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なぜミズズイキか?

太平洋の多くの地域では、日本のサトイモと同じ種に属するタロイモが主食となっています。サトイモと似ていますが、地下茎すなわち「イモ」は子供の頭ほどあります。このほかに、気候や地理的条件によって、同じサトイモ科で種が異なるクワズイモやアメリカサトイモなどが主食になっている地域もあります。ミズズイキもそのひとつで、ミクロネシアおよびポリネシアのサンゴ性の島で主要作物となっています。真水の確保が難しいサンゴ性の島では、地下に淡水レンズ層と呼ばれる真水の層ができるのですが、これを利用して栽培されます。イモは掘り起こさなければ何年もそのまま育ち続ける、貴重な存在です。独特の栽培方法があり、その様子はウィキペディアの写真などでも見ることができます。

諸言語の植物名称を集める作業は、言語学に限らず、古くから行われてきました。ミズズイキに関しても、たとえば、太平洋の植物研究者として20世紀半ばに活躍したバロー(J. F. Barrau)による図が残されています。

 

後編図1
ミズズイキを示す語の地理的分布(Barrau 1956から引用)

 

ただし、単語の分布をみるだけでは、それぞれの言語でみられる語が直接継承によるものなのか、間接継承なのか、あるいは借用なのかがわからないため、まず、ミズズイキを表す語が共通祖語に再建できるのかどうかを調べる必要があります。もし祖語に再建できれば、その時点ですでに何らかの形での有用植物であったことがわかります。一方、再建できないのであれば時代がくだってから栽培がはじまったということになります。

 

ミズズイキを表す語はオセアニア祖語には再建できない

サトイモ科の植物の名称の由来を順に調べていた私は、ある日、おかしなことに気がつきました。ミズズイキを示すことばはオセアニア祖語に再建されていましたが、分布が系統図の中で非常に偏っているのです(図2)。

 

後編図2
黄色の丸をつけたグループでミズズイキを示すpulaka/purakaのような語形がみられる。系統図の上では分布が非常に偏っている。

 

さらに、再建形も (1)~(3) のように研究者によって違うことがわかりました。

(1) *(m)pulaka (French-Wright 1983)
(2) *bulaka (Ross 1996)
(3) *buRaka (Geraghty 1990)
(記号「*」は、続く語形が再建されたものであることを示す。)

調べてみると、それぞれの研究者が参照した語彙の組み合わせが異なります。系統が同じ言語の間で借用が起こると、見た目はあたかも祖語から継承されたように見えることがあります。けれども直接継承の場合と異なり、語の一部で音の対応が合わないケースがでてきます。どうやらミズズイキを示す語もその一例のようでした。先に述べたように、ミズズイキには独特の栽培方法があります。オセアニア祖語が話されていたと考えられるパプアニューギニアの北部ですでに有用化されていたのか、真水が手に入らないミクロネシアの島で有用化されたのかによって、ヒトとこの植物との関係がずいぶん変わってくるように思われました。

音対応に基づいて割り出したミズズイキの栽培化に関する仮説と伝搬ルート

というわけで、ミズズイキを示す単語について、見直してみることにしました。まず、確実に再建できるのがどのレベルまでか、ということを調べます。このためには、すべての言語において語を構成する発音が「規則的な対応」になっているのはどのグループかを調べます。これは、言語間で単語を通じてみられる発音の決まった対応関係のことで、直接継承語の発音はこの対応に基づいた形になっています(音対応の具体例についてはhttp://togetter.com/li/907740?page=2参照)。

すると、ミズズイキを示す語で規則的な音対応がみられるのは、ミクロネシア諸語の下位グループであるチューク・ポンペイ祖語(P-TP、図2参照)から発達した言語のみ、地理的な分布でいうと、ミクロネシアのポンペイ州とそこから西で話される言語のみであることがわかりました。すなわち、P-TPが現在使われているミズズイキを示す語の語源を遡ることのできるもっともはやい段階で、再建形は*Pwulakaです。さらに、ポリネシア諸語やアドミラルティー諸語、メソ・メラネシア諸語の各グループでみられる形は、音対応に不規則な面がみられ、系統が同じ言語からの借用語であることがわかりました。たとえば、ポリネシア諸語では直接継承語であるならばlもしくはrであるはずのところがlもしくはrという発音になっていたりするのです。

実は、これらの言語は系統図の上では離れていますが、ミクロネシアと地理的につながっているか、歴史的に接触があったことがわかっています。つまり、pulakaのような語は、ミクロネシアに見られるもの以外は、垂直伝播ではなく、水平伝播の結果だということになります。ミズズイキを示す語はおそらく栽培法が確立すると同時にミクロネシアのポンペイ州もしくはチューク州ででき、他のサンゴ性の島にも植物と栽培法が名前とともに伝わったのでしょう。いやむしろ、ミズズイキの栽培方法が確立したことによって、環境の厳しいサンゴ性の地域への移住が可能になったのかもしれません。

 

最後に:コトバと植物のいろいろな関係

最後に、私がタロイモの名称について調べ始めたきっかけをお話ししましょう。

フィジーにはいろいろな方言がありますが、フィジー語でのタロイモを表す名称は、方言によって実はいろいろです。標準語では dalo、西部方言では doxo、私が主に調査をしたカンダヴ島では、suli と言います。このうち、dalo は太平洋の広い地域で同系語(共通祖語から直接継承された語)がみられ、共通祖語から継承された語であることがわかります。suli というのは、実は、「子孫」を表す語でもあります。タロイモはわき芽がどんどん育って新しい株が増えますが、そのわき芽のことは他の言語でもひろく suli, sulina と呼ばれます。カンダヴでは、このわき芽を指す言葉がいつのまにか、タロイモそのものを示す語に入れ替わったようです。

この説を支持する証拠がバナナの名前なのです。実はバナナも同様にわき芽から新しい株が育つのですが、suli という語がバナナを指す言語もあるのです。このことからも、「わき芽」を指す語がタロイモを示すsuliの由来であることが裏付けられますし、ふたつの言語でみられるタロイモを示すsuliとバナナを示すsuliが実は語源が同じだということもわかります。

このように、言語はどんどん変化を続け、発音が少しずつ変わり、新しい単語ができてゆきます。新しい言語が増えてゆくと不便になるかもしれませんが、それは人間の歴史が記録されてゆくひとつの過程でもあります。そしてこの記録を紐解くことで、今はまだ知られていない人間のさまざまな歴史をまだまだたくさん知ることができるかもしれないのです。

(参考文献)

  1. Kikusawa, R. 2000. Where Did Suli Come from? A Study of the Words Connected to Taro Plants in Oceanic Languages? In B. Palmer and P. Geraghty (eds.), SICOL Proceedings of the Second International Conference on Oceanic Linguistics vol. 2, Historical and Descriptive Studies, 37-47.
  2. Kikusawa, R. 2003 Did Proto-Oceanians cultivate Cyrtosperma taro? People and Culture in Oceania 19: 29-54.
  3. 菊澤律子. 2003. 「オセアニアのタロ―名称に基づく系譜の特定」. 吉田集而・堀田満・印東道子(編)『イモとヒト:人類の生存を支えた根栽農耕—その起源と展開』 平凡社, pp. 53-76.

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この記事を書いた人

菊澤律子
菊澤律子
言語の発達史だけでなく、人間の言語やことばにまつわる文化に幅広い興味を持つ。音声言語と手話言語における変遷過程の共通点と類似点を探ることから見えてくる、人間の認知と言語の関係にも関心を持っている。