です。美味しいイタリアンを食べたいと思ったとき、20年前にはタウンページで探していましたが、それではなかなか良い店を見つけることができません。しかし、今ではGoogleなどの検索エンジンで探せば簡単に見つけることができます。20年前にセレンディピティだったことが、現在では普通になっているのです。この変化を、サイエンスの分野で起こしたいというわけです。

ー具体的にどういった分野での実装を考えられていますか。

現在は特にバイオ市場に着目して、膨大な数の細胞集団から単一細胞を速く正確に探し出せる細胞検索エンジン「セレンディピター」の開発を行っています。セレンディピターによって、ノーベル賞級の大発見を頻発させるというのが理想です。これは、光科学・応用化学・電子工学・機械工学・情報科学・分子生物学・遺伝子工学など、さまざまな分野の知見や異分野融合の技術から成り立っています。

たとえば、東大発ベンチャーのユーグレナが現在、ミドリムシ由来のバイオジェット燃料の実用化を進めていますが、セレンディピターを用いることにより、油を多く産生できる「スーパーミドリムシ」を速く正確に発見・分析し、短期間で油を取り出せる品種改良を繰り返すことが可能です。また、血液検査技術への応用も考えられます。セレンディピターを使って、血液中の造血幹細胞や循環がん幹細胞といった稀少な細胞を正確に単離できれば、がん検査や創薬などの医療応用へつながります。

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「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」プログラムの概要 [提供:科学技術振興機構 革新的研究開発推進室(ImPACT)]

ーバイオ市場に注目されているということですが、博士課程のころには重力波の研究を行われていましたよね。一見、まったく関わりのない分野のようにも思えますが……。

重力波は今年検出され、一気にホットな話題になりました。重力波を見つけるには、ものすごく微弱でかつレアな信号を検出しなければなりませんが、先ほど説明した血液の希少細胞を見つけるのとある意味似ていますよね。レアで微弱なものを計測することをprecision measurementと言いますが、この伝統や文化はほかにも適応できるんじゃないか、と。

バイオ分野では論文の再現性が低いといった問題がありますが、再現性がないということは、コミュニティ自体が進歩していかないということです。物理や化学は、対象がシンプルなために再現性が取りやすく、一度誰かが論文を出せば、その知識は全世界と共有され、皆が同じところからスタートできるので、進化の速度がはやい。

しかしバイオの世界では、論文中に書いていないことも多くあり、論文を読んで目的物をそのままコピーして作るということが難しい。その人のラボに行って技術を習得しなければならないなど、進み方がスローなんですよね。ここをうまく技術で解決できないかな、と。

また、現在のプロジェクトは、各チームが個別に研究を行うのではなく、すべてのチームが連携を取り合った編成で進めており、重力波検出実験に関わっていたときのモデルをうまく活用できていると思います。

ー合田先生のImPACTのプログラムのように、最近では異分野融合の流れがあるように感じます。

近年、論文の共著者数が増えてきています。2012年では平均5.3人でしたが、2030年には平均7.5人になると予想されています。したがって、論文を出すということと、学際的であるということがほぼ同義になりつつあるのです。ただし、これに向けてはいくつか問題点があります。

これまでのサイエンスは、進化と細分化の道が同じだったといえます。サイエンスの知識は年々蓄積されていく一方で、人間の学ぶスピードは変わらない。そんななかで修士・博士課程の数年間である程度の成果を出すためには、学ぶ範囲を限定するしかない。そのために細分化が必要だったというわけです。学問を細分化することによって、その分野のマスターを育成するといった教育が行われてきましたが、ここにまずひとつの問題があります。

また、人間的な問題もあります。サイエンスでは、文書化してそれを共有することで、全人類のサイエンティフィックな能力を底上げしていくということが重要です。この際、人間の言葉はあいまい性を含むので、それを排除するために専門用語を作るわけですが、そのせいで各分野がどんどん専門的になり、同じサイエンスでも専門が違うと会話ができないという状態になってしまっています。本来、分野のないネイチャー(自然)を、人間の都合で考えた分野ごとに細かく分けてしまっているのです。

