研究キャリアを生かしてさまざまなビジネスで活躍している方々を取り上げていく本連載。今回は、 Beyond Next Venturesで執行役員として働く盛島真由さんにご登場いただきます。

盛島さんは、smallRNAの研究で生命科学の博士号を取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。その後、 Beyond Next Ventures(BNV)に転職し、現在はバイオテクノロジー、創薬、デジタルヘルス分野への投資などに携わっています。

アカデミアの世界から飛び出し、コンサルタントからベンチャーキャピタリストへ。そのキャリア選択の裏にはどのような思いがあったのでしょうか? 盛島さんの大学院時代の研究や現在の仕事内容なども踏まえて伺いました。

盛島真由博士プロフィール
生命科学の博士号取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。製薬企業・医療機器企業の、新規製品上市・マーケティング戦略・新規市場開拓などのプロジェクトに従事。2016年10月にBeyond Next Venturesへ転職。現在は、バイオテクノロジー、創薬、デジタルヘルス分野の技術系スタートアップへの投資や自社の海外展開支援を行うほか、アクセラレーションプログラムの運営にも携わる。

「まだRNA研究の入り口にすら差し掛かっていない」と博士後期課程進学を決意

——大学院時代に取り組まれていた研究内容について教えてください。

カイコ由来の培養細胞を用いて、smallRNAの研究をしていました。RNAというのは、DNAを鋳型にして転写される分子で、タンパク質をつくる情報を持っています。従来、RNAは細胞内でのタンパク質合成の中間産物だと思われていたのですが、タンパク質をコードしていないRNAも生命活動における多様な機能に関わっていることがわかってきました。

そのひとつが、20数塩基程度の短いsmallRNAです。私は、smallRNAのなかでも生殖細胞や生殖系に関わる組織に特異的に発現する「piRNA」について機能解析を行い、基礎的なメカニズムの解明を進めていました。piRNAは、ゲノム内で飛びまわり遺伝情報の伝達を撹乱するトランスポゾンという転写因子の働きを抑えたり、次世代への正確な遺伝情報の伝達を助けていることが知られていますが、私はpiRNAが他のどのタンパク質と連携し、どのようにして制御すべき対象を特定し、機能を発揮しているのかを明らかにする研究に取り組んでいました。研究の応用展開も見据えてはいましたが、どちらかというと、その現象の裏にあるメカニズムを明らかにしたいという生命科学への興味をモチベーションに研究を進めていましたね。

——博士後期課程に進学を決めたきっかけを教えてください。

理系で大学に進学する多くの方は、博士前期課程の修了時に就職しますよね。その場合、博士前期課程1年の前期ごろから就職活動を開始するのですが、それでは結局「研究の醍醐味」が分からないまま就職することになるのではないかと感じていました。そうした周りの様子を見ていて「ちょっと違うな」「もうひと踏ん張りしたいな」と思ったことが博士後期課程への進学を決めた理由です。実際、博士前期課程が終わるころにやっと「RNA研究の入り口にたどり着いたかな」というような感覚でした。

また、博士後期課程で所属する研究室がとても素晴らしかったこともあります。今は大きな研究室になっているのですが、そのときはまだ小さく、これから一緒に成長していく研究室だと感じ、そのような環境で研究を進められることを魅力的に思いました。研究室見学に行ったときに、所属しているポスドクの方に「This is the best laboratory in the world!!」と言われたことも決め手になりましたし、今でもそう思っています。

——博士号取得後、民間企業へ就職されていますよね。どのようなことがきっかけだったのでしょうか?

学部生のときに発展途上国を旅していたこともあり、世界に存在するさまざまな社会問題を知りながら、自分だけが最先端の機器が揃った研究室で研究を進めることに少し違和感を感じるようになりました。

所属していた研究室は世界でもトップクラスの成果を出していたのですが、研究内容が基礎寄りだったため、サイエンスはもっと社会問題を解決すべきものなのではないかという自分の思いとのあいだに葛藤を感じ、少し出口を見据えた応用寄りの研究もやってみたいと思うようになりました。そこで、進めていた研究を一旦ストップし、社会問題の解決に繋がるような研究ができる場所を探したんです。そのときに、南アフリカの東海岸のダーバンにある研究所、KwaZulu-Natal Research Institute for TB and HIV (K-RITH) に出会いました。

研究活動はビジネスや政治に揺り動かされるものであると気付く

——南アフリカの研究所ですか? どのように見つけたのでしょうか。

大学では、研究の傍ら、学内で定期的に開催される夜間講義に参加していたんです。その講義を通じて知り合った方に、自分の葛藤や悩み、もやもやした気持ちをお伝えしたところ、この研究所を紹介していただき、博士後期課程2年の夏にリサーチインターンをする機会を得ることができました。

