新型準粒子をもつトポロジカル物質を発見! – 固体中の「スピン1粒子」と「2重ワイル粒子」を光電子分光で見る
電子と原子核でできた原子が規則的に並んだ「物質」。今回私たちは、その物質のなかで電子がまったく新しい粒子のように振る舞う様子を、最先端の分光実験で捉えました。
トポロジーとは?
最近、物質物理学において、物質を幾何学的な概念によって分類するというアイディアが注目を集め、「トポロジカル物質科学」として世界中で精力的に研究されています。
トポロジー(位相幾何学)とは、高校で学ぶユークリッド幾何学とは異なる幾何学の一分野です。合同変換によって移り変わる図形どうしを同じものとみなすユークリッド幾何学と比べて、トポロジーにおいては連続変形によって移り変わる図形どうしは同じものとみなされます。この性質から、トポロジーは柔らかい幾何学とも呼ばれます。
コーヒーカップとドーナッツはトポロジーにおいて同じとみなされる、という有名な例があります。この2つの形状は(切ったり貼ったりせず)連続的に変形することで移り変わることができるので、トポロジーの分野では同じものとみなされます。逆にボールとドーナッツは連続変形によって移り変わることができないので、違う図形とみなされます。また、普通の帯とメビウスの帯も、一度帯を切って捻って貼り付け直さないと変換できないため、別のものとみなされます。
このように、2つの図形が同じか違うかを区別するをために、トポロジーの分野では連続変形で変化しない「トポロジカル数」を図形に定義するという手法がよく用いられます。コーヒーカップとドーナッツの場合は穴の数が、メビウスの帯の場合はねじり数が、良いトポロジカル数となります。
トポロジーの分野では、この「穴の数」といった一見何でもないような情報から、図形表面の曲率や曲面上のベクトル場の特異点の有無などさまざまなことを議論できるため、素粒子物理学や材料科学をはじめとして、さまざまな分野との融合研究領域が近年急速に発展しています。
トポロジカル数による物質の分類
私たちの研究対象であるトポロジカル物質は、物質内の電子の状態に対してトポロジカル数を定義し、分類することによって生まれた新たな物質概念です。物質にトポロジカル数を定義する際に注目される電子の性質のひとつに、電子が物質内部で感じる有効磁場があります。この有効磁場を物質中ににおいて描き出したとき、有効磁場に特異点が存在するかどうかや特異点の性質などによって、物質にトポロジカル数を定義し、数学的に物質を分類することができます。
近年の研究で、この有効磁場の特異点付近で、電子は質量がゼロのワイル粒子と呼ばれる粒子のように振る舞うことが発見され、大きな注目を集めています。ワイル粒子は、1929年に数学者ヘルマン・ワイルにより、その存在が予測され素粒子物理学分野で研究されてきましたが、未だその実験的確証が得られていませんでした。
一方、ひ化タンタル(TaAs)などのワイル半金属と呼ばれるトポロジカル物質中では、電子がワイル粒子のように振る舞う様子が観測され、これまで謎であったワイル粒子の物理的現象の探索の研究や、ワイル粒子の性質を用いたデバイス開発が進められています。
このワイル半金属の例のように、物質をトポロジカル数によって分類することで、固体内に新しい準粒子(相互作用の衣を着た電子)を持つ特異な物質を探索する試みが、現在物性物理学分野で盛んに行われています。
光を用いて物質の中の電子を見る「角度分解光電子分光実験」
ある物質が新しいタイプの準粒子状態を持つトポロジカル物質であることを確かめるためには、物質内部の電子状態を直接観測できる実験手法が必要不可欠です。
今回用いた「角度分解光電子分光実験」は、物質表面に紫外線から軟X線領域の光を照射し、光によって物質外に叩き出された電子(光電子)のエネルギーと運動量(放出角度)を精密に測定することで、物質の電子状態をエネルギーと運動量の関数(バンド分散)として決定できる実験手法で、トポロジカル物質中で電子があたかも別の粒子(準粒子)として振舞っている様子を可視化できる強力な実験手法です。
固体中に新型準粒子をもつトポロジカル物質の発見
これまで発見されてきたワイル粒子をはじめとするトポロジカル物質中の準粒子は、素粒子物理学分野において真空中(宇宙空間)で存在する素粒子として提案されてきたものです。物質中や真空中でどのような粒子(物質中では準粒子として)の存在が許されるかは、真空や物質の結晶がどのような対称性を持っているかによって決定されます。
前に述べたワイル粒子も、真空と同じような特定の対称性の条件を満たすような物質中では、準粒子として存在できることが知られています。固体物質は真空状態に比べて多様な対称性を持っているため、これまで発見されてきた粒子とは違う、真空状態では存在し得ないような準粒子が固体内で存在する可能性が、最近理論的に提案されました。
そのような粒子として、粒子の内部自由度がワイル粒子と異なる「スピン1粒子」や、2つのワイル粒子が複合した「2重ワイル粒子」など、高次の自由度をもつ新型の粒子があります。これらの準粒子は、ワイル粒子と同様に物質の内部磁場の特異点の付近に存在し、その特異点の性質で特徴付けられるトポロジカル数を持ちます。
