38万5000kmというはるか遠くに輝く「月」。“地球最後のフロンティア”とも呼ばれる「深海」。はたして、どちらの方が探査が難しいのでしょうか。4月22日、千葉市科学館にて、2つの探査の特徴を比べるイベント「月面 VS 深海!探査が難しいのはどっち? – HAKUTOとKUROSHIOによる徹底討論」が開催されました。

「月の砂」の上を走るのは、予想外に難しい

イベントはまず、月面探査の国際大会「Google Lunar XPRIZE」に挑戦する「HAKUTO」の技術責任者である東北大学の吉田和哉教授の講演からはじまりました。「Google Lunar XPRIZE」が提示したミッションは、「月面に探査機を着陸させること」、「着陸地点から500m以上移動させること」、そして、「高解像度の動画や静止画データを地球に送信すること」です。そしてHAKUTOは、この難問に取り組む日本唯一のチームです。

はたして、月面探査は何が難しいのでしょうか。吉田教授は、特に「月を覆う柔らかい砂の上を走る」ことの困難さについて語ります。当初、吉田教授は、月の表面を覆うふかふかの砂を進むことは、火星を覆うガタガタした岩石を乗り越えることよりも簡単だと思っていたといいます。しかし実際に探査車をつくり、砂の上を走らせてみたところ、ふかふかの砂の上では車輪が空転し、もがけばもがくほど沈んでいくことに気づいたのです。これでは、月面探査を行うことはできません。吉田教授は、さまざまな形状をした車輪を作成し、試行錯誤することで、月面でも探査できると考えられる探査車をつくりあげたのです。

HAKUTOは今後、今年の夏までに探査車の最終調整を行い、2017年12月28日、ついにインドから探査車を打ち上げる予定だといいます。無事、月までたどりつき、月面を優雅に走る探査車の姿を見てみたいですね。

月探査の難しさについて語る吉田和哉教授

1100気圧というとてつもない圧力に耐える

つづいて、深海探査の国際大会「Shell Ocean Discovery XPRIZE」に挑戦する「Team KUROSHIO」の技術責任者であるJAMSTECの中谷武志研究員が、深海探査の難しさについて熱く語りました。

Team KUROSHIOは、「有人支援母船なしに、探査ロボットだけで広大な海域の海底地形図を作成し、海底画像を撮影する」ミッションに挑戦するグループです。まずは、2017年7月までに、水深 2000mで 16時間以内に最低100km2以上の海底マップを構築し、海底ターゲットの写真撮影を行う無人探査機をつくるために、研究を進めています。

中谷博士は講演の冒頭で、「これまで月面に着陸した人類は12人います。しかし、地球最深部であるマリアナ海溝のチャレンジャー海淵に到達した人類は、まだ3人しかいないのです」と話すことで、月面探査に比べて深海探査がまだまだ行われていないことを紹介しました。

深海探査の難しさについて語る中谷武志研究員

深海探査は何が難しいのでしょうか。中谷博士は、特に水中での通信の困難さを強調しました。宇宙探査をはじめとして、一般的に通信の際は「電波」を用います。しかし、水中では電波が通じないため、超音波を用いて情報の伝達を行います。超音波は、電波にくらべて分解能が非常に低いため、無人探査機の位置を把握することが非常に難しいというのです。また、深海の圧力も困難さを際立たせます。水深が10m深くなるごとに、圧力は1気圧ずつ高くなっていきます。そのため、水深約11kmである地球最深部では、探査機は1100気圧というとてつもない圧力に耐えないといけなくなるのです。

このような極限環境のなか、今回のチャレンジでは、山手線内側の8倍にもおよぶ面積(500km2)をたった16時間で探査しないといけません。「これはとてつもなく難しい挑戦なのです」と、中谷博士は深海探査の困難さを語りました。

現在、東京大学生産技術研究所や九州工業大学と協力し、探査機を作成しているところだといいます。まだまだ謎に満ちた深海に光があたるとき、何が見つかるのでしょうか。楽しみに待ちたいと思います。

