緑藻は植物? 動物?

池の水は緑色をしています。これは、緑藻と呼ばれる生物がたくさんいるからです。緑藻の多くは単細胞生物で、光合成をして生きています。その点では植物と言えます。しかし、多くの緑藻は鞭毛を持ち、水中を自由自在に泳いで生活しています。

緑藻のなかで最も良く研究されている種がクラミドモナスです。最新のゲノム研究から、クラミドモナスは植物と動物の特徴を併せ持つ生物であることが明らかになっています。

 

たとえば、細胞が光を感じるためには光受容体が必要ですが、クラミドモナスはチャネルロドプシンと呼ばれるロドプシン型の光受容体を持っています。ロドプシンは動物の目で使われている光受容体です。一方で、クラミドモナスはフォトトロピンも持っています。フォトトロピンは植物で気孔開口や光屈性に関与することが知られている光受容体です。また、動物も植物もクリプトクロムという光受容体を持っていますが、クラミドモナスは動物型クリプトクロムと植物型クリプトクロムの両方を持っています。

クラミドモナスの写真と模式図

クラミドモナスの一日

クラミドモナスは行き当たりばったりに泳ぎ回って生きているわけではありません。効率的なスケジュールの生活リズムで生きています。朝、太陽が昇り始める少し前から、クラミドモナスの体のなかでは一日の活動の準備が始まります。夜のあいだ休んでいた光合成に必要なたくさんの遺伝子が活発に働き始めます。池の水面に日が当たると、クラミドモナスは光に向かって泳ぎ始めます。これは“走光性”と呼ばれますが、クラミドモナスの目(眼点)にあるチャネルロドプシンが、光の来る方向を認識しています。

日中は水面近くで光を十分に浴びて光合成をします。それによりたくさんのデンプンをピレノイドという細胞内小器官に蓄えます。日が沈むと、そのデンプンを少しずつ使いながら必要なエネルギーを得ます。

夜は生きていくうえで必要な窒素化合物を得る時間です。夜になると“走化性”を示し、窒素化合物の豊富な水底に移動します。ちょうどその時間帯には細胞の表面の粘着性が高まり水底の石や水草の表面に付着します。その状態で水中から窒素化合物を取り込みながら、朝が来るのを待ちます。

このような規則正しい生活が出来るのは、クラミドモナスのような単純に見える生きものでも、体内時計を持っているからです。

クラミドモナスの体内時計に光情報を伝える遺伝子CSLの発見

クラミドモナスの体内時計を構成するパーツは、動物とは異なります。植物と似たパーツと緑藻独自のパーツからなる時計を持っています。しかし、いずれの生物でも時計としての性質は同じです。たとえば、どの生物の体内時計も、朝日を浴びることでリセットされます。

以前、私たちの研究グループは、クラミドモナスが光を浴びると体内時計のパーツのひとつであるROC15というタンパク質が急速に分解され、それがリセットの引き金となることを明らかにしました。リセットには可視光域のほぼすべての波長の光が有効ですが、注目すべき点は、とりわけ赤色光が良く効くことです。なぜなら、クラミドモナスでは赤色光受容体が見つかっていないためです。前述したクラミドモナスの持ついくつかの光受容体は、いずれも赤色光を受容することが出来ません。つまり、この現象には未知の光受容体が関わっている可能性が高いのです。

そこで今回、私たちは光情報をROC15に伝えるために必要な遺伝子を明らかにしようと試みました。クラミドモナスの遺伝子をランダムに破壊し、光を浴びたときにROC15の分解が起こらなくなる変異体を探索しました。1万以上の変異体を探索して、そのような変異体をいくつか見つけました。

興味深いことに、そのうちのひとつは赤色光と紫色光に対して反応出来なくなっていました。つまり、この変異体では赤/紫色光の情報をROC15へ伝えることができなくなっていると考えられます。この変異体で破壊された遺伝子を突き止めた結果、動物や菌類がもつSHOC2というタンパク質と似たタンパク質をコードする遺伝子が壊れていたことがわかりました。そこで私たちは、このクラミドモナスの遺伝子をCSL(Chlamydomonas SHOC2-like Leucine rich repeat protein)と命名しました。

概略図:クラミドモナスの体内時計リセットのメカニズム

CSLの発見から見えてくること

クラミドモナスが赤(および紫)の光を関知するメカニズムは謎に包まれていました。CSLの発見によりその謎のメカニズムの一端が見えてきました。今後、CSLが謎を解く鍵となることは間違いありません。CSLの作るタンパク質自体が光を受容するかどうかは、まだわかりません。アミノ酸配列の解析からは、おそらく細胞内で情報を伝える役割を担っており、光受容体そのものは他にあると推測されます。CSLの解析をさらに進めることで、光受容体に辿り着けるはずです。動物も植物も菌類もバクテリアも赤色光受容体を持っています。緑藻のクラミドモナスで新たに赤色光受容体が見つかると、生物が進化の過程でどのようにして赤い光を感知できるようになってきたのかという謎が解明されると期待されます。

緑藻の応用の可能性

緑藻やその他の単細胞光合成生物をまとめて藻類といいます。近年、藻類は大変注目されています。なぜなら藻類は、バイオ燃料、医薬品、機能性食品などの有用物質生産において非常に高い能力を持っていることが明らかになってきたためです。前述のクラミドモナスの例ように、藻類の1日の活動は体内時計の影響を強く受けます。利用したい有用物質の種類によって、生産に最適な時刻は異なります。体内時計を自在にコントロール出来れば、バイオ燃料に適した時間、機能性食品に適した時間などを任意に選べるようになり、藻類の潜在能力を最大限に活用することが可能になります。CSLは体内時計をリセットするメカニズムの一部です。CSLをコントロールすることで、体内時計の時刻を自在に調節することが次の目標のひとつです。

 

参考文献
Matsuo T, Ishiura M. New insights into the circadian clock in Chlamydomonas. Int. Rev. Cell Mol. Biol. 2010; 280: 281-314
Niwa Y, Matsuo T, Onai K, Kato D, Tachikawa M, Ishiura M. Phase-resetting mechanism of the circadian clock in Chlamydomonas reinhardtii. Proc Natl Acad Sci U S A. 2013;110: 13666–71.
Kinoshita A, Niwa Y, Onai K, Yamano T, Fukuzawa H, Ishiura M, Matsuo T. CSL encodes a leucine-rich-repeat protein implicated in red/violet light signaling to the circadian clock in Chlamydomonas. PLOS Genet. 2017;13: e1006645.

この記事を書いた人

松尾拓哉
松尾拓哉
名古屋大学遺伝子実験施設・講師。
学生の頃は、山口大学と神戸大学を行き来し、哺乳類の体内時計の研究をしました。その後、名古屋大学でクラミドモナスの体内時計の研究を始め、研究員、助教を経て現在に至ります。主に、生物発光レポーターを用いた遺伝子発現の解析をしています。体内時計のメカニズムや、体内時計を構成する“時計遺伝子”の進化を解明したいと思っています。変異体スクリーニングと遺伝子同定が得意分野です。最近は、クラミドモナスだけでなく、他の藻類にも興味があります。