衛星通信用アンテナを改造し、ペルー初の電波望遠鏡を稼働へ – イシツカホセ博士の挑戦
ペルー地球物理研究所 イシツカホセ博士は現在、クラウドファンディング・チャレンジ「ペルー初となる電波望遠鏡を稼働させ、星の成り立ちに迫る!」において150万円を達成し、セカンドゴールの500万円達成に向けて挑戦中だ。クラウドファンディングで集めた研究費は、一体どのように利用されるのだろうか。またペルーで電波望遠鏡を稼働させる意義とはなんなのだろう。長年、ペルーで天文学の発展に貢献してきたイシツカ博士にお話を伺った。
ーはじめに、イシツカ先生の専門分野について教えてください。
私は天文学のなかでも、電波天文学を専門としています。電波天文学は、電波を利用して天体を観測する学問です。普通の望遠鏡では光(可視光)で天体をみますが、電波望遠鏡を使って、天体が放射する電波を受けとるのが電波天文学です。
たとえば、生まれたばかりの星が存在する星形成領域の場合、チリやガスなどさまざまなものが宇宙空間には漂っていて、星はそのなかで光っています。これを光の望遠鏡でみようとしても、星自体を見ることはできません。地球では、霧があるときにはその中の光がぼやけて見えますよね。それと同じことが宇宙でも起こっているためです。電波は幸いにも、そういった環境を通り抜けます。
特に新しく星が誕生しつつある原始惑星系円盤では、中心の原始星からちょうど、太陽と木星間の距離のあたりで水蒸気やメタノールなどいろんな種類の分子雲があり、この分子雲が星の光を受けて「メーザー現象」を起こします。メーザーは非常に強い電波を放射するので、これを観測できればその星の付近で何が起こっているのかということが間接的にわかってきます。逆にいえば、電波望遠鏡でないとその領域を観測することは難しいといえます。
ーイシツカ先生が現在挑戦中のクラウドファンディングプロジェクトでは、電話会社から使用しなくなった通信衛星用のパラボラアンテナを譲り受け、これを改造することで、ペルー初となる電波望遠鏡を稼動させ、恒星の成り立ちにせまろうとされています。どういったきっかけで、ペルーで電波望遠鏡を立ち上げようと思われたのですか。
衛星通信用のパラボラアンテナがペルーのシカヤにできたのは1990年代前半なのですが、2000年ごろに光ファイバーの時代へ移行したため、使われなくなってしまったんです。この衛星通信局は、現在私が所属するワンカイヨ観測所から2キロほど離れたところにあるのですが、当時、この通信局でアルパカを飼っていたらしく、通信局が機能しなくなったためにアルパカをワンカイヨ観測所に譲ろうとしたらしいんです。そのときに、アンテナがもう使われないということがわかって、当時ペルーの首都・リマで仕事をしていた父親から連絡がきました。
私は当時、日本の茨城県鹿嶋にある直径34mの電波望遠鏡を使って研究をしており、ペルーにもそういう電波望遠鏡はないだろうかと考えていたところだったので、父からの連絡を受け、さっそくワンカイヨまで見にいったのがきっかけでした。
ー日本にいらっしゃるときから「ペルーに電波望遠鏡を」と考えておられたのはどのような理由があるのですか。
ワンカイヨは標高が3300mと高く、電波にとっては大気という邪魔なものが少ないため、観測に有利な環境となります。また、電波望遠鏡は、複数を組み合わせて電波干渉計としても利用することができるため、世界の電波天文学にも貢献できるわけです。理由はほかにもあるのですが、この2つのメリットがあるだけでも、ペルーに電波望遠鏡を置くことには十分意味があると思います。
ー衛星通信用のパラボラアンテナを譲り受け、電波望遠鏡へと改造するにあたって、どのような課題がありましたか。
一番大変なのはもちろん資金の問題なのですが、予想外だったのは、電話会社が衛星局の運営を停止し、電気代がかからないよう電源を落とした際に、配線が盗まれてしまったことです。配電線には高価な銅線を使っていたので……。なのでまず、電気を持ってくるというのが大変な仕事のひとつでしたね。
また、電話会社との交渉期間中に、ワンカイヨ観測所の電気の配線や水道の蛇口など、いろんなものが盗まれてしまったんです。すべてがなくなってしまいました。8年間かけて、これらを元に戻すという作業を行い、今年(2016年)の3月ごろに、ようやく衛星通信で使っていたころと同じように、アンテナを動かすことができました。ただし、水道はまだ元どおりではなく、また観測所の近くに置いた変圧器が40日もしないうちに盗まれるなど、厳しい状況は続いています。
ーこうした状況を乗り越えるため、今まさにクラウドファンディングで資金を集め、電波望遠鏡の本格稼動に向けて活動を進められていると思うのですが、ペルーで電波望遠鏡を稼働させる一番の意義は何なのでしょうか。
