葉脈や河川の形成、魚の集団運動など、身のまわりの複雑な現象を数値シミュレーションで記述し、自然界の普遍的な構造を探ろうとする研究分野がある。しかしそのような研究では、物理学や生物学、工学など、分野を問わない網羅的な知識や技術が問われるはずだ。分野横断型の研究を進めるには、何か秘訣があるのだろうか? 今回、お茶の水女子大学情報科学科で、幅広い分野の研究者と連携して研究を進めている郡宏(こおり・ひろし)准教授に、そのヒントについて伺ってきた。

ー郡先生の専門分野を教えてください。

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専門……何なんでしょうね(笑)。あえて言うのであれば、「1+1=2」にはならないような現象を扱う「非線形物理学」です。たとえば、りんごを1日1つ食べると健康になるといいますが、それを2つ食べたら2倍の効果が見込めるかというと、そうではないと想像できます。得られる効果は2倍より少ないかもしれませんし、ひょっとすると多いかもしれません。因果関係は単純な足し算では説明できないことが普通で、これは「非線形性」と呼ばれます。株価や気象の予測が難しいのも、この非線形性に根本的な原因があります。非線形現象と聞くと、めずらしい現象を扱っているように聞こえるかもしれませんが、私たちの身のまわりの現象のほとんどは非線形現象なんです。

ー非線形現象のなかでは、どのような現象に興味があるのでしょうか。

私は特に、振動現象に興味があります。振動といっても、震えるという意味での振動ではなくて、メトロノームのように周期的なリズムを持つ振動です。このような振動を数理的にモデル化してシミュレーションをすることで、振動現象に潜む謎を明らかにする研究をしています。日常生活でおもしろいと感じたことや、ほかの研究者の研究内容を知る過程で浮かんできたアイデアを研究テーマにすることが多いですね。

ーそもそも、非線形現象に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。

もともと大学では物理学を専攻していたのですが、物理学を学ぶなかで、どんなに突き詰めても物理学はこの世界から遠いのではないかと感じるようになりました。たとえば、私たちの日常生活と物理学のあいだには何かギャップを感じませんか? 素粒子に関する大発見があったとしたら、それはもちろんとてもすごいことなのですが、私たちの生活にどう関係するのかはなかなかピンときません。また、宇宙はとても美しくて夢がありますが、ロマンだけで自分は満足できるのかと、ふと思ってしまうことがありました。生活とかけ離れたところが物理学の美しい点でもあるのですが、寂しさを感じる部分でもあるのかな。

そんなことを考えていた学部生のときに、生物のリズムを物理学を使って研究する研究室があることを知って、非線形現象について学び始めようと考えました。当時在籍していた研究室では、化学や生物学、工学などほかの分野とも関わりが深かったので、自然と分野を超えた研究をするようになりました。

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ー最近では、魚の集団運動を研究されていると伺いました。まさに分野を超えた研究のように思うのですが、なぜこのような研究をはじめたのでしょうか。

使っている方法論が振動現象と似ているからです。たとえば、振動現象で現れる現象として、同期というものがあります。同期とは、バラバラに振動するメトロノームをお互いの振動が伝わるような板上にのせると、そのうちペースを合わせるような現象のことを指しています。

この現象は、固有のリズムを持つもの同士が位相を合わせることで生じるのですが、メトロノームがそろうまでの過程と、魚が集団で泳ぐようになるまでの過程が似ているんですよね。群れをなして泳いでいる魚の集団運動では、先頭を泳ぐリーダーがいるわけではないため、みんなで進行方向を合わせることが重要になります。この過程は実は、位相を合わせる同期現象と同じで、使う理論モデルがほとんど一緒なんですよ。位相の形成という見えない秩序形成と、魚の集団運動という目で見える秩序形成。この両者が絡んでいるなかなか興味深い題材ということもあり、興味を持って研究をしています。

