秋のもみじが赤く色づく様は日本の原風景の中でも格別美しく、古くから多くの人の心を魅了しています。そんなもみじはみなさまにとっても馴染み深いのではないでしょうか。今回はそんなカエデ属の植物とその葉をくるりと巻いて利用する「ハマキホソガ」という蛾に関する私の研究についてご紹介します。

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ハマキホソガの葉巻

 

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ハマキホソガの幼虫

日本のカエデは何種類?

もみじという呼称が一般によく使われていますが、分類学上での名称ではありません。調べてみると「もみじ」という呼び方はムクロジ科カエデ属に属する植物のうち葉が掌状のものを指しているようです。

日本のカエデはさまざまな形の種類があります。皆さんにとって馴染み深いイロハモミジのようなもみじと呼ばれるもの、メグスリノキやミツデカエデのような3出複葉(3つの小葉からなる)のもの、そしてチドリノキやヒトツバカエデのような普通の葉と変わらない種類などがあります。カエデ属の植物は日本や中国を含む東アジア、そして、北アメリカやヨーロッパを中心に北半球に広く分布し、世界には約150種のカエデ属植物が存在します。そのうち、日本には28種のカエデ属の植物が分布しています。

 

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日本のカエデの系統関係(Nakadai et al. (2014)より改変)

 

カエデ属の植物は標高差のある日本の山に登ると、一度に多くの種類を観察することができます。私が学部、修士時代にお世話になっていた東京大学秩父演習林内では20種類ものカエデを観察することができました。

カエデの葉を巻く虫

学部4年生の研究を始めて間もない頃、私は研究対象とする昆虫を絞らず、カエデ属の葉を食べる昆虫全般を扱う研究を行っていました(Nakadai et al. Oecologia)。最初にハマキホソガの葉巻を見つけたのもその調査の中で、カエデの葉の切れ込みをうまく生かして、器用に葉を巻いている姿にとても興味を引かれました。調査を進めていくと東京大学秩父演習林内だけでもカエデ属を利用する複数のハマキホソガが生息していることが分かりました。このとき、「同じ場所に多くの種が分布するカエデ属の植物を複数のハマキホソガはどのように利用しているのか?」ということに疑問を持ち、修士1年からハマキホソガの研究を始めました。

生物種が利用する食べ物の種類や生息場所を「ニッチ(生態学的地位)」と呼びます。一般にこのニッチを共有するもの、つまり同じような食べ物(今回はカエデの葉)を食べ、同じ場所に生息するものの間には競争が生まれ、共存することが難しいとされています。これは生物だけに限ったことではありません。たとえば、古くからある商店街の近くに、大型のスーパーマーケットができるとお客さんが取られてしまい、どんどんとつぶれてしまうでしょう。商店街が生き残るためにはスーパーとは異なる商品を売る、営業時間を変えるなどの差別化が必要となります。このような例からもわかるとおり、同じカエデの葉を利用するハマキホソガが同じ場所に複数種が生息しているのは非常に興味深いことです。

秩父演習林の研究対象としていた14種のカエデ属の植物を調べていくと6種類ものハマキホソガが同所的に生息していることが分かりました。またそれぞれが植物の形質などに対して好みはあるものの、複数のハマキホソガが利用するカエデの種類が重なりながら、同じ場所に生息していることがわかりました(Nakadai & Murakami 2015 Eco ent)。さらにハマキホソガ属について図鑑で調べると、日本では21科の植物から51種が記載されていて、そのうち日本では最も多い11種のハマキホソガがカエデ属の植物を利用していることを知りました(現在では私自身が未発表ですが新種を見つけており、日本では少なくとも14種がカエデ属の植物を利用することがわかっています)。カエデ属を利用するハマキホソガはなぜ多様化したのかという新たな疑問も生まれ、現在では進化についても注目して研究を行っています。

ハマキホソガってどんな虫?

ハマキホソガの生活史は、卵から孵化した幼虫はまず1–3齢の間は葉に潜り、葉の内部組織食べながら成長し、4齢になると葉から脱出します。そして、その名前の通り、4–5齢では幼虫自身が葉っぱを三角錐または円筒状に巻き,開口部のない葉巻を作ってその中で生活をします。

 

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ハマキホソガの生活史

 

葉を巻くというとオトシブミを思い浮かべる方も多いと思いますが、オトシブミは成虫の親が葉を巻くのに対し、ハマキホソガでは幼虫自身が糸を吐きながら体をメトロノームのように揺らして葉を巻きます。晴れた暖かい日には幼虫たちが葉巻の外に出ていそいそと新しい葉を綴る様子が観察できるでしょう。ハマキホソガの葉を巻く行動は実に多様で、葉を切って巻くものや葉を落とすもの、そして二次的に葉を巻く能力を失い、全幼虫期を通じて潜葉するものなどさまざまです。

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ハマキホソガのいろいろな葉の加工

このような幼虫の多様な行動は外敵から身を守るために進化してきたのだと考えられます。ハマキホソガをケースで飼育していると、幼虫や蛹の中から時折小さな蜂が出てきます。この蜂は寄生蜂と言い、昆虫の幼虫などに卵を産み付け身体の内部からじわじわと食べて成虫になるのです。具体的な死亡率の調査を行っていませんが、ハマキホソガの幼虫の死亡原因の多くはこの寄生蜂によるものだと思われます。こうした外敵からの捕食を切り抜けて、何とか成虫になることができるのです。成虫は全長1㎝ほどの非常に小さな昆虫で、前二本の足を揃え、一番後ろの足を羽に沿わせて静止する様子は初めて見る人には蛾であるとは判別できないかもしれません。

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ハマキホソガの成虫

このように葉を潜って食べ、巻いて食べ、寄生蜂から逃れるなど様々なステップを通過することで初めて成虫となることができ、次の世代に子を残すことができるのです。

今後の展望

さまざまな情報を踏まえてもカエデ属を利用するハマキホソガの多様性がほかの植物を利用するものよりも高く、さらに同じ場所に共存することができる理由はいまだわからないことも多く、これから新たな発見が生まれていく研究であると考えています。現在はハマキホソガの多様性や共存に関わるプロセスを網羅的に調査しています。特に現在は種分化や多様化の過程における利用するカエデの種類を変化させる役割などに注目しています。カエデ属を利用するハマキホソガの共存そして多様化メカニズムの理解はこのシステムだけでの発見に留まらず、地球上で知られる生物種数の三分の一をも占める植物を食べる昆虫全体の多様性の理解に繋がる可能性があり非常に重要です。今後もどんどんとカエデ属とハマキホソガ属の関係を明らかに出来るよう頑張っていきたいと思います。

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カエデの葉巻

この記事を書いた人

中臺亮介
京都大学大学院 理学研究科博士後期課程在学中。滋賀県の京都大学生態学研究センターに所属。日本学術振興会特別研究員(DC2)。専門は群集生態学、進化生物学、動物‐植物相互作用。生き物に関わる様々な現象とそこに潜むストーリーに魅了され、研究の道に進む。現在は「共存」と「多様性」をキーワードとして、植食性(植物を食べる)昆虫の研究を行っている。今後は中国・アメリカ・ヨーロッパを中心とした海外でのカエデ属の植物を利用するハマキホソガの採集を積極的に行いたいと考えている。