——K-RITHとはどのような研究所なのでしょうか。

ダーバンにあるクワズール・ナタール大学とアメリカのハワードヒューズ医学研究所が連携し、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が資金を提供することで設立した研究所で、感染力が高く危険な菌を扱うことが可能な、600m2にも及ぶ大規模なバイオセーフティレベル 3(BSL3)実験室を備えた施設です。

この研究所が設立する以前は、アフリカの国内で感染症などの課題があったとしても、最先端の設備が揃っていないため、ヨーロッパやアメリカにサンプルを運んで研究を進める必要がありました。この研究所は、まさに課題が起こっている地域の真ん中にあり、周りの病院と連携しながら、地域が自分の課題を自分のこととして解決する、かつ現地のサイエンティストたちも育てるというミッションを持っています。研究内容だけではなく、このような研究所のコンセプトも魅力に感じていました。

——K-RITHでは、具体的にはどのような研究に取り組まれたのでしょうか?

南アフリカは、HIVの感染率が世界で最も高い国のひとつです。エイズにかかると免疫機構が壊されるため、いろんな病気に対する抵抗性が下がります。このときに怖いのが感染症、特に結核です。

さらに、発展途上国特有の課題として、結核にかかっても、薬を手に入れることができず治療できなかったり、薬を飲み続けることが難しかったりする場合があります。その結果、結核菌が薬剤に対して耐性を持ち、薬剤耐性結核菌ができてしまうのです。そのため南アフリカでは、多数の進化系の結核菌が生じています。つまり、HIVの感染率が高いうえに、貧しい人に薬が十分に提供されておらず、さらには薬剤耐性結核菌が発生している状態なのです。

これらに対するひとつの解決策としては、患者さんが診断に来た際に、感染している結核菌のタイプを迅速に見分け、どの治療法が最適かを判断し、適切な治療プログラムを提供することが挙げられます。私は、痰から結核菌のゲノムを読み、どのタイプの結核菌に感染しているかを素早く判断するための研究に取り組んでいました。

——研究所でのご経験が、その後のキャリア選択にどのように繋がっているのでしょうか?

南アフリカでの研究活動は、ビジネスと政治に翻弄されることが結構あったんです。具体的には、交通機関のボイコットで研究室に行けなくなったり、研究機器が壊れたときにメーカーのテクニカルスタッフをヨーロッパから呼ばなければならず、修理まで1か月かかることがあったり……。

それまでは、純粋にそして無邪気に、サイエンスで社会課題を解決したいという思いで研究をしてきましたが、その活動自体はビジネスや政治に揺り動かされるものだと気付きました。そこで、ビジネスや政治をきちんと理解しないと、真に研究成果を社会に役に立てることができないのだということを痛感したのです。このことがきっかけで、アカデミアで研究を続けるのではなく、就職してビジネスや政治も身に着けようと思い、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社しました。

大きな組織で働くよりも、混沌とした場所でゼロからイチをつくりたい

——マッキンゼーで取り組まれていた仕事内容とその後の転職の経緯について教えてください。

製薬企業やメディカルデバイス企業などに対するコンサルティング業務です。その他、事業会社の社内ベンチャーの立ち上げに携わる仕事もありました。

仕事をするなかで、ある事業会社とジョイントで製薬会社向けにデジタルヘルスに関するワークショップを開催する機会があったんです。そのとき、研究から離れている数年のあいだに、ずっと知ってた最先端の科学技術から遠ざかっている自分に気づきショックを受けました。研究の情報は会社でも得ることはできたのですが、オフィシャルに上がってくる情報ではなく、まだ海のものとも山のものともわからない、論文レベルの動きに疎くなっていたことに気づかされましたね。

——そのことがきっかけで転職を?

そうですね。もともとサイエンスが好きで、サイエンスで社会課題を解決したいという思いがあったので、ベンチャー企業や製薬企業などで働くことを最初は考えていました。そんななか、転職サイトに登録をしたところ、その日のうちに技術系スタートアップに特化したベンチャーキャピタル(Venture Capital:VC)で、現在私が勤めているBeyond Next Venturesの代表・伊藤から連絡がきたんです。VCという言葉自体は知っていたのですが、どんな事業内容なのかはまったくわからない状態でした。

——Beyond Next Venturesを転職先とした、決め手は何だったのでしょうか?

