マイクロプラスチックの発生源特定を目指して – 神奈川県環境科学センター 三島聡子氏が語る環境研究の難しさ
近年、環境問題のひとつとしてマイクロプラスチックによる海洋汚染が注目されている。全世界の海洋中におけるマイクロプラスチックの総量は約5兆個と推測されているが、その詳細な汚染実態は明らかにされていないという。
そのようななかで、神奈川県・相模湾の海岸におけるマイクロプラスチックの汚染実態を明らかにするため、神奈川県環境科学センター・主任研究員の三島聡子氏がacademistのクラウドファンディングプロジェクト「相模湾のマイクロプラスチック汚染実態を明らかにしたい!」に挑戦している。
今回は三島氏に、所属する環境科学センターのミッションやこれまでの経歴、現在取り組んでいるマイクロプラスチックに関する研究などについてお話を伺った。
神奈川県立の研究所「神奈川県環境科学センター」のミッションとは
——三島さんが所属されている神奈川県環境科学センターのミッションについて教えてください。
神奈川県の環境保全のため、県の環境をモニタリングすることがセンターの役割です。大気中の粉塵であるPM2.5の定期的な観測、地下水の汚染状況の調査、騒音や振動に関する測定など、幅広く県の環境状態をチェックしています。そのほか県民のみなさんに環境に対する興味関心を持ってもらうよう、普及啓発することも重要な仕事です。県内の学校に環境学習の講師として参加することもあります。
——環境に関わる幅広い業務ですね。三島さんはこれまでどのような研究をされてきたのでしょうか?
センターに入所した当初は、まず排水や環境を分析する際に必要な分析機器の使い方に慣れることからはじめました。私の主な担当業務は溶液水質中の化学物質分析なので、それに必要なガスクロマトグラフ質量分析計や液体クロマトグラフ質量分析計の使い方などを習得しました。
習得後は、主に排水や河川水などの中に含まれる化学物質の検査や調査を行ってきました。分析機器を用いて排水や河川水を分析し、環境に対する規制項目の物質が基準値を満たしているかどうかを検査します。
——分析には専門的な知識も必要ですよね。どのように身に付けたのでしょうか。
大学で工業化学を専攻した経験が役立っていると感じています。大学時代には、孔が空いた限外ろ過膜という膜を使って、混合タンパク質をその種類によって分離する研究を進めていました。また大学卒業後に入省した通商産業省(現 経済産業省)にて、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」に関わる部署で働いた経験も今の仕事にいかされているかもしれません。
——化審法に関わる業務とは、具体的にはどのような業務でしょうか。
企業などが新規の化学物質を日本で流通させるときには、その物質の安全性データを調べた申請書を提出し、国の許可を得る必要があります。申請書をもとに、化審法に則り安全な化学物質かそうでないかを審議会で振り分けるのですが、私のメインの業務はその審議会に必要な資料を作成することでした。
このような業務を通して環境分野の仕事に興味を持ったことがきっかけで、現在所属しているセンターで働くことになりました。センターに就職後、トリクロロエチレンなどで汚染された地下水の分離に関わる研究で博士号も取得しています。大学や通商産業省での経験をもとに、働きながら専門的な知識を身に付けてきたと感じています。
「かながわプラごみゼロ宣言」をきっかけにマイクロプラスチックの研究へ
——現在進められている研究についても教えてください。
最近では環境調査のひとつとしてマイクロプラスチックの研究を始めました。マイクロプラスチックとは5mm以下のプラスチック粒子です。私たちの生活に身近なプラスチック製品が主な発生源で、その実態は、車に踏まれたりすることで粉々になったものや、紫外線や波などによって劣化・分解されることで微細化されたものです。一部のプラスチック片は、川を通して最終的には海へ運ばれていて、マイクロプラスチックの海洋汚染につながっています。
——マイクロプラスチックの研究を本格的にはじめたきっかけは何だったのでしょうか。
マイクロプラスチックが国内外で問題となり、環境省が海洋ごみ調査や海洋マイクロプラスチック調査を実施しているなかで、神奈川県も地域のマイクロプラスチックの実態を把握しなければということで、平成29年から、マイクロプラスチックの採取法を検討することからはじめ、相模湾のマイクロプラスチックの実態の調査に取り組みました。
本格的にはじめたのは昨年9月に神奈川県が発した「かながわプラごみゼロ宣言」ですね。これは、鎌倉市由比ヶ浜に打ち上がったクジラの体内からプラスチック片が見つかったことをきっかけに発表された宣言で、神奈川県としては、県全体でレジ袋の利用廃止・回収などを進め、2030年までのできるだけ早期にリサイクルされない、廃棄されるプラスチックごみをゼロにすることを目指しています。当センターの研究も「かながわプラごみゼロ宣言」の取組みのひとつです。