ーその分野間をつなげる必要がでてきているというわけですね。

それを行うことができるのが、グローバルリーダーだと考えています。私はアメリカでの経験が長いので、「グローバルとは何ですか」とよく聞かれるのですが、たとえば、スポーツというグローバルグループのなかには、サッカーやバスケットといったローカルグループがある。学術のグローバルグループのなかには、生物や物理などのローカルグループがある。このローカルグループ同士をつなげられる人が、グローバルな人です。これを国の関係で行っているのが、一般的にグローバル人材だと考えられていますよね。学術分野では、大きな視野でサイエンスを見て、異分野をつなぐことができるグローバルリーダーが求められています。

ー学術分野でのグローバルリーダーになるにはどういった素質が必要なのでしょう。

アメリカで学際的な研究が進んでいるのは、一般教養に力を入れているからだと考えています。アメリカの大学では最初の2年間、文系学生と理系学生が一緒に一般教養を学びます。文系学生は、数学、物理、化学などを理系学生と一緒に学びます。逆に理系の学生も、社会学、歴史学などを文系学生と一緒に学びます。理系文系どちらの学問においても、良い成績を残さなければ希望する専攻に進めません。一般教養レベルで競争があるということです。こうして、高いレベルでの一般教養を身につけた結果、分野を移動したときに適応できるような人材となる。これがアメリカの人材流動性の強みであり、経済の強みだと考えています。

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ー最後に、academist Journalを読んでくださっている若手研究者へのメッセージをいただけますでしょうか。

スクラップアンドビルドが重要です。日本では、伝統を重要視しているせいか、新しいものを導入するときに古いものを残しつつやろうとして非常に複雑になってしまっていることがよくあります。多少の犠牲や敵を作ってしまうかもしれませんが、壊すことを恐れずに、そこで新しいものを築いていくことが必要です。たとえば、まったく新しい分野に飛び込んでいくとしても、そのひとのサイエンスの重要なところは壊れない。強大な基礎学力があれば、専門性はすぐに身についてくるはずです。

現在ではインターネットを通じた情報共有が可能になり、世界のどこでも誰でも研究を行うことが可能になってきたために、研究者の数が爆発的に増えて、研究のスピードが速くなってきています。昔はすごい発見をしたらそれだけで20年やっていけたかもしれないけど、今では5年ごとに新しいものを発見していかなければ研究者として食べていけない。そういう状況においては、学際的にやっていかざるを得ないわけです。そういったときに、やはりスクラップアンドビルドが大事。日本は出る杭を打つ文化だといいいますが、アメリカでも出る杭は打たれます(笑)。打たれてもめげない杭になるべきなんですよね。

研究者プロフィール:合田圭介 教授
東京大学大学院理学系研究科教授/内閣府革新的研究開発プログラム(ImPACT) プログラム・マネージャー
北海道札幌市出身。1998年に渡米。2001年にカリフォルニア大学バークレー校理学部物理学科を首席で卒業。同年にマサチューセッツ工科大学理学部物理学科に移り、Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatoryに所属し、重力波検出器の量子強化について研究。2006年より1年半の間はカリフォルニア工科大学で客員研究員として同研究を行う。2007年にマサチューセッツ工科大学理学部物理学科博士課程を修了(理学博士)。その後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部電気工学科にて斬新な光イメージング法やレーザー分光法を開発。2011年より同大学工学部生体工学科にて生体医工学とマイクロ流体工学を研究。2012年より東京大学大学院理学系研究科化学専攻物理化学講座の教授。2013年よりカリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部電気工学科の非常勤教員としてUCLAでも研究活動を行う。2014年より内閣府革新的研究開発プログラム(ImPACT)のプログラム・マネージャー。

この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
フリーランスライター/編集者。お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、テクノロジー、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist/academist Journalの運営や広報業務等をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 https://www.suto-hitomi.com/