生命の設計図と言われている遺伝子を人為的に操作できる「ゲノム編集技術」が注目を浴びている。この技術をうまく活用できれば、食料やエネルギー、医療分野などにおける問題を一気に解決できるかもしれない。その一方で、ヒトの受精卵の改編の是非をめぐる倫理的・法的問題や、ゲノム編集された食品の安全性の問題のように、慎重に考えていかなくてはならないことも多い。

本特集ではゲノム編集技術の概要や、さまざまな生物における最新の研究成果、今後の課題・展望などを第一線でご活躍されている研究者にうかがうことで、ゲノム編集の現状に迫る。(ページ作成:2017年3月)

ゲノム編集コンソーシアム代表 山本卓教授インタビュー

ゲノム編集を取り巻く現状を俯瞰的に捉えるため、国内のゲノム編集コンソーシアムの代表や日本ゲノム編集学会の会長を務めている広島大学・山本卓教授にインタビューを行った。国際的な研究競争が加速するなか、日本のゲノム編集技術は、世界的に見てどのような位置にいるのだろう。
 

シロイヌナズナで高効率のゲノム編集を実現!

「植物で高い効率でゲノム編集を行うことに成功した」というと、「これまで植物ではゲノム編集を効率よくできなかったのか」という疑問を持つ方々もいるのではないだろうか。イネのように、十分な効率でゲノム編集を行うことができる植物はあるが、意外なことに、最も多くの研究者が使い、最も研究の進んでいるシロイヌナズナにおいては、遺伝子導入法がユニークであるため、ゲノム編集には苦戦していた。

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所副拠点長・東山哲也教授らのグループは、シロイヌナズナで、非常に高い効率でゲノム編集を行うことができる分子ツールを開発した。この開発が、次世代の植物ゲノム編集の鍵となるかもしれない。

オスだけが持つY染色体の遺伝子の役割

Y染色体はオスにしか存在しない。つまりY染色体は、体の大きさや生殖機能など、オスのあらゆる特徴に関与していると考えることができる。しかし、Y染色体遺伝子をノックアウトしたマウスを作ることが困難であることから、個々の遺伝子の機能はあまり理解されていないのが現状だ。東京医科歯科大学で研究を進める中筋貴史氏と淺原弘嗣教授は、ゲノム編集技術をいち早く取り入れ、Y染色体上の遺伝子の機能解析を進めている。

遺伝子改変ブタの作成に成功!

ブタと聞くと家畜のイメージが先行してしまうかもしれないが、実は医療分野においても注目を集めている。ブタは生理学的・解剖学的にヒトに近いとされており、臓器の大きさがヒトに近いことから、医師の手術手技トレーニングのためにも活用されている。徳島大学先端酵素学研究所の竹本助教に、「受精卵エレクトロポレーション法」を用いて遺伝子改変ブタが作成できた研究成果についてご紹介いただく。

生きたままの植物のクロマチンを見る

真核細胞では、遺伝情報を持つDNAがヒストン八量体に巻きつき、ヌクレオソーム構造を取っている。さらにヌクレオソームは凝縮し、クロマチンと呼ばれる高次構造を形成し、核内に折りたたまっている。クロマチンは、核内で特定の配置を取っているが、細胞分裂時の凝縮や娘染色体分離などを起こす際に大きな変化を起こすため、その配置を解析することは重要だ。ゲノム編集技術で生きたままの植物のクロマチンを見る取り組みを行う、東京理科大学理工学部応用生物科学科の藤本聡研究員にご寄稿いただいた。

サカナのヒレが人間の指に進化した?

化石から得られる形の情報・ DNA操作技術・CTスキャン等を使って、絶滅した魚の進化のメカニズムの解明に挑戦しているのは、アメリカ・シカゴ大学の中村哲也研究員だ。遠く離れた私たちの祖先である魚のヒレからどうやって指ができてきたのか、最新の技術で明らかになってきたことをご紹介いただく。