【連載】「政策のための科学」とは何か?

科学技術の革新的なイノベーションによって、私たちの生活や価値観、社会のあり方が大きく変わろうとしている昨今、世界主要国では、客観的な根拠(エビデンス)に基づく科学技術イノベーション政策の形成を目指した取り組みに期待が寄せられている。もちろん、日本も例外ではない。

日本では2011年度より、文部科学省による「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』推進事業」(SciREX: Science for RE-designing Science Technology and Innovation Policy)がスタート。経済や社会の状況を多面的な視点から把握・分析したうえで有効な政策の立案を行う「エビデンス・ベースド・ポリシー」の実現を目指し、体制や基盤の整備、研究推進、人材育成などが進められている。

本連載では、全4回にわたってSciREX事業の活動や研究について紹介していく。今回は、SciREX事業の中核的な役割を担うSciREXセンターの白石隆センター長に、SciREX事業およびSciREXセンターの概要や展望などについてお話を伺った。

「政策Aと政策Bのどちらがより重要か?」という問いに答えるには

——まずは、SciREX事業の名称にある「政策のための科学」とは何か、そしてSciREX事業の目的についてお聞きできればと思います。

政策のための科学(Science for Policy)は、第4次科学技術基本計画(2011年度~2015年度)で初めて取り入れた考え方です。これは私が総合科学技術会議(現 総合科学技術・イノベーション会議)の委員を務めるなかで、いかなる政策でも一番大切なのは「資源配分」であると確信したことがきっかけです。

諸外国と比較して、日本における資源配分の決定システムは極めて分散的です。なぜなら日本の科学技術政策の多くは、各府省の課長・室長レベルでつくられた個別政策の集合体としてできているためです。たとえば個々の課長や室長に、「どうしてこの政策を実施したいのか?」と聞くと、当然ですが「重要だから」という答えが返ってきます。しかし「では、政策Aと政策Bのどちらがより重要か?」という質問に対しては、判断する根拠を持っていないのが現状です。

したがって私たちは、「政策のための科学」というからには、政策形成・意思決定の基盤、判断の根拠を提供することを基本的なミッションであると考えています。”Science” for Policyというからには、政策について科学的な知見を提供する機関というイメージをお持ちの人もいるかもしれませんが、政策の意思決定プロセスそのものは、科学が答えることのできない問題、「トランス・サイエンス」だと思います。したがって、SciREX事業の狙いは、政策の意思決定に関与するさまざまな立場の人たちの判断を助ける根拠になるようなデータや分析結果を提供し、議論の土壌を整備する仕組みをつくっていくことにあります。

「政策形成」と「研究」との橋渡しを

——白石先生がセンター長を務められているSciREXセンターは、そうしたSciREX事業の中核を担う組織として、複数の大学や関係機関によるプロジェクトを取りまとめています。SciREXセンターの特徴はどこにありますか。

SciREXセンターは、「政策形成」と「研究」を橋渡しすることによって、双方の「共進化」を促していくことを目的としています。研究者にとっての理想は、好奇心に応じて自分のやりたい研究をやること。私自身も研究者なので、それはよく理解しています。しかし、政策のための科学となると、そういうわけにもいきません。研究者が好き勝手に行った研究は、政策形成に関わる人たちにとっては必ずしも役に立つものではないためです。

実際に、シンクタンクなどからさまざまなペーパーが発表されていますが、その多くは政策形成において活用されているとは言いにくい状況です。なぜなら日本においては、大学やシンクタンクに所属している研究者と、政策担当者たちとの交流がそれほどなく、政策形成・意思決定プロセスがどんなものか、よくわかっている研究者が少ないためです。したがって私は、SciREXの研究者に対しては、同世代の役人たちと常にインタラクションをもち、政策担当者が持っている問題意識を取り入れる形で自分の研究を進めてほしいとお願いしています。

