メスに偏ったストランディングの謎

マゼランペンギンは、南米のアルゼンチンからチリにかけての沿岸およびフォークランド諸島で繁殖しています。多くの鳥類は繁殖を終えると、環境の季節変化に応じて移動(渡り)します。空を飛ばないペンギンも同様に、非繁殖期になると繁殖地を離れて数か月のあいだずっと海で過ごします。

マゼランペンギン(Spheniscus magellanicus

南半球の冬になると、繁殖地から1000 km以上も離れたウルグアイやブラジル南部の海岸に、毎年数千羽のマゼランペンギンがストランディング(衰弱や怪我などによる漂着)することが多くのメディアに取り上げられています。

ストランディングの原因としてもっとも多いのは油汚染です。油汚染による衰弱は、油の体表面への付着による影響と体内摂取による影響があります。前者の場合、羽毛の防水能と断熱能が低下し、低体温症になります。後者の場合、消化管や腎臓の代謝、血液系へ影響します。その他にも、漁業の網や漁具によって負傷するケースがあります。また、多くのストランディング個体(死亡個体)の胃内容物からプラスチック片が発見されています。

マゼランペンギンの非繁殖期のストランディング現象は1980年代から知られていますが、近年のDNA分析による性判別から、ストランディングする個体はメスに偏っていることが明らかになりました(メスのストランディング数はオスの約3倍多い)。

しかし、その理由についてはこれまでずっと謎のままです。なぜなら、海上を飛んで移動する海鳥に比べて、水中を移動するペンギンを見つける機会は乏しく、また海を自由に移動する彼らを追跡することは難しいため、マゼランペンギンが非繁殖期にどこでどのように過ごしているのか、よくわかっていないからです。

果たして、なぜマゼランペンギンのメスはオスよりも多くストランディングするのでしょうか?

動物の行動を調べるひみつ道具「バイオロギング」

皆さんは「バイオロギング」という言葉を聞いたことがありますか? 動物の研究の基本は観察です。しかし、私たちが観察できる時間や範囲、また個体数には限りがあります。そこで、小さな記録機器(データロガー)を動物に取り付けることで、我々の観察可能な時間・空間範囲を超えて彼らの行動を知ることのできる手法がバイオロギングです。

バイオロギングとは、生物(Bio)にデータロガーを取り付けて、位置や動きなどさまざまな情報を記録(Logging)する手法を指す造語です。初期のデータロガーは大きく、重さも1 kg以上ありましたが、その後技術的な革新が起こり、現在では小さな昆虫にも用いられるほど格段に小型化・軽量化しました。

照度を記録して移動を調べる

マゼランペンギンの非繁殖期の移動を明らかにするため、私たちはアルゼンチン南部にあるCabo dos Bahiasで繁殖する20羽(オスとメス10羽ずつ)のペンギンに、ジオロケータというデータロガーを装着しました。そして、翌年に17羽を繁殖地で再捕獲してジオロケータを回収しました。

マゼランペンギンの足に装着したジオロケータ

ジオロケータは環境照度を1年以上記録することができ、装着個体が滞在した場所の日長時間(日の長さ)と南中(正午)時刻の情報から、それぞれ緯度と経度を推定することができます。

たとえば、冬の北海道では午後4時ごろには暗くなってきますが、沖縄では午後5時ごろまで明るく、緯度によって日長時間は異なります。一方、ジオロケータの内蔵時計はグリニッジ標準時(日本時刻からマイナス9時間)に設定されており、経度によって南中時刻に時差が生じます。

たとえば、ジオロケータを持って日本にいた場合、南中時刻は午前3時ごろに記録されます。なお、正午は日本のどこでも12時ですが、南中時刻は北海道と沖縄で約1時間の差があります。夜長と月南中時刻も同様に特定することで、1日2点の位置を知ることができます。

越冬海域の雌雄差と人間活動の影響

ジオロケータに記録されたデータを解析した結果、非繁殖期になるとマゼランペンギンのメスはオスよりも遠くの海域まで移動し、本種のストランディングが多く報告されている地域の近海で主に過ごしていることが明らかになりました。

