細胞核内のクロマチン配置

真核細胞では、遺伝情報を持つDNAが塩基性タンパク質であるヒストン八量体に巻き付き、ヌクレオソーム構造を取っています。さらにヌクレオソームは凝縮し、クロマチンと呼ばれる高次構造を形成して、核内にコンパクトに折りたたまっています。核内でクロマチンは、ただランダムに収納されているわけではなく、特定の配置を取ることがわかっています。クロマチンの配置の変化としては、細胞分裂時における凝縮、娘染色体分離、脱凝縮に伴う大きな動きがありますが、さらに最近では、環境ストレスによる遺伝子の発現制御とクロマチン配置変化も関連しているらしい、といったことが明らかになりつつあります。植物においても遺伝子発現量やDNA損傷ストレスとクロマチンの配置の関係や、低温や光に応答したそれぞれ関連する遺伝子領域の核内の配置の変化が明らかにされてきました。

このような核内のクロマチン配置を解析するために、これまで主に蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)法が使われてきました。FISH法は、ラベルした核酸プローブを用い、ターゲットDNAを相補的な配列と接合させること(ハイブリダイゼーション)でゲノム中の任意の配列を可視化することができる強力な方法です。しかしながら、細胞の固定、プローブとのハイブリダイゼーションのための高温による変性等の処理が必要なため、生細胞での観察に向いておらず、経時的な解析が難しいなどの問題がありました。さらに植物では、固い細胞壁の存在のために酵素処理により細胞をバラバラにする、あるいは核を単離するなど強力な処理が必要で、組織の構造を保ったままでの解析が困難でした。

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FISH法による核内クロマチン配置の解析。(左)FISH法の原理。(右)シロイヌナズナのクロマチン配置。緑色はセントロメア、赤色はテロメア、青色は核を示す

植物のクロマチンの動きを見てみたい

私たちは、ゲノム編集技術を利用した方法で、モデル植物であるシロイヌナズナのクロマチンの生細胞可視化を試みました。ゲノム編集とは、任意の標的DNA配列を編集する技術で、DNA二重鎖を核酸分解酵素というハサミで切ってやり、細胞内のDNA修復能を利用して、その部分に変異を入れたり、あるいは他の遺伝子を導入したりする技術です。

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TALE-FPによるクロマチン可視化の原理(上)TALENとTALE-FPの原理

ハサミを蛍光タンパク質というランプに変えて植物中で発現させてやれば、任意の標的DNAの場所を知ることができるだろうと私たちは考えました。動物培養細胞ではこのような技術を用いて、既にクロマチンの可視化が可能となってきました。今回私たちが利用した方法は、TALENというシステムです。

TALENとは、人工DNA結合タンパク質であるTALエフェクターと核酸分解酵素を融合して作られた人工核酸分解酵素です。TALエフェクターとは、植物病原細菌キサントモナス属が有するタンパク質で、宿主の植物細胞内に輸送され宿主植物ゲノム上の特定のDNA配列に結合し、感染した植物の遺伝子発現方法を変えて植物病原細菌自らの感染に有利な環境を作り出します。TALエフェクターのDNA結合部位は、約34アミノ酸からなる繰り返し配列がタンデムに並んだドメインからなっており、ひとつの繰り返し配列でひとつの塩基対を認識することができます。この繰り返し配列を組み合わせることで、任意のDNA配列に結合するタンパク質を作り出すことができます。

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TALE-FPによる可視化。(上)根細胞におけるTALE-FPによるセントロメア、テロメア、18S rDNA配列の可視化。黄色は細胞核を示す。(中)葉肉細胞におけるTALE-FPによるセントロメアの可視化。黄色は細胞核を示す。(下)根毛細胞におけるTALE-FPによるテロメアシグナルの追跡。白色は細胞核を示す(参考文献より改変)

ただ、ゲノム編集を行う場合、TALENタンパク質が標的部位に一対あればDNA二重鎖を切断することができますが、蛍光タンパク質をつなげたTALエフェクター(TALE-FP)で可視化する場合、同じ位置に複数のランプがないと、結合していないTALE-FPあるいは植物由来の自家蛍光のノイズに埋もれてしまい、シグナルの検出が困難です。そこでシロイヌナズナに含まれるいくつかの高度な反復配列をターゲットに用いました。

そうしますと、シロイヌナズナの細胞核内において蛍光顕微鏡下で蛍光シグナルが観察されました。染色体のほぼ中心に位置し、長腕と短腕が交差する部分であるセントロメアの蛍光シグナルは核の周辺部、核膜付近に、染色体の末端部分に位置するテロメアは核の中心部にある核小体の周りへの局在が観察され、それはFISHによる局在パターンとよく一致しました。

私たちの方法では、TALE-FPは植物体の至る組織で発現しています。ひとことで細胞核といっても、組織、細胞毎にその姿形が異なります。顕微鏡下で経時観察をするとラベルされた領域は核内の特定の位置で留まっているのではなく、細かく動き回っている、さらに細胞ごとにその動きにどうやら差異があることがわかってきました。現在のところ、クロマチンの動きの違いがどのような細胞生理と関係があるのかまだわかっていません。

今後の展望

まだ高度な反復配列に対してしか可視化に成功していませんが、今後はもう少し短い領域をラベルする工夫を加えて、最終的に任意の一遺伝子領域での可視化することで、さらにクロマチン配置及び動きと、細胞機能との関連を見出していけたら、と考えています。

参考文献

Fujimoto, S., Sugano, S. S., Kuwata, K., Osakabe, K. and Matsunaga, S. (2016) Visualization of specific repetitive genomic sequences with fluorescent TALEs in Arabidopsis thaliana. Journal of Experimental Botany 67, 6101-6110.

この記事を書いた人

藤本聡
藤本聡
東京理科大学理工学部応用生物科学科博士研究員。大阪大学大学院工学研究科にて博士(工学)を取得後、米国ワイオミング大学分子生物学部、岡山大学資源植物科学研究所を経て2014年から現職。植物核内クロマチンの可視化をメインにその構造の生物的な意味に迫っていきたいと考えています。