東京大学生産技術研究所が所有する自律型海中ロボット(AUV)「 AE2000a」の模型

宇宙も深海も、重量コントロールが重要

第二部では、吉田教授および中谷博士に加え、JAMSTECの大木健研究員とアカデミストの柴藤亮介代表を交えてトークセッションが行われました。

まず吉田教授は、小惑星探査機「はやぶさ」の例を挙げながら、宇宙では探査機の通信が途絶えると、もう一度通信を復旧させることが非常にむずかしいことを解説しました。また、地球上ではGPSが使えますが、月面ではGPSは使えません。そのため、ロボット自身が周りの景色を撮影したり、「慣性航法技術」を利用したりすることで、自分の場所を把握する必要がある、と遠く離れた場所で探査機をコントロールする困難さを強調しました。

一方で、ロボット設計における「重量コントロール」の困難さについての比較も行われました。大木博士によると、宇宙探査機の軽量化がよく話題になるが、実は深海探査機の設計においても、重量が非常に重要だといいます。というのも、重量と浮力が釣り合わないと、潜ることも浮上することもできないためです。「深海探査機設計の際は、ネジ一個の重さにまで気を配っているのです」と、探査機開発の困難さについて解説を加えました。

トークセッションの様子

トークセッションの締めでは、それぞれの研究に対する熱意が語られました。

中谷博士「空の探検にも海の探検にもロマンがあります。世界初のチャレンジャー海淵に潜った潜水艇(トリエステ)を設計した探検家であるオーギュスト・ピカールは、気球による最高到達度も記録しています。探検、冒険という気持ちを共有してこれからも研究を進めていきたいと思います。」

吉田教授「ケネディ大統領も言ったように『困難だからこそ挑戦しがいがある』と思います。アポロは複数回、月に行きましたが、まだまだわからないことがたくさんあります。たとえば、月の極域には、水の氷があると考えられていますが、どの程度の量が存在するかいまだ不明です。月面探査によって、この量を正確に見積もることができれば、将来の月面開発において非常に重要となるでしょう。ぜひ、月面探査を成功させたいと思います。」

大木博士「知りたい、という気持ちが科学を発展させます。そして、その姿を見た子どもたちが、次世代の科学者になっていきます。次の世代につなげるためにも、面白い研究を進めていきたいと思います。」

月面 vs. 深海。どちらのほうが難しい?

リアルクラウドファンディングの開票作業の様子

第三部では、「リアルクラウドファンディング」が行われました。リアルクラウドファンディングでは、これまでの講演およびトークセッションをふまえたうえで、どちらの探査が難しいか、観客一人ひとりに投票してもらいます。そして、その投票数に応じてアカデミスト柴藤代表がそれぞれのチームに研究費を支援する、というのです。

観客の全員が真剣に悩み、投票を行いました。そしてついに、結果発表の時です。はたして、より多くの投票数を獲得したのはどちらのチームでしょうか……。接戦の末、勝利を収めたのは、Team KUROSHIOでした!

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HAKUTOは今年末に、Team KUROSHIOは今年秋に、国際大会の本番を迎えます。両者とも、ぜひ素晴らしい結果を残してほしいと思います。現在、Team KUROSHIOは、academistにてクラウドファンディングに挑戦中です。ぜひ、ご支援をお願いいたします。

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・「月面 VS 深海! 探査が難しいのはどっち? – HAKUTOとKUROSHIOによる徹底討論」レポート

この記事を書いた人

宮内 諭
宮内 諭
アカデミスト株式会社プロジェクトプランナー。医療情報専門webサイト編集者。
京都大学大学院薬学研究科博士前記課程修了。修士(薬学)。科学雑誌出版社でサイエンスライターとして雑誌編集に携わった後、現職。現在は、医療AI、オンコロジー領域を中心に取材・執筆活動を行う。