メスが越冬するアルゼンチン北部からブラジル南部にかけては大きな都市や港が多く、商業船の往来や油田開発による海洋汚染および漁業活動による海洋資源の枯渇や漁網による混獲など、人間活動による海洋生物への影響が危惧されている海域と重複します。そのため、非繁殖期にこれらの海域により多く生息するメスは人為的影響を被りやすく、メスに偏ったストランディングに繋がっていることが示唆されました。

非繁殖期の生息海域の雌雄差の原因として、本種のオスとメスでは体の大きさが違うことが関係していると考えられます(オスはメスよりも体が大きい)。一般的に、体の大きい個体ほど水中を深く長く潜ることができます。照度と併せてジオロケータに記録された潜水深度データから、実際に非繁殖期のメスはオスよりも浅い深度で餌を採っていることが示されました。

非繁殖期のオス(左)とメス(右)の越冬海域および潜水深度
図中の◇はデータロガーを取り付けた繁殖地、〇は大西洋側にある本種の繁殖地の北限を示す。メスはオスよりも繁殖地から遠く離れた海域まで移動する(繁殖地からの移動距離:オス 268~1023 km、メス 371~1202 km)。

このことから、メスは潜水能力の高いオスとの餌を巡る競合を避けるため、さらに遠くまで北上しているのだと考えられます。その他の可能性として、体の小さなメスは水中でより体温を失いやすいため、低緯度の水温の暖かい海域を好んでいるのかもしれません。

非繁殖期の生息域を明らかにする重要性

マゼランペンギンは一夫一妻で繁殖するため、片方の性別ばかり死亡率が高くなると、必然的に繁殖ペア数が少なくなります。そして、繁殖ペア数が少なくなると次世代に残せる雛の数が少なくなり、延いては個体群の存続に影響します。なお、生きたままストランディングし、保護センターなどで回復を試みた場合でも、約半数の個体は回復できずに死亡することが報告されています。

マゼランペンギンはIUCNレッドリストの準絶滅危惧種に記載されています。一部の繁殖地では近年個体数の減少が報告されており、非繁殖期の死亡率の性差がその一因であると考えられています。

生物の保全に関する議論や活動では、多くの場合、繁殖期の生息域のみが考慮されています。本研究の結果は、保全において、繁殖期・非繁殖期を含む1年をとおした生息域の特定の重要性、そして空間分布動態の種内差を考慮した保全海域設定の必要性を提唱しました。

本研究により明らかになった、マゼランペンギンのメスが多くストランディングする謎

実は多い巣立ち幼鳥のストランディング

なお、マゼランペンギンのストランディングは、実は成鳥よりも巣立ち幼鳥の方が断然多いこともわかっています(幼鳥でもストランディングはメスに偏る)。なぜ成鳥よりも幼鳥の方が多くストランディングするのかについては未だ不明です。成鳥と幼鳥では移動パターンが異なるのかもしれません。

死亡率の性差と同様に、幼鳥が繁殖個体として新たに加わる数は繁殖個体群の増減に大きく影響します。今後、当該研究分野において一般的に知見の乏しい、巣立ち幼鳥が繁殖地を離れて数年後に帰還するまでの生態を明らかにすることが喫急の課題です。

参考文献
Takashi Yamamoto, Ken Yoda, Gabriela S. Blanco, Flavio Quintana “Female-biased stranding in Magellanic penguins” Current Biology, 29: R12-R13, (2019) doi.org/10.1016/j.cub.2018.11.023.

この記事を書いた人

山本 誉士
山本 誉士
情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設(統計数理研究所兼務)特任助教。総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻5年一貫制博士課程修了、博士(理学)。日本各地および世界各国で、主に海鳥類の野外調査に従事。バイオロギングを軸に、統計解析や生化学分析、環境情報解析などさまざまな手法を分野横断的に取り入れ、動物の「なぜ?」の解明に努める。専門は動物行動生態学。