まずは代表の人柄です。素朴で、本当にイノベーションにワクワクしていて、次の未来をこうしていきたいという思いに溢れている方だったので、良いなと感じました。また、当時は社員がまだ2、3人しかいないような状況でした。私は、ゼロからイチを作ることが好きなので、大きな組織で働くよりも、混沌とした場所で頑張りながらみんなで一緒に夢に向かって成長していくという会社のフェーズがおもしろいと感じました。

その他、シードステージの企業に投資するため、ファイナンスよりもサイエンス自体を重視しながら投資を決められることや、幅広い分野のイノベーションに触れられる仕事内容にも魅力を感じました。

状況証拠や専門家の意見をもとにスピーディーな判断をしていく

——現在のお仕事内容を教えてください。

メインはバイオ創薬系の投資案件と、自社のグローバリゼーション、そしてアクセラレーションプログラムの運営を中心に担当しています。バイオ創薬系への投資は、ポートフォリオをみながら投資先を決めていますね。ハイリスクハイリターンの創薬だけではなく、プラットフォーム型のバイオ系のビジネス、診断や創薬支援分野の企業などにも投資しています。デジタルヘルスやそれ以外の分野も見ています。このように、分野を絞り切るのではなく、業界全体の動向を把握するようにしています。これは、既存の領域と領域のあいだに新しいイノベーションが起こると思っているためです。

——投資後は、投資先とどのように関わるのでしょうか?

投資先の会社と、一緒になって考え、ディスカッションをし、会社の価値向上のために共に走るイメージです。社内メンバーの補強やアドバイザー探し、顧客候補先の紹介、情報提供のほか、追加の資金調達のためにVCを一緒に回ったり、助成金に応募したりもします。また海外展開をするときに、一足先にアメリカやインドなど現地のキーパーソンやネットワークに話をつなげるということもしています。

——投資で重視するのは、ファイナンスよりサイエンスとのことでしたが、その方法での投資を実際やってみてどうですか?

とてもおもしろいですね。サイエンスは状況証拠をもとに結論付けていく作業だと思いますが、その状況証拠を全部揃えることは不可能ですよね。「ある一定のデータが揃ったら、前に進むべき」という判断が必要です。特に創薬などスピードが早い分野では、こうした判断が重要になります。キーとなる問題や状況証拠がクリアされているかを判断し、前に進めていくという仕事は、非常にやりがいがあります。

また、サイエンティフィックな観点も重要ですが、その事業が社会課題を解決するテクノロジーやビジネスになっているかという視点で物事を見直すことも興味深いです。仕事をするにあたっては、それぞれの分野のエキスパートに意見を伺いながら理解を深めて判断していくのですが、知的好奇心が刺激される業務だと感じています。

結局、新規性が高い事業は、ビジネスの人でも研究者でもVCの経験者でも、判断がつかずに人によって異なる意見になってしまうことがあるんです。そうした状況において、会社としてどういうリスクであれば受け入れられるかという判断をしていくことも刺激的な作業だと思っています。

——アカデミアでの研究経験が、今の仕事に生かされていると感じることはありますか?

研究するなかで身につけた生命科学分野の知識は、もちろん生かされています。あとは、研究者の思いや事情がよくわかることでしょうか。ビジネスの観点からだけではなく、研究者が目指したいものやモチベーションを理解したうえで、ビジネスサイドが持っている異なるモチベーションやインセンティブとをうまく歩み寄らせて、ベンチャーの夢に向かって歩んでいけるようさまざまな調整ができることだと感じています。

——最後に、キャリアについて考えている学生さんにメッセージをお願いします。

難しいですね。私自身も20代のころは、悩んで、ずっと迷ってきました。30代になってこの会社に入り、ようやく少し幸せだなと思えるようになったんです。究極的なところ、大学や会社など自分の所属している枠組みがいくら立派であったとしても、結局自分が満足していなければ苦しいんですよね。今は毎日が楽しく、夢中になっていると知らないあいだに時が過ぎています。昔は「未来」のために悩んでしまうことが多かったのですが、「今」を大切にして日々過ごせるようになったんだと思います。

学生の方へのメッセージとしては、自分の今いる世界がすべてだと思わなくていいんじゃないか、ということでしょうか。私も以前、自分の見えている世界のなかだけで競争しようとし、その世界で良しとされる実績を順調に積み上げている人を見て、自分はだめなんだと悩んでしまうことがありました。でも、一歩外に出ると、生かせる強みや常識は違います。別の世界に目を向けてみることで、新しい選択肢が見えてくるかもしれません。

(取材・構成・文:田中奈穂美、撮影・編集:周藤瞳美)

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