自分の研究に政策形成に関与する人たちの問題意識を入れ込むことで、自分だけでは出てこないような「問い」が生まれ、研究にも広がりが生まれる可能性があります。それが政策担当者とインタラクションをもつメリットです。たとえば、クエスチョンAとクエスチョンBを包み込むような、もっと大きなクエスチョンCについて考えることができるようになるかもしれません。研究者自身もそうした環境の中で成長していけると信じています。政策担当者にとっても、研究者に気軽に相談できる環境を整えていくことは重要です。

SciREX事業の中核を担うSciREXセンター

——SciREX事業の取り組みの具体例を教えてください。

試行錯誤しながらさまざまな取り組みを進めているところですが、「SPIAS:SciREX政策形成インテリジェント支援システム」の開発はわかりやすい事例だと思います。SPIASは、自然言語処理を用いてキーワードを抽出することで、科学技術研究費、JST、NEDOなどの競争的資金に係るファンディング情報、特許情報、学術論文情報、プレスリリース情報などを相互に結びつけ、研究者が獲得した競争的資金が大学間、研究領域間でどのように配分されているのか、また、代表的な研究者がどのように研究資金を獲得しているのか、視覚的に表示するシステムです。

たとえば、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞された大隅良典博士の研究は、いつどういうタイプの研究資金を活用して、どのように研究成果に結びついていったか、そういうことがSPIASのデータをみればすぐにわかるわけです。こうしたシステムは、政策担当者や研究者が、科学技術の動向を把握・議論していくうえでは非常に便利だと思います。SciREXの役目は、SPIASのような議論のベースになる土壌を整備していくことだと考えています。

いかにして科学技術政策の「ポリシー・コミュニティ」をつくるか

——SciREXセンターを今後どういった組織にしていきたいですか。

科学技術政策の分野に熱意をもって関与しようとする役人や政治家はそう多くありません。こうした状況下で、いかにして科学技術政策の「ポリシー・コミュニティ」をつくっていくかということに関心があります。SciREXでは、科学技術イノベーション政策を担う現役の行政官などと共に議論する機会を数か月に1度程度の頻度で設けています。さらによい仕組みにするために検討を続けていきたいですが、今はとにかくいろいろな取り組みを行ってみる段階だと思っています。そのなかから、成功事例が出てくればしめたものです。

——さまざまなアイディアを試してみて、うまくいきそうなものを伸ばしていくという、基礎研究を発展させていくプロセスに似ていますね。最後に、科学技術政策に関心を持つ若手研究者の方にメッセージをお願いします。

連携機関であるRISTEXのファンドに応募したり、興味のある研究プロジェクトにアポをとったり、自分からどんどんネットワークを広げてほしいと思います。またチャンスがあればぜひ役所に入って、政策形成・意思決定のシステムがどうなっているか、フィールドワークのつもりで、数年、実際に仕事をしてほしいと思っています。もちろん、研究者の人生のおそらく非常にプロダクティブな期間を使うわけですから、それに見合うインセンティブをどう設計するかなど、私たちとしてもうまい仕組みを考えていく必要があります。とにかくまずは、さまざまなアイディアを試して「これ、うまくいくじゃない」という例をつくっていきたいですね。

SciREXセンター・白石隆センター長 プロフィール

SciREXセンター センター長/政策研究大学院大学 名誉教授/熊本県立大学 理事長
専門は、東アジアの政治経済と国際関係。JETROアジア経済研究所所長、内閣府総合科学技術会議議員、政策研究大学院大学学長などを歴任。An Age in Motion: Popular Radicalism in Java 1912-1926 (Cornell University Press, 1990)で大平正芳記念賞受賞、『インドネシア- 国家と政治』(リブロポート、1992)でサントリー学芸賞受賞、『海の帝国-アジアをどう考えるか』(中公新書、2000)で第1回読売・吉野作造賞受賞。

[PR] 提供:政策研究大学院大学 科学技術イノベーション政策研究センター(SciREXセンター)

この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
academist Journal 編集長
お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、科学・技術、IT、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist Journalの編集長としてWebメディアの運営に携わっているほか、クラウドファンディングのプロジェクトページなどコンテンツ制作全般をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 http://www.suto-hitomi.com/