ペルーの科学は本当にお粗末なもので、そもそも政府がまったく科学の重要性を認識していないんです。ペルーは鉱物をはじめとする自然資源が豊富な国で、今は非常に景気が良いのですが、お金があっても文化や学問がなければ、国として少し悲しいですよね。
なので、自分ができるところでは、天文学の発展に寄与していきたいと考えています。大学や、いろんな学校の天文教育のレベルは今、無いに等しいといえます。子供たちに天文学への興味を持たせて、大学レベルの正しい科学を教えなくてはなりません。
そういった面で天文学は、幅広い範囲で科学の分野をカバーすることができます。宇宙物理学の知識が中心になりますが、それに付随する電波望遠鏡、受信機など装置の技術に関する知識も必要ですし、電子工学にも関係してきます。また、データが取れれば、それを解析するソフトウェアやツールが必要になってきます。中途半端なことをやっていると、世界には勝てません。したがって、装置も科学もソフトウェアも、最先端のものを使わなくてはなりません。研究を行っていくことで、ペルーという国を良くしていきたいのです。
ーイシツカ先生のお父様も、ワンカイヨ観測所でお仕事をされていたと伺いました。
ワンカイヨ観測所は、1922年にワシントンのカーネギー研究所によって設立された、もともとは地球の磁気を測るために作られた観測所でした。地球の磁気は太陽にかなり影響を受けるため、ワンカイヨ観測所には太陽を観測する望遠鏡があったんです。父は当時、そういう装置の面倒を見ながら装置の数を増やし、同時に観測所を作る場所を探すということをしていました。
そうして父は長年かけて太陽観測所を作ったのですが、最終的にはテロによって壊されてしまいました。そう考えると、自分も父とまったく同じことをやっているんだなぁ、と最近よく思うようになりました。父も本当に苦労したんだなぁ、と。
今、ペルーの状況はかなり良くなってはいますが、地道に父と同じようなことをやっていかないと形にはならないと感じています。自分で水道工事などを手伝ったり、意見を言ったりしていかなければ、ことは進まないんですよね。
ーそう考えると、後継者の育成も必要になってくると思います。
そうですね。これから一番重要なのは、若い人たちを育てていくことです。もちろん、電波天文学者がこれから生まれてくるはずなんですが、それと同時に、技術者も育てていかなければなりません。ワンカイヨの人は、頭が上がらないほど、本当によく働きます。彼らをうまく指導していけば、きっと良い結果につながると思っています。
ークラウドファンディングのプロジェクトでは、先日150万円の第一目標をクリアされました。150万円が得られたことで、どのような研究が進展するのでしょうか。
大きなパラボラアンテナを使って衛星通信を行う時代がすぎてしまったことで、世界中に何百と存在しているパラボラアンテナを扱える技術者がいなくなっているんですよね。たとえば私たちが利用しているのは、NECの日本製パラボラなんですが、電波望遠鏡として使っていくうえで、修理やメンテナンスをする人たちは現在、ほとんど存在していないのです。
そこで150万円を使って、アンテナのことをよく知っている方にペルーへ来ていただき、メンテナンスの仕方を教えてもらおうと考えています。私たちは今、パラボラアンテナを電波望遠鏡として機能させるために、パソコンからアンテナに指示を出してさまざまな星の方向に向ける追尾システムを導入しているところです。このインターフェイスを開発していくなかで、アンテナについてわからないことがいくつか出てきているので、日本の技術者に細かいところを指示してもらって、電波望遠鏡を完成させたいのです。
ー現在はセカンドゴールといった形で、500万円の達成を目指されています。追加の350万円はどのような用途に利用される予定ですか?
電波望遠鏡を動かすのには電気代がかかります。しかしながら、ペルー地球物理学研究所の天文部は予算が非常に限られており、今の状況では1日2時間くらいしか観測ができない可能性があります。すると、せっかく立ち上げた電波望遠鏡が使えないということになってしまうので、残りの350万円で不足している電気代を補うということを考えています。良い装置を持っていても、やはり観測できなければ意味はありません。できれば、24時間観測して結果を出して、最終的には論文を書くというところが目標ですね。
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イシツカ先生のクラウドファンディング・チャレンジ、現在支援総額1,536,920円、達成率102%です。みなさんのご支援をお待ちしています!
(取材・構成:宮内諭、柴藤亮介/文:周藤瞳美)
この記事を書いた人
- academist journal編集部です。クラウドファンディングに関することやイベント情報などをお届けします。