マイクロプラスチックに吸着しやすい有機フッ素化合物に注目
——マイクロプラスチックに関してどのような研究をされているのですか。
マイクロプラスチックに吸着しやすい物質であるポリ塩化ビフェニル(PCB)や有機フッ素化合物に関する研究です。特にPCBは先行研究が多くあり、鳥の胃内のマイクロプラスチック量と体内のPCB量に相関があるという報告もあります。つまり生物がマイクロプラスチックを食べるほど、PCBがその体内に蓄積しているのではないかと考えられているのです。
私は、先行研究があまり多くない有機フッ素化合物に注目して研究を進めています。神奈川県で採集したマイクロプラスチックを溶剤に入れ、吸着している物質を抽出・精製し、液体クロマトグラフ質量分析計で分析することで、神奈川県で採集されたマイクロプラスチックにどれだけの有機フッ素化合物が吸着しているかを明らかにしようとしています。
——そもそも神奈川県の海におけるマイクロプラスチック汚染実態は明らかにされているのでしょうか。
これまでに当センターでは、相模湾と東京湾の計5か所の海岸におけるマイクロプラスチックの分布やその形態・材質を分析する研究を行ってきました。その結果、予想に反して、マイクロプラスチックの漂着量や形態・材質は、採集地の海岸ごとに異なることが明らかになってきています。
しかし、センターの職員数は限られるため、神奈川県の海におけるマイクロプラスチック汚染の全体像はまだ把握できていません。そこで、県民の方々にご協力いただき、相模湾全体のマイクロプラスチックの汚染実態を明らかにする調査プロジェクトを実施することにしました。このプロジェクトをより多くの方々に知っていただくため、現在クラウドファンディングにも挑戦しています。
さまざまな要因が絡み合う環境問題の原因特定の難しさ
——海岸によってマイクロプラスチックの形態や材質が異なるとのことですが、このデータをもとに発生源を特定することも可能なのでしょうか?
そうですね。緑色で細長い特徴的な形状のマイクロプラスチックは、運動場などに使用される人工芝に由来する可能性があると特定することができました。しかし多くの場合、採集したマイクロプラスチックは小さな破片であるため、分析技術を駆使して材質を特定しても、そのマイクロプラスチックがもともとどんな製品であったのかを特定することは簡単ではありません。
今後、海に注ぎ込む川のマイクロプラスチックの汚染に関する研究や、路上に散乱しているプラスチック片の研究結果などもみながら、発生源を特定していきたいと考えています。
——マイクロプラスチックの材質が特定できても、その発生源の特定は難しいのですね。
マイクロプラスチックに限らず、環境の問題はさまざまな要因が絡み合っているため、原因の特定は困難なケースが多いです。環境水の分析でも、環境中のさまざまな要因によって生じた混合物を分析し、解析するため、含まれている物質をうまく分離して分析できなかったり、結果の解析が困難であったりすることもあります。
でもだからこそ、環境に悪影響を与えている可能性がある原因を自分の分析によって明らかにできたときはとても嬉しいですし、環境問題の改善に繋がるかもしれない研究に携われるこの仕事に魅力を感じています。
——環境分野に関わる研究ならではの醍醐味かもしれませんね。
そうですね。近年はセンターへの出前講座などの依頼も増えていて、自分が子どもだったころと比べると環境に対する関心は高まっていると感じます。センターの活動への期待も感じながら業務を進めています。
三島聡子氏プロフィール
神奈川県環境科学センター主任研究員
大学では工業化学を学び、その後は通商産業省(現:経済産業省)に就職。その後、神奈川県環境科学センターに転職し、神奈川県の環境保全や県民への環境問題の教育・啓発活動に取り組んでいる。センター在職中に工学博士を取得。現在は、マイクロプラスチックの実態調査と分布マップ作成のほか、マイクロプラスチックに吸着する有機フッ素化合物及び相模湾漂着マイクロプラスチックの由来の推定に関する研究を進めている。
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この記事を書いた人
- アカデミスト株式会社プランナー。お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。その後新卒で科学技術振興機構(JST)に入職し、戦略的創造研究推進事業のうちERATOに関する業務に従事。2019年よりacademistに参画。大学院での専攻は、ヒトデ卵における発生生物学・細胞生物学。