ーシミュレーションで得られた結果は、実験によって検証していくのでしょうか。

そうですね。シミュレーションがいつも正しいかというとそうではありませんから、できるのであれば実証実験をすることが大切です。たとえば、過去の研究の中では、化学反応において実証実験をし、シミュレーションの正しさを確かめたことがあります。数理モデルから得られた結果に予言能力があるかどうかということは、研究の正しさを判断する上で強力な基準になるので、観察や実験と相補的な形で研究を進めることは重要だと思いますね。

ー観察や実験と比べて、シミュレーションにはどういった良い点があるのでしょうか。

たとえば、生物の実験で得られた結果がどの遺伝子に由来するのかということを特定するのは、なかなか骨が折れる作業です。モデル生物を使って遺伝子を働かなくさせたりすることはありますが、何が原因でこういう実験結果が得られたのかという因果関係をはっきり示すことはなかなか難しい。働かなくさせた遺伝子が間接的に作用していることもあるからです。

一方で、シミュレーションに用いるような数式上では、ファクターをすごく簡単に、消しゴムのように消して、実験を繰り返し行うことができます。不要なものをそぎ落として実験系を理想化することで、何が本当の原因で、何が結果で、何が予言できるのかという本質を能率的に調べることができる道具となることが、シミュレーションの良いところです。シミュレーションによって得られた新たなアプローチや方法論を実験屋さんに提供していくことができれば、より深く研究を推し進めることができるのではないかと考えています。

ーシミュレーションを用いた研究は、今後どのように応用されていくとお考えでしょうか。

野心的な人は、医学への応用を考えていますね。たとえば、流体シミュレーションの分野の人が、心臓内の血流をモデル化して、どのようにして静脈瘤などの病気がおこるのか、またどこに病気の予兆が現れるのかということを、臨床データと比較しながら検証していく研究があります。なかなか骨の折れる研究ですが、現状から将来を客観的に予測できるという点で、今後医療に貢献していく可能性があるのではと考えています。

私はここ数年間、長距離移動に伴う時差ボケやシフトワークによる体内時計の不調のメカニズムについて研究を行っています。体内時計は実は体中の細胞が持っています。つまり、とんでもない量のメトロームで我々の体はできているようなものです。これらがうまく組織だっているときはいいのですが、時差やシフトワークはこれを乱すことが知られており、かなり複雑な現象が起こることが想像できると思います。そんな複雑な現象に対しては、理論モデルとシミュレーションが活躍できると信じ、生物の実験研究者と協働して、少しずつ成果をだすことができてきました。将来的には、体に負担の少ないシフトワークのスケジュール作成手法や、強度の時差ボケの回避方法を提案したいと思っています。

ー最後に、分野融合の研究をしていくなかで、今まで学んでおいてよかったと思うスキルがあれば教えてください。

数学ですね。理系の分野に進むすべての人には、数学をしっかりと学んでほしいと考えています。数学といっても、微分積分の基礎など理数系の大学1年生が学ぶ内容でたいていは十分です。その程度の基礎的な数学力があれば,あとで必要になったときには、より高度な数学も使えるようになると思います。数学以上の強力な武器はなかなかありません。数学を学んだうえで、情報学や物理学や生物学の知識を吸収すれば良いんです。数学の知識をベースとして複雑な現象を読み解きながら、理論屋と実験屋が協力していくことが、分野を越えて研究を進めていくひとつのポイントになるのではないでしょうか。

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研究者プロフィール:郡宏 准教授
お茶の水女子大学基幹研究院情報科学コース
1998年東北大学理学部物理学科卒業。京都大学理学研究科理学研究科物理学・宇宙物理学専攻修了(2003年)。2003年からドイツのフリツ・ハーバー研究所(物理化学部門)にてマックスプランク研究所研究員、フンボルト財団奨励研究員を経て、2006年から北海道大学理学研究院(数学)のCOE研究員となる。2008年からお茶の水女子大学にてテニュアトラック助教となり、2012年より現職。

この記事を書いた人

田中奈穂美
田中奈穂美
アカデミスト株式会社プランナー。お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。その後新卒で科学技術振興機構(JST)に入職し、戦略的創造研究推進事業のうちERATOに関する業務に従事。2019年よりacademistに参画。大学院での専攻は、ヒトデ卵における発生生物学・細胞生物学。