【連載:数理生物学の生命観 #2】花をモデルにしたグラフィック作品を制作する芸術家の視点から
【連載:数理生物学の生命観】
#1 研究者と芸術家の共通点を探る
#2 花をモデルにしたグラフィック作品を制作する芸術家の視点から
#3 生命を扱うアーティストが提示する「感得者を含むモデル」の可能性
#4 現象と数理モデルの双方向性がもたらす美しさ
#5 生命システムの数理 – 現象の背後にある普遍性を目指して
#6 「モデリング」で芸術と科学を再融合する
2019年9月に数理生物学会が開催したシンポジウム「数理生物学の生命観」では、美術作家の村山誠氏に登壇していただきました。村山氏は花を題材とした3DCG作品を制作しており、綿密な観察に基づいて花の形態を植物画のように精巧に表現しています。
本記事では制作を行なう過程を村山氏に解説していただきました。数理生物学においても重要なトピックである生物形態の3次元表現に、アーティストはどのように取り組んでいるのでしょうか。
Botech artとBotanical diagram
はじめまして、村山誠と申します。私自身は数理生物学に限らず科学的な素養はほとんどありませんが、自身の作品や活動から有益な情報を提供できればと思っています。今回は、私の自己紹介、作品の紹介、そして作品を制作するときのモチベーションについてご紹介したいと思います。
私は主に海外で活動しているので、Macoto Murayamaで検索していただければたくさん情報が出てきます。肩書は芸術家です。デジタル技術を使って花をモデルにした作品を制作しています。
大学の専攻は建築でした。ただあまり建築に没頭できず、学生時代の大半は3DCGの勉強を独学でしていました。大学院ではメディアアートを学んでいましたが、メディアアート然とした作品にあまり興味が湧かず、主に「ボタニカルアート」という古典的な植物画を研究していました。また、そのリサーチから現代的でユニークな植物画の可能性を探っていました。
そして今現在はアーティストとして、現代美術の分野で主に活動しています。その活動と並行して、花屋で働いたり、企業でエンジニアとして働いたりしてきました。
作品は主に大きく分けて2つのシリーズがあり、ひとつは「Botech art(ボテクアート)」と名付けたものです。こちらは植物の機械性を誇張、拡張し普段とは異なる美しさの表現を目指しています。もうひとつは「Botanical diagram(ボタニカルダイアグラム)」と名付けたものです。こちらは植物の形態を一般化することを試みており、解剖図とも設計図とも見れる作風になっています。
言葉だけだとイメージが難しいので、作品画像を見せながら説明していきます。先に軽く触れましたが、基本的に作品はすべて「3DCG」で作られており、モデルはすべて「花」です。
上記の作品はある花をモデルにしていますが、この画像から何の花かおわかりになるでしょうか? 抽象的に表現されていますがこちらはヒマワリをモデルにした作品です。ヒマワリの中心の、筒状花の一部を拡大した画角で作品化したものです。このようなカラフルでキャッチーなテイストの作品は「Botech art(ボテクアート)」とシリーズ名が付けられており、花や植物が持っている機械性を象徴的に描くことをコンセプトにしています。
続いて上記の作品は身近に生えているツユクサという植物をモデルにしています。まるで設計図面のような見た目ですが、解剖図として表現した作品です。ツユクサは、実物は下記画像のような花で、日本中どこにでも生えています。午前に花が咲いて午後には花がしぼんでしまう性質を持っているため、気が付かない方もいるかもしれません。
この作品は「Botanical diagram(ボタニカルダイアグラム)」とシリーズ名が付けられています。植物の一般的な形を自分のなかで想定しそれを図面で表現した作品です。このシリーズの制作プロセスは次のとおりです。
1. さまざまな場所を探し回り、道端や空地などに自生している個体を採集します。
2. 自分のスタジオに持ち帰り、実際に作品化するときの形を想定しながら撮影します。
3. 解剖して内部がどうなっているのかスケッチします。このときに顕微鏡を用いたり、モデルを縦横斜めに切ったり、さまざまな視点から観察してモデルの形態的特徴を探っていきます。
4. その情報から3DCGで立体的にモデリングをします。たとえば下記の画像はツユクサの雄蕊のモデリング画像です。
5. その3Dモデルからワイヤーフレームという手法で各部位(花弁、雌蕊、萼など)ごとにレンダリングします。
6. レンダリングしたデータを後で重ね合わせて1枚の画像にし、寸法や部位名などを書き込みます。
7. 完成した作品です。上面図、前面図、側面図の3面図の形で作品化しました。
作品を作るモチベーション
私がこれらの作品を作るときのモチベーションとどのようなことを考えて作っているのかを、シロツメクサの作品作成過程を例にご紹介したいと思います。
シロツメクサは白い花で、一般的には四つ葉のクローバーの花として知られています。誰もがどこかで見たり触れたりしたことがあると思います。この花をモデルにしようと思った理由は、「つぼみから開花して枯れる」時間軸を作品のなかで表現したかったため、そして群生している状態の作品を作りたかったためです。
このコンセプトで作るには、つぼみから開花して枯れる過程を理解する必要があったので、大量のサンプルを採取して観察しました。採集した花の状態を「つぼみの状態」、「少し開いた状態」、「完全に開いた状態」という具合に分類していき、「つぼみから開花して枯れる」あいだにどのような形があるのかを、特にサイズやプロポーションなどに着目して調べていきました。
シロツメクサは大きい白い球状のひとつの花ではなくて、実は小さい花(蝶形花)が集合した総状花序になっています。その小さな花を1つひとつ解剖して、それぞれの形がどのようになっているのかも調べました。さらに、個体ごとに何個の花が付いているか数えたり、花の数と全体の形の関係性を探りました。正確な数は覚えていませんが、おそらく何百個という数をこなしていたと思います。
結果的にこの情報を統計的に処理することは出来ませんでしたが、数多く解剖していくなかで、自分のなかでこの形が一般的で最も適した形ではないだろうか? という収束点を見つけていきました。その結果、次に示す3DCGモデルができました。
この作品では「つぼみから枯れる」までを10段階程度に分けて形を定義しました。下記は初期のつぼみの状態の作品です。
下記は開花が進んだ状態の作品です。最終的にはこのモデルで、つぼみから開花して枯れる状態を全て作り、アニメーション化などを考えています。
私の作品のコンセプトは、普遍的な美しさを持つ花を丁寧に観察することで、その潜在的魅力に迫り、デジタル技術で可視化して美の原理や真理を表現することです。制作を通して花の一般的な形や、植物が持つ理想的な形というものがあるのではないかと考えていて、それを美術作品として発表しています。
この記事を書いた人
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切江志龍
東京大学農学生命科学研究科博士課程在籍。主に植物フェノタイピングと形態モデリングの研究を行っています。生物・生命にまつわる芸術や文化史にも興味を持ち、修士課程からは画家モネの描いたスイレンの園芸史について調査しています。
堀部和也
大阪大学大学院理学研究科博士課程。主に大脳皮質の形づくりについてコンピュータシミュレーションを用いた研究を行っている。仮想生物の進化をコンピュータ上で再現し、生まれてくる新奇な個体の観察が日課。生物・生命の理論モデルからそれらを対象とする芸術にも関心を持ち、ハッカソンで出会ったアーティストと一緒に制作を行っている。