良いものをつくっただけでは売れない時代になってきたと言われているが、農作物も例外ではない。マーケティングによって農作物の付加価値を高め、潜在的なニーズを持つ消費者へきちんと届けていくことが求められている。

今回は、academistのクラウドファンディングプロジェクト「神奈川発トマト『湘南ポモロン』は、どうすれば売れるのか?」に挑戦中の神奈川県農業技術センター 鈴木美穂子主任研究員に、農作物マーケティングの魅力やこれまでの研究成果などについてお話を伺った。

多品種の産地、神奈川県の農業を支える農業技術センター

——鈴木さんが所属されている神奈川県農業技術センターはどのような施設ですか。

もともと神奈川県は、横浜港開港以降に西洋野菜や花が入ってきたところです。そして、横浜に居住する外国の方向けに、その西洋野菜などをつくる技術の研究もはじまりました。「カーネーション切り花栽培の発祥」など、初めてがたくさんありますし、横浜港から日本のユリが海外に輸出されていた記録もあります。さらにさかのぼると今の横浜、川崎地域は江戸へ野菜を供給する地でもありました。そうした背景から現在でも花と野菜の園芸作物の栽培が盛んで、多種多様な農産物の生産が行われています。

神奈川県農業技術センターでは、こうした多種多様な果樹や野菜、花などを育てる農家の支援や技術指導を行なっているほか、新品種の開発などにも取り組んでいます。今回のクラウドファンディングプロジェクトのテーマでもあるトマト「湘南ポモロン」や、生でも食べられるナス「サラダ紫」など、他にはないような個性的な品種をつくっているのが特徴です。

——鈴木さんは現在、神奈川県農業技術センターの経営企画部で農作物のマーケティングに関する業務に携わっているとのことですが、これまでのご経歴をお聞かせいただけますか。

大学を卒業後、神奈川県農業技術センターに入って10年ほどは普及指導部という部署で農家の方の技術支援を行なっていました。大学では花卉園芸学を専門に研究していたこともあり、はじめは花の栽培に関する技術支援を担当していました。ただ、普及指導部の業務を行なっていくうちに、農業を盛り上げていくには技術だけでよいのだろうかと思うようになりました。農家の方も売り方に関心を持っていたことから農業経営という分野に興味を持つようになり、勉強をはじめました。その後、研究職へ異動になってから現在まで15年ほど、農産物のマーケティング戦略に関する研究に取り組んできました。

神奈川県農業技術センター

一般消費者が考える「美味しいメロン」を求めて

——これまで担当されてきた農作物マーケティングの研究で印象的なものはありますか。

メロンの食べごろを科学する研究です。メロンの売れ行きが悪くなっているという課題を解決するために取り組んだテーマです。私は自分自身が、「自分にとって食べごろのメロンにあまり出会わないなぁ」と感じていて、消費者目線で食べごろのメロンを提供する技術の開発に向けたプロジェクトに声をかけていただき、興味を引かれて参加しました。実際に調べてみると、消費者の方はメロンに対して、自分好みの美味しいメロンを食べたくても食べごろがわかりにくく、期待はずれでがっかりしてしまうという不満を持っていることがわかってきました。

メロンは収穫してから少し熟成させて食べる果物です。熟成の度合いが、メロンの好みを左右すると考えました。そこで研究では、消費者の方を集めて「私が美味しいメロンってこんな感じです」という意見を自由に出していただく「グループインタビュー」を行いました。さらに、その意見をもとに、メロンの柔らかさと、それに関連のある甘さや食感を示す言葉を組み合わせて、メロンの柔らかさを図る装置が示す数値と関連づけて、メロンの美味しさ指標(食べごろ指標)を作りました。

——「美味しいメロン」とは何かを明らかにするために、具体的にどういうことを調べていったのでしょうか。

グループインタビューから、消費者のお好みのメロンの柔らかさは、だいたい3つに分かれるなと見当をつけました。その柔らかさを示す言葉は、「下の方がサクッとした食感」「スプーンがスーッと入る柔らかさ」「スプーンを入れた時ジュワッと液がたれるくらい柔らかい」です。

次に、メロンの柔らかさの表現と、柔らかさを示す科学的な数値とを一致できるかを明らかにするため、消費者に試食とアンケートをお願いしました。まず、メロンの柔らかさを表現した3つの言葉を示して、「あなたの好きなメロンにぴったりくるのはどの柔らかさですか」と質問して、さらに、「サッパリした後味」や「後味がジューシー」、「トロリとなめらかな舌触り」などの食感や味を示す言葉の共感度を聞きます。次に3段階に柔らかさを調節したメロンを試食してもらって、3つのうちのどれが好きかを選んでもらい、好みと味が一致するかを確かめました。