このようなトポロジカルな特徴から、この準粒子状態は連続変換に対して普遍であり、物質の結晶が持つ対称性が崩れるような大きな変化がない限り、準粒子状態は極めて安定に存在することから、不純物や格子欠陥により運動が阻害されにくいという優れた特徴があります。また、これらの新型粒子にはワイル粒子などにはない物性や機能が予想されているため、新型準粒子を内包する物質の実証が強く求められていました。
私たちは、新型準粒子を持つと理論的に予言された候補物質のひとつであるコバルトシリサイド(CoSi)の高品質単結晶を作製し、角度分解光電子分光によってCoSiの電子状態を精密に測定しました。電子加速器(放射光)から得られる良質な紫外線と軟X線を用いた角度分解光電子分光実験によって、試料内部の電子状態をエネルギーと運動量の関数として詳しく測定した結果、「スピン1粒子」の特徴である平らなエネルギーバンドと2本の直線状のエネルギーバンドが一点で交差する構造と、「2重ワイル粒子」の特徴である入れ子になった X字型バンド分散を、それぞれ明確に分離して観測することに成功しました。
また、「スピン1粒子」と「2重ワイル粒子」が電子の感じる内部磁場の特異点に存在してトポロジカル数を持つことを反映した性質として、表面に特徴的な電子状態(フェルミアークと呼ばれます)が現れることが予測されていため、CoSi表面の電子状態についても調べました。
その結果、「スピン1粒子」と「2重ワイル粒子」をつなぐ特徴的な表面電子状態の観測にも成功しました。これは、「スピン1粒子」と「2重ディラック粒子」が、それぞれ異なるチャーン数と呼ばれるトポロジカル数を持つことを示しており、これらの粒子がトポロジカルに頑強な性質を持つことの有力な証拠となります。
各粒子の特徴を反映したバンド分散とそのトポロジカル数を反映した表面状態の観測により、CoSiが「スピン1粒子」と「2重ワイル粒子」というこれまで未発見の準粒子をもつ新たなトポロジカル物質であることが実験的に確立しました。
まとめと今後の展開
今回の成果は、トポロジカル物質中においてはこれまで考えられてきた真空中(宇宙空間)に存在しうる粒子だけでなく、固体の中のみで存在の許される新たな粒子が準粒子として存在することを示したものです。
「スピン1粒子」は、ワイル粒子などとはまったく異なる粒子で、その基礎的な性質について大きな興味が持たれます。「スピン1粒子」と「2重ワイル粒子」が異なる符号のトポロジカル数を持つことに起因した、磁場と同じ方向に電流が生じるカイラル磁気異常や、円偏光をもった光を照射することによってカイラルな電流が生成される光ガルバニ効果といった興味深い現象も理論的に示唆され、その実験的検証が望まれます。
また、CoSiに類似した結晶対称性を持つ物質は数多く存在しており、今回の発見を契機にして、放射光を用いた新型準粒子をもつ物質の探索が大きく進展することが期待されます。さらに、新型準粒子を用いた次世代の電子デバイス材料の開発にも大きな弾みがつくものと期待されます。
参考文献
D. Takane, Z. Wang, S. Souma, K. Nakayama, T. Nakamura, H. Oinuma, Y. Nakata, H. Iwasawa, C. Cacho, T. Kim, K. Horiba, H. Kumigashira, T. Takahashi, Y. Ando, and T. Sato “Observation of Chiral Fermions with a Large Topological Charge and Associated Fermi-arc Surface States in CoSi” Phys. Rev. Lett., 122, 076402 (2019)
この記事を書いた人
-
高根 大地(写真左)
東北大学理学研究科物理学専攻光電子固体物性研究室 博士課程後期2年(2019年5月現在)。千葉県出身。研究テーマはトポロジカル半金属候補物質の角度分解光電子分光を用いた電子状態の研究。2016年度よりリーディング大学院マルチディメンジョン物質科学プログラムに所属、2018年度より東北大学学際高等研究教育院博士研究教育院生並びに日本学術振興会特別研究員(DC1)。東北大学に加え、高エネルギー加速器研究機構(つくば)、分子科学研究所(岡崎)、フランス、イギリス、ドイツなど各地での実験を経て今回の研究を遂行した。
佐藤 宇史(写真右)
東北大学 材料科学高等研究所 (兼) 大学院理学研究科物理学専攻 教授。
東北大学理学部卒業。博士(理学)。高分解能角度分解光電子分光装置の開発と、高温超伝導体やトポロジカル絶縁体に代表される新機能物質の電子状態研究を推進している。
著書に『ARPESで探る固体の電子構造 - 高温超伝導体からトポロジカル絶縁体』(共立出版社、2017)。