盲目のシロアリはどうやって卵を数えているのか?【後編】
卵量シグナルの正体は?
前回ご紹介した研究で、眼の見えないシロアリが「何らかの方法で卵の量を知り、リゾチーム生産量を調節している」ことがわかりました。そこで、次の研究として「どのような方法で卵の量を知るのか」に挑みました。シロアリは眼が見えない代わりに匂いなどの化学物質や音を使って互いにコミュニケーションをとり、情報交換を行っていることが知られています。卵が音を出すというのは考えにくいので、私たちは「匂い」に注目して研究を進めました。
女王フェロモン
ヤマトシロアリの卵から出ている匂い物質として、「女王フェロモン」というものが知られています。卵から出ているのに「女王」という名前なのは少し違和感があるかもしれませんが、この女王フェロモンは卵だけでなく女王も放出していて、新しい女王が生まれ過ぎるのを抑制したりする機能があることが知られていた物質です。それゆえに女王フェロモンと呼ばれています(ヤマトシロアリは巣の成長とともに女王の数が増えます)。それ以外にも、卵の位置を示したり、カビの成長を抑制したりするという機能が知られています。そこで、ヤマトシロアリのワーカーに卵を与える、女王フェロモンを嗅がせる、何も与えない、の3つの処理を行った後リゾチーム生産量を比較してみました。すると、女王フェロモンを与えたワーカーと卵を与えたワーカーは何も与えなかったワーカーよりも抗菌タンパク質の生産量を増加させることがわかりました。やはり、ヤマトシロアリのワーカーは女王フェロモンを感知してリゾチーム生産量を調節していたのです。女王フェロモンは卵からも放出されている物質であり、卵の数が増えれば濃度を増してゆくことから卵量を示すシグナルとして機能していたのです(Suehiro and Matsuura 2015)。
節約志向のシロアリ社会と、進化の謎
先述のように、女王フェロモンは卵量シグナルだけでなく、卵の抗菌、卵の位置シグナル、次の女王抑制などさまざまな機能を持つ物質です。実は、卵の保護物質であるリゾチームは、ワーカーが卵を卵であると認識するためのフェロモンとしての機能も持っています(ヤマトシロアリはリゾチームを塗ったガラスビーズも卵だと思って世話してしまいます)。このように、シロアリの社会では可能な限りひとつの物質を多くの目的に用いることで栄養に乏しい環境中でも高度な社会を維持しているのです。
この女王フェロモンという物質は、最初は単に卵が自身を守る抗菌物質だったかもしれません。それが子育て行動をする際に母が自分の産んだ卵の場所を知るためのシグナルとしての機能、女王とワーカーの分業が進化するにともなって卵量シグナルとしての機能を、そして巣の規模が拡大し複数の女王で巣を維持するようになると女王数抑制機能、というふうに社会の高度化にともなって様々な機能を付加していった可能性があります。このようなひとつの物質を多様な目的に用いる仕組みは、昆虫においてどのようにして高度で複雑な社会が進化したのかという謎を明らかにする重要な鍵にもなるのです。
この記事を書いた人
- 京都大学大学院 農学研究科博士後期課程在学中。専門は昆虫生態学、行動生態学。学生としてアリ・シロアリなどの社会性昆虫を中心に外来種問題を研究する傍ら、2015年より学術系クラウドファンディングサイト「academist」のプロジェクトプランナーとしての活動を開始。
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