巨大な眼や半透明な身体、するどい牙に、暗闇にキラリと光る発光器ーー。深海にすむ生物は、私たちの想像をはるかに超える興味深い形態と生態を持っている。沼津港深海水族館(以下、沼津水族館)の石垣幸二館長は、「深海生物を生きたまま観察することでその生態に迫り、その姿をみることで深海生物に愛着を持ってほしい」との思いから、日本で唯一の深海生物に特化した水族館を運営する。深海生物には、共通する特徴があるのだろうか? またどんな日常を過ごしているのだろう。飼育が困難であることが多い深海生物を試行錯誤しながら育て、日々観察している石垣館長にお話を伺った。

沼津港深海水族館

−−海の生物のうち、深海生物だけが持っている特徴はありますか?

ぶよぶよで、水っぽいものが多いのが特徴です。これは深海の生物にかかる水圧にうまく適応するためです。生物の身体のなかで水圧に大きく影響を受けるのは気体の部分ーーたとえば人間でいうと空気が満たされている肺の部分、魚だと浮き袋です。一方、液体は水圧の変化を受けにくい。強力なプラスチックでつくられた容器でも、空の状態では水深1000mの水圧には耐え切れずに壊れてしまいます。しかし普段みなさんが飲んでいる、水が入っているペットボトルだとつぶれません。それくらい気体と液体では水圧の影響が異なります。このような理由から深海生物は、水圧に対する適応のひとつとして液体に満たされているような体のつくりを持つものが多いですね。生きた化石として有名なシーラカンスの浮き袋も、油脂で満たされています。

−−そのほかにも深海生物ならではの特徴ってあるのでしょうか。

深海生物の体色は、だいたい黒、グレー、半透明、赤の4つのパターンに分けられます。黒、グレー、半透明は保護色で、深海でも天敵などから見つかりにくい色です。赤というのは意外かもしれませんが、水深20m程度で、赤色の光は吸収されてしまいます。ダイビングで水中に潜ると水深の深いところでは、赤い魚は影のようにしか見えません。深い海では、赤色の身体が敵から身を隠すのに役立つ色となるのです。沼津水族館の展示でも、水槽に赤い魚を入れ、ライトの色を変化させて、水深によって赤い魚がどう見えるのかというコーナーを設けています。

深海のサメ「ラブカ」のグッズを持つ石垣館長。自らグッズの企画を行うこともあるという

−−深海生物というと、光を発する生物が思い浮かびますが、海の中で光ることにはどんな意味があるのでしょうか?

仲間同士のコミュニケーションや、餌のおびき寄せ、捕食者への威嚇など、さまざまです。深海で光る生物には大きく2つのタイプがあります。ひとつは自家発光型で、ルシフェラーゼの酵素反応で自分の身体を光らせるタイプ。もうひとつは、発光するバクテリアを体内に持ち、培養しているタイプです。

沼津水族館で人気のヒカリキンメダイは後者で、目の下の器官で発光するバクテリアを培養しています。食べた餌の一部をその発光器官に送りこんで、ご飯もあげていますよ。片方の発光器官だけでも1億程度のバクテリアが住んでいるといわれていますが、この発光器官を筋肉組織を使って能動的に反転させることで、光ったり、消えたりを繰り返し、ほかの個体とコミュニケーションをとっています。たとえば危険を察知すると、発光器の反転数をあげ、光の点滅を高速で繰り返します。するとほかの個体が徐々に集合して、1000匹程度の塊をつくります。その明るさは、真夜中の海の中で本が読めるくらいです。ヒカリキンメダイの体長は約15cmと小さいので、複数の個体が集まって大きな生物に見えるようにしていると考えられています。また餌となるエビなどを集めるのにも、発光を利用しています。

ヒカリキンメダイ。目の下に発光器がある (撮影:沼津港深海水族館)

−−深海生物のおもしろい生態があれば教えてください。

深海性のカニやヤドカリといった甲殻類では、オスだけがとても巨大化している種が多いんです。深海では、オスメスの生物の出会いがとても少ないというのがその理由です。オーストラリアに生息するキングクラブというカニは、水深200~300mにメス、500mにオスが生息しています。オスはときどき水深の浅いところまで移動するのですが、そのときにパートナーとなるメスを探します。そして一度メスを見つけたら必ず確保し、何ヶ月も餌も食べずにホールドし続けます。深海という環境では、パートナーに出会う機会がなかなかないためです。オスは、しっかりとメスを押さえられるよう、長い足と大きなはさみを持っています。ヤドカリやほかのカニにもこういった習性を持つものがいます。

イバラガニモドキ。オスがメスをしっかりとホールドしている。オスとメスが同時に捕獲されることから、夫婦(めおと)ガニとも呼ばれる

−−ほかにもおもしろい習性をもつ生物はいますか。

ヒメコンニャクウオと、エゾイバラガニです。深海は、砂や泥、岩があるだけの殺風景なので、産卵にちょうど良い場所があまりありません。一体どんなところに産卵しているのだろうという疑問を感じていたときに、これらが一緒になって深海から捕獲されました。魚とカニが一緒に生活しているのは不思議だなと思ったのですが、カニが死んでしまった際に中身を解剖してみたら、驚くべきことにカニの甲羅の内側からヒメコンニャクウオの卵が見つかったんです。ヒメコンニャクウオは、卵を守るために卵をカニの甲羅に産み付けるという習性をもっているのかもしれません。水族館の展示のなかでも、ヒメコンニャクウオとエゾエバラガニを一緒に展示し、本当に卵をカニの甲羅の中に産み付けるのかという実験をしています。

深海では常に餌にありつくことができないため、ダイオウグソクムシのように絶食に強い生物も多い。沼津港深海水族館で水槽に餌を与えるのはひと月に1回。食べた量を記録し、少しでも生態を知ろうとしているのだという

−−そんな不思議な特徴を持つ深海生物にはファンも多いです。石垣館長は、深海生物のどんなところに惹かれていますか?