そうすることで、硬めのメロンは「フワッとして、下の方がサクッとした食感。ほどよい甘さでサッパリした後味の、くどくないメロン」、柔らかいメロンは「スプーンを入れた時ジュワッと液がたれるくらい柔らかく、トロリとなめらかな舌触りと香りがある」とわかりやすい言葉でメロンの味を表現できる指標を作成していきました。

——そこからどういうことがわかりましたか。

まず、年代によっておいしいと感じるメロンの柔らかさが異なることがわかりました。30代はやや硬めでほどよい甘さのさっぱりしたメロンが好みであるという方が多かったですが、年代が高くなるほどトロリとしていて甘い味を求める傾向にありました。

また、産地の人たちが食べごろとしているメロンの柔らかさと、消費者の多くが美味しいと感じている柔らかさにギャップがあるということも見えてきました。お中元でメロンをもらうと食べごろの時期が書いてあるものがありますよね。でも、その食べごろの時期からさらに1-2日程度寝かせた後に食べるほうが美味しいと感じる消費者の方が多いんです。

そこで私は、やや硬めが好みの人は○日、柔らかめのメロンが好みの人はその2日後……というように、好みに合わせたメロンの食べごろを表示させることで消費者の不満を解消できるのではという提案をしました。

創造力や発想力がなければ、マーケティング研究を続けることは難しい

——鈴木さんにとって、農作物マーケティング研究の醍醐味はどこにあるとお考えですか?

マーケティング研究の消費者調査では、消費者が感じている不満を明らかにし、その理由について実際に消費者の声を聞きながら明らかにしていきます。グループインタビューでは自分が思っていないような意見をたくさんいただけるので、すごくおもしろく、私は大好きですね。

自分が考えた仮説の正しさを検証できたときも嬉しいです。メロンの研究はまさにそうでした。もともと私は、実際に美味しく感じるメロンの時期が、商品に表示された食べごろ時期と異なっていることに疑問を感じていました。メロンの研究を行なうことが決まったときには、この疑問を絶対に明らかにしてやろうと思ったんです。調査をしていくなかで自分の仮説を支持する結果が出てきたときは、やはりとても嬉しかったですね。この結果がさらに農作物の販売促進につながっていけば何よりです。メロンの好みも今ならではの傾向だと思っています。お菓子やアイスの好みも時代によって変わっていくので、いつも若い年代がさっぱりしたメロンを好むわけではないと思っています。時々でそれが確かめられたら、もっとおもしろいと思います。

——逆に、マーケティングの研究で大変だと思うところは何ですか。

研究は、好奇心と創造力からはじまると思っているんです。逆に言えば、創造力や発想力がないと苦しい仕事です。なかなか新しいネタが浮かんでこない自分を情けなく思ってしまうときもあります。私には娘がいるんですが、「空ってなんで青いのかな? と考えたことがなければ、研究には向いていないよ」と言ったことがあります。好奇心を持って、おもしろいネタを探し続ける姿勢がなければ、研究は続けていくことができないのではないでしょうか。

——疑問に思う心や発想力を持ち続けるために、鈴木さんが日々意識されていることはありますか?

人の意見を聞くことですね。私は偏った人間であり、自分の意見や考えは決して正しいものではない。自分が良いと思っていることでも、違う人にとっては良くないことかもしれないと思う姿勢を持ち、「だから、聞いてみよう」を続けることでしょうか。

——常識を疑うというのは、どの研究分野でも必要になる心構えだと思います。最後に、今回クラウドファンディングに挑戦されている湘南ポモロンのマーケティング研究への思いをお聞かせください。

当所が育成した農作物を神奈川県民のみなさんに楽しんでいただきたいです。ただ、はじめは少量しか生産できないので、「欲しい人の目にとまる、届ける」ためのマーケティングを行い、知ってもらって、「これいいね!」と人にも勧めてもらうことで、販売先を広げていきたいと思っています。そして、湘南ポモロンの販売戦略を確立させることによって、神奈川県の農業を盛り上げていきたいですね。農業の現場にフィードバックできるような研究にしていくために、ぜひみなさんにお力をお借りできればと思っています。

鈴木美穂子氏プロフィール
神奈川県農業技術センター 経営企画部 主任研究員
農業革新支援専門員(農業経営)。大学時代の専門は花卉園芸学。神奈川県に入庁し花の栽培技術の支援を行う業務に取り組んだ後、現在は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の研究者の協力を得ながら農作物のマーケティング戦略の研究を行なう。

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この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
フリーランスライター/編集者。お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、テクノロジー、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist/academist Journalの運営や広報業務等をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 https://www.suto-hitomi.com/