「シロアリ」という名前を聞いたことがない人は少ないと思います。家を食べる、あのシロアリです。しかし、その高い知名度とは裏腹に「どういう特徴を持った生き物なのか?」といった生態に関する情報はまったく知らないという方も多いのではないでしょうか? そこで、今回は私が卒論研究で行ったシロアリの生態に関する研究を紹介してみようと思います。

シロアリはすごい

シロアリは名前に「アリ」と付いていますが、アリとはまったくちがう分類群の昆虫で、じつはゴキブリに近い昆虫です(アリはハチの近縁)。種によって異なるものの、多くは倒木など枯れた植物を食べて暮らしており、生態系の物質循環を支える重要な生物です。では、何故「アリ」と付いているのか。それは、アリに似た高度な社会を営む社会性昆虫だからです。シロアリの社会は、産卵を行う女王シロアリ、そのパートナーの王シロアリ、巣の防衛を担うソルジャー(兵隊シロアリ)、子育てや巣のメンテナンス、餌集めなどを担うワーカー(働きシロアリ)などで構成されており、人間社会と同様に分業を行うことで効率よく社会の運営を行っています。推計値ではありますが、地球上の植物と菌類を除くすべての生き物の体重をはかるとアリとシロアリで半分以上を占めると言われることもあるくらい、社会性昆虫は繁栄を極めています。

 

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シロアリの女王と王、ワーカー。お腹が大きいのは女王で、お腹の中はほぼ卵巣。

 

シロアリの弱点

しかし、そんな社会性昆虫にも弱点があります。それは、病気です。人間社会でも学校などの大勢の人が集まる空間では病気が一気に広まることがありますが、それはシロアリでも同じで、ひとつの巣に何万匹というオーダーで一緒に住んでいるシロアリ社会では病気が一気に広まりやすい状態であるといえます。加えて、シロアリ社会の巣の構成員は両親とその子供たちだけで構成されています。つまり、巣のメンバーどうしが遺伝的に非常に似ているため、病気への抵抗性も巣の構成員間で大きく違いません。一匹が感染すると巣全体に広まる可能性が非常に高いのです。特に免疫を持たない卵は病気に弱いため、ワーカーが頻繁に舐めてリゾチームという抗菌性のタンパク質を含んだ唾液で卵をコーティングすることで菌から守っていることが知られていました。しかし、シロアリはリゾチームを無駄づかいすることは出来ません。糖質が主成分である木材ばかりを食べるシロアリにとって、タンパク質は貴重な栄養素であるからです。実際に、ヤマトシロアリという日本のシロアリを使った私たちの研究により、野外でワーカーの唾液腺に含まれるリゾチームの量が巣の中に卵がある時期に増加し、無い時期には減少することがわかりました(Suehiro and Matsuura 2015)。

 

眼が無いシロアリはどうやって卵を数えるのか?

分業を行っていない生き物は自分が産んだ子の数に応じて子育てに必要な物質を作れば良いですよね。しかし、シロアリは産卵する個体とそれを世話する個体が分業されています。つまり、ワーカーは自分で産んだわけではない卵の量を把握し、リゾチーム生産を調節する必要があります。実は、ヤマトシロアリのワーカーには眼がありません。生涯のほとんどを木の中や土の中という光のない空間だけで生活しているので、眼は退化して失われてしまっているのです。では、シロアリはどのようにしてリゾチーム生産の最小限の必要量を知っているのでしょうか。私たちは、眼の見えないシロアリがどうやって卵を数えてリゾチームの生産量を調節しているのか、引き続きヤマトシロアリを使って研究を進めました(近日公開の後編に続きます)。

 

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ワーカーと卵。眼のようにみえるのは、ただの「模様」

 

 

 

 

この記事を書いた人

末広 亘
京都大学大学院 農学研究科博士後期課程在学中。専門は昆虫生態学、行動生態学。学生としてアリ・シロアリなどの社会性昆虫を中心に外来種問題を研究する傍ら、2015年より学術系クラウドファンディングサイト「academist」のプロジェクトプランナーとしての活動を開始。