わかっていないことが多いところに惹かれます。ここ17年間、地元駿河湾で毎週、底引き網漁を行い生物を採集していますが、毎回見たことのない生物に出会います。過去の記録と照らし合せても、この生息域では見つかっていない生物が次々に見つかります。分類が進んでいない、世界でもわかっていないという種が、毎週のように出てくるのが非常におもしろいです。

また、どうやって泳ぐのか、どうやって繁殖するのか、何を食べるのか……といった生態が一切わかっていない生物もたくさんいます。過去の文献を調べても、実際に検証してみると事実が記載と異なることもあります。なぜならば過去の文献などでは、標本や打ち上がった個体などの体の構造からその生態を予測していることが多いからです。この水族館では、生きた深海生物がいるので、過去の文献の検証や、観察によって日々新しい発見をしています。大学などの研究者からも共同研究の誘いがありますね。本当の生態に迫るには、やはり生きた生物を観察するのが一番です。水族館では深海の条件すべてをそのまま再現することはできませんが、生きた深海生物を飼育、展示することで、より真実に迫ることができると考えています。

オオムガイ(撮影:沼津港深海水族館)

−−日本で唯一の深海水族館を運営するうえで、苦労したことはなにかありますか? 深海生物を長期的に飼育する際、どんなことに気をつけているのでしょうか。

一般的に、深海のサメは飼育が困難です。なかでも肝臓が大きいタイプのサメが難しい。サメには浮き袋がなく、肝臓が体の70%を占める種もいます。肝臓の中には肝油が溜め込んであり、サメは、水よりも浮きやすいという肝油の性質を利用し、深海という水圧が高い環境でも浮いていられます。しかしこの肝油が、水族館での飼育が難しい原因となっています。

沼津水族館ではコスト的にも技術的にも難しいことから、展示するほとんどの水槽には圧力をかけていません。浮き袋が膨らむ魚は、注射器でその袋から空気を抜き、水圧の低い通常の水槽でも飼育できるようにしています。ところが、肝油があると、通常の水槽では必要以上に浮いてしまいます。サメの体内から肝臓の一部をとったり、肝臓を良くするはたらきの薬を飲ませてみたり、通常の水槽で飼育できる方法をいろいろと検討していますが、まだこれだという正解はわかっていません。

−−サメ以外にも飼育が難しい深海生物はいますか?

メンダコですね。今では飼育日数52日を記録し、この水族館のなかでもとても人気者なのですが、飼うのはとても大変です。そもそもメンダコが何歳まで生きるのか、何を食べるのかなどという基本的な生態もわからない状態からスタートしているため、水温や光など飼育条件の検討がとても難しかったですね。

またメンダコは、リラックスしているときには身体を平たく伸ばしているんです。でもそれでは、横から見る通常の水族館の水槽に入れてもだれも見てくれませんよね。水族館では単に飼育すればよいわけではなく、どうやって生物の特色を伝えられる展示ができるかということも考える必要があります。深海水族館として、まだどこも実現したことがないメンダコの長期的な飼育と、メンダコを見てもらううえでの展示的な工夫を両立させるのにはなかなか苦労しました。今後は、メンダコの繁殖などについても水族館のなかで研究していくことができればと試行錯誤しているところです。

メンダコ(撮影:沼津港深海水族館)

−−深海生物がメインの水族館を運営することを通して、どんなことを伝えたいと考えていますか?

単純に深海生物それぞれの魅力を知ってもらいたいですね。生きているからこそ、動いているからこそ感じられる生き物の良さがある思います。本に掲載された標本や絵、地元では塩焼きで食べられていたような深海生物が、生きてるときには、実は色が違ったり、変わった泳ぎ方をしたりなど、たくさんのおもしろい特徴を持っているんです。「深海魚っておもしろい、かっこいいじゃん」ということを、”生きた図鑑”をたくさんの人に見てもらうことで伝えていきたいですね。生きた生物を観察することで明らかになった生態など、新しい発見もどんどん共有していきたいです。

沼津水族館には、”深海生物グルメ”コーナーもある。深海生物の剥製をつかって、深海生物を使った架空のメニューを考案し、水族館のスタッフがサンプルを手作りしている

石垣幸二 プロフィール
沼津港深海水族館 シーラカンス・ミュージアム館長
日本大学国際関係学部を卒業後、10年間のサラリーマン時代を経て、2000年有限会社ブルーコーナーを設立。世界30ケ国、200を超える水族館・博物館に依頼された海洋生物を生きた状態で納入する専門業者となる。「情熱大陸」や「ガイヤの夜明け」など多くのドキュメンタリー番組に取り上げられ、「海の手配師」と命名される。2011年沼津港深海水族館の館長に就任。以来、深海生物の捕獲から展示に至るまで日々奔走している。
 

取材協力
沼津港深海水族館シーラカンス・ミュージアム
〒410-0845 静岡県沼津市千本港町83番地
年中無休(保守点検のため臨時休業の場合あり)
通常営業時間 10:00〜18:00(最終入館は閉館30分前まで)

詳細は公式Webサイトをご覧ください