従来のミセルの概念

ミセルは洗剤や、化粧品の材料、薬物の送達など多くの分野に使われている、きわめて身近な存在です。また、生命現象の根幹である細胞膜や細胞内の物質の移動もミセルの一種であるベシクルが重要な役割を果たしています。ミセルを作る化合物は、水に溶けやすい親水部と水に溶けにくい疎水部からなっており、その化合物が形成するミセル形態、特に球状ミセルは、多くの化合物がとる形状で、古くから研究が行われてきました。

1913年にイギリスの化学者マックベインによってミセルの概念が提唱された後、そのモデルの精密化と理論の構築やミセルの実験的な観測はデバイやタンフォードらによって開始され、現代までさまざまな研究が行われています。しかし、マックベインによる球状ミセルの概念そのものは、一貫して確立された完全に正しい事実として扱われてきました。これによると、球状ミセルは数十から百数十の分子が集まって形成され、その会合数は、疎水性の部分と、親水性の部分のバランスによって決まり、溶媒や濃度、ミセルの化学構造が変われば、連続的に変化するとされています。また、マックベインによって提唱された球状ミセルのモデルは高校の化学の教科書に必ず解説図付きで載っている高校化学の必須事項です。

ミセルのプラトニック性

我々の研究グループは、カリクサレン系の両親媒性化合物が水の中で球状ミセルを形成することを見出し、構造精密解析を行った結果、そのミセルの会合数が6であり、かつそれ以外の会合数は存在しないこと(単分散性)を見出しました。このような会合数にまったく分布のないミセルは、従来のミセルの概念では説明できません。さらに他の類似化合物や天然系の脂質に関しても同様の単分散性が確認され、会合数が30以下の場合には、その会合数が、2、4、6、8、12、20から選ばれる数字のどれかになることを発見しました。本研究グループが見つけた会合数のほとんどは、プラトンの正多面体(4面体、6面体、8面体、12面体、20面体)の面の数と一致します。このことから、この不思議なミセルを「プラトニックミセル」と名付けました。

以上のことから、セッケン分子や脂質などの両親媒性化合物が水中で球状ミセルを形成し、その会合数が30以下になると、今までの研究者が気づかなかっただけで、すべての化合物で、2、4、6、8、12、20から選ばれる数字のどれかから選ばれる会合数を取っていると考えるに至りました。すなわち、プラトニック性:「不連続な会合数」&「プラトンの正多面体の面数と一致」は、ミセル一般に適用できる一般法則であり、球状ミセルが発見されて104年間、誰も気が付かなかった事実であります。

ミセル会合数と疎水コアの被覆率の関係

水の中でミセルを作る分子は、水に溶けやすい親水性部分と、水に溶けないで水との接触を嫌う疎水性部分からなっています。球状ミセルを作る分子の大雑把な形状は円錐状と考えることができます。下図に示すように、円錐の尖った部分が疎水性で底面の部分が親水性です。


水は疎水性の部分との接触を嫌うため、このような円錐形の分子は疎水性の部分(図の緑の部分)がお互いに寄り集まって、親水性の部分で疎水性の部分を覆い隠すように球状の集合体を作ると考えられています。従来は会合数が十分に大きいとして理論的な考察がされていました。これによると、分子の数が多くなるほど疎水性の部分の露出が少なくなる、すなわち、被覆率が高くなるのですが、分子の数が多いと混みあってきて反発が大きくなります。会合数はこの被覆率と分子間反発力という2つの因子のバランスで決まるとされてきました(タンフォードの理論:パッキングパラメーター理論)。

プラトニックミセルの理論的な裏付け

会合数が少ない場合でも、特定の数のときには被覆率は高くなります。たとえば、下図では、会合数12と3の場合を示しています。会合数12の場合は、被覆率は90%となり、会合数3の場合は、被覆率は75%となります。このように、円錐の数が少ないときは、円錐の数によって最大となる被覆率が大きく異なります。

球の表面を同じ大きさの球帽で覆うときの配置の問題はテーマス問題と呼ばれ、現在でも完全な解答が見つかっていない数学上の未解決問題のひとつです。計算機を使った被覆率の近似的な値と球帽の数の関係を下図に示します。

2の場合は先に述べたように2つの極に半球を配置すれば被覆率が100%となります。被覆率が高いのは4、6、12、20、24で40を超えると48のとき以外はほぼ一定の被覆率となります。ここに、本研究グループが発見した系(会合数4、20)とすでに発表した系(会合数2、6、8、12、32)を載せてみたところ、被覆率が高いところで実際のミセルが出現していることがわかります。従来のミセルの会合数は30以上であり、このような会合数の大きなミセルでは、被覆率はほぼ一定として扱われてきました。しかし、興味深いことに、会合数32や48でもピークがあり、セッケンのような会合数の大きなミセルでもプラトニックミセルの現象がおきているかもしれません。

今後の展開

ミセルはナノテクノロジーの基盤技術です。たとえば、医薬品を効率良く患部へ運搬する技術において、ミセルは薬物輸送用のナノキャリアとして不可欠です。臓器や細胞は、極めて正確にナノ粒子の大きさや形状を識別していることが最近明らかになりつつあります。つまり、標的とする細胞が好む形や大きさに厳密に制御・設計した単分散なナノキャリアが求められています。このような粒子は、巡航ミサイルのように生体の異物排除機能を回避して、目的の臓器、さらには細胞、細胞内の特定の器官に到達する能力を持つものと思われます。これは、副作用が強くて実用化されなかった既存の低分子医薬の復活、遺伝子導入効率が本物のウイルスに迫るような遺伝子ベクターや、癌免疫療法に利用する抗原デリバリーなど、次世代の薬物送達システムの基盤技術となると考えます。

また、分子鋳型法では、ミセルを鋳型にしてメソポーラスシリカなどの多孔質のシリカ粒子や膜、触媒が作られます。このような場面においても、本研究グループが見つけたプラトニックミセルの技術を利用すれば、均一な粒子を鋳型にした、真に均一な孔の大きさを自由に制御できるナノ多孔体が実現できると考えられます。

参考文献
S. Fujii et al., “Platonic Micelles: Monodisperse Micelles with Discrete Aggregation Numbers Corresponding to Regular Polyhedra”, Scientific Reports, 2017; 7: 44494
S. Fujii et al., “A stimulus-responsive shape-persistent micelle bearing a calix[4]arene building block: Reversible pH-dependent transition between spherical and cylindrical forms”, Langmuir, 2012, 28, pp 3092–3101

この記事を書いた人

櫻井和朗, 藤井翔太
櫻井和朗, 藤井翔太
櫻井和朗(写真右)
北九州市立大学 国際環境工学部 環境生命工学科 教授。環境技術研究所バイオメディカル材料開発センター(IEST) センター長。1996年大阪大学理学部博士課程修了。博士(理学)。核酸と複合化可能な多糖やミセルを利用した薬剤送達システム(DDS)構築のための研究を行っている。有機合成から小角散乱法に基づく溶液物性評価、さらにバイオ実験までの一連の研究を網羅的に行うことで実用化可能なDDS薬剤の創製を目指している。

藤井翔太(写真左)
北九州市立大学 国際環境工学部 環境生命工学科 博士研究員。2014年九州大学工学部博士課程修了。博士(工学)。米国マサチューセッツ大学においてポスドクを経て、2016年4月より現職。新規化合物を合成し、その化合物が形成する超分子集合体構造を小角散乱法に基づいて評価し、単分散ミセル創製のための基礎研究に取り組んでいる。