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先史の暮らしをことばから再建する

ことばを調べることで先史の文化がわかる、というと、よく不思議そうな顔をされます。考古学なら、発掘した遺物を扱いますから、昔のことを扱うのは自然であるように思えますが、言語の場合には、古いといえば、文献くらいしか思いつかない。そもそも先史というからには、文献記録が出てくる以前の時代のことであるはずです。それではいったいなんのことを言っているのだろうということになのでしょう。

けれども、歴史言語学では、語の由来を調べることができる、といえば、ぴんとくる方も少なくはないのではないでしょうか。語の由来とは、ある語がどこで生まれて、どのように広がったのかという、ひとつひとつの単語が持っている歴史のことです。語の歴史をさかのぼることができれば、その語にまつわる文化活動の過去を知ることができます。ことばには、人間の文化の営みが反映されているのです。

たとえば、ある国の西側では壺づくりがさかんで、東側では布をつくるのがさかんだったとしましょう。物々交換の結果、いずれの品も両地域にわたって広く使われるようになるかもしれません。けれども、壺の作り方の工程や材料などを表す語彙は西側で発達するはずです。そして壺とともに東に伝わるだろうと思われます。一方で、織り機の名称や織り方のパターンの名前などは、東で発達して西に伝わるだろうと思われます。工程や材料、道具の名称や製作品のパターンを示す語それぞれが、どの言語/地域で発達し、どの言語/地域に伝わったのかという歴史を紐解くことができれば、壺や布の動きや工芸誌(の一部)を知ることができるわけです。歴史言語学では、このような借用の過程を特定し、語の歴史、ひいては、文化接触の経緯に結び付けることができます。条件がそろえば、現在ではすでに見られなくなってしまったデザインや技術に関する情報を得ることができることもあります。言語の比較再建は、社会組織など、形で残らない過去を知るために有用な手段なのです。歴史言語学を専門にしていると、考古学だけではなく、民族誌や植物学の専門家から共同研究の依頼を受けます。言語を分析することで、各分野における分析だけではわからない情報を得ることができるからです。

ことばのさまざまな変化のしかた

ここでは西から東、東から西への単純な伝搬を例にとりましたが、人間の営みはもっと複雑です。たとえば布は、もともとは東西両地域で織られていたけれども、西では壺が特産品になるにつれて衰退していったのかもしれません。東の織物業はずっと継続して行われていたわけではなく、栄衰を繰り返していたのかもしれません。そのような複雑な状況を知るためには、借用関係だけではなく、その背景となる言語状況、すなわち、それぞれの言語がそもそもどのような起源をもち、どのように発達したのか、を知る必要があります。

人間の言語が単一起源なのか複数の起源をもつのか、そのあたりはまだよくわかっていません。けれども、現在世界で話されている言語が過去に話されていた言語から分岐を繰り返して発達したことは知られています。複数の言語に共有される変化により、どこで分岐が起こったのかを特定することができます。生物の系統をさかのぼるように、言語の場合にも、現在話されている言語を比較し、共有変化を手がかりに系統関係を特定してゆくのです。形態の類似性が必ずしも言語と言語の系統関係と連動していないことも、生物の系統関係と同じです。同じ共通祖先から発達した言語は「系統が同じ」であるといいますが、共通祖先にあたる言語のことは「祖語」と呼びます。祖語がどのような言語であったのかを知るためには、現在、話されている言語を比較し、その祖形(祖語における形態)を再建してゆきます。

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H. Schmidtの研究によると、オセアニア祖語から現在のロトゥーマ語に至るまでの間、13世紀から20世紀にわたってさまざまな言語からの借用が起こったことが、ロトゥーマ語の語彙の由来を調べることでわかります

あるモノを示す語が共通祖語のレベルまで再建できるということは、その祖語を話していた人々がすでにその物質の存在を知っており、それを使って生活していた、ということになります。すでにその物質を示す名前があったということだからです。その名前は、言語によっては祖語からずっと継承されてきて今日に至っているかもしれません。一方で、祖語まで再建できない場合には、祖語から言語が分岐してゆく過程のなかのある段階でそのことばができた、もしくは、文化接触によって借用されたということになります。借用は系統を同じくする言語どうしの間でも起こり、間接継承と呼ばれます。この場合には、もともと祖先から継承した共通の要素があるところで借用が起こりますので、直接継承による語彙との区別をするのが非常に難しくなります。それでも図1のロトゥーマ語のように、祖語から発達する過程でどのように近隣の言語から借用語が入ってきたのかを知ることができる場合もあります。

後編では、上のような考え方を使うことで、太平洋におけるタロイモの一種、ミズズイキ Cyrtoperma chamissonisの栽培化についてどんなことがわかるのか、具体的なデータをみながらお話してみようと思います。

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この記事を書いた人

菊澤律子
菊澤律子
言語の発達史だけでなく、人間の言語やことばにまつわる文化に幅広い興味を持つ。音声言語と手話言語における変遷過程の共通点と類似点を探ることから見えてくる、人間の認知と言語の関係にも関心を持っている。