安価で豊富なケイ素を使いこなしたい! – 砂や灰から直接化学原料を作る新たな可能性
さまざまな分野で活躍するケイ素を含む材料
ケイ素(Si)は、地球の表層を構成する成分のうち、酸素に次いで豊富に存在する元素です。自然界では、岩石や砂の中に酸素と結合したシリカ(SiO2)の状態として存在します。ケイ素を含む材料は、私たちの身の回りで非常に多く利用されています。シリコーンと呼ばれる有機ケイ素材料は、耐熱性、絶縁性、撥水性などの観点で優れた性質を持っていて、オイルやゴムなどの形で、日用品から自動車などの移動体、航空・宇宙分野、化粧品、医療までさまざまな産業分野で活用されています。また、テトラアルコキシシランと呼ばれる化合物は、主に無機ケイ素材料の原料として幅広く利用されていて、機能性セラミックス、ガラス、合成石英などの光学材料、電子デバイス用の保護膜などを作る際に欠かせない物質となっています。
ケイ素化学品の現行製造プロセスと課題
では、これらシリコーンやテトラアルコキシシランは、工業的にどのように製造されているのでしょうか? 実は、ケイ素を含む化学材料の製造はすべて、その第一段階でシリカ(SiO2)を主成分とした鉱物であるケイ石を大量の電気エネルギーによって高温で炭素と反応させ、金属ケイ素を作る工程を通る必要があるのです。
これは多くのエネルギーを消費し、同時に二酸化炭素(CO2)も大量に排出されます。このことが、ケイ素自体は豊富に存在する資源であるにもかかわらず、ケイ素を含む化学材料が比較的高価格な製品となっていることの主要因です。また、電気エネルギーコストの高い日本で金属ケイ素を生産することは、経済合理性の観点から難しく、我が国のケイ素化学産業は、出発原料である金属ケイ素のほぼ全量を外国からの輸入に依存しています。したがって、金属ケイ素を経由せずシリカから直接合成できる技術の開発が望まれていますが、技術的な難易度が高く、半世紀以上にわたって金属ケイ素経由の工業的な生産が行われているのが現状です。
砂や灰から直接化学原料を―新たな可能性
私は、金属ケイ素を経由しない新たな有機ケイ素化学品製造方法の開発を目指して、シリカ(SiO2)から直接テトラアルコキシシランを合成する技術の研究を行っています。
シリカとアルコールを原料として、テトラアルコキシシランを合成する理想的な化学反応式は、以下の式のように表す事ができます。
しかし実際には、シリカは非常に安定な酸化物であるため、生成したテトラアルコキシシランは副生する水と速やかに反応して、シリカとアルコールに戻る逆方向の反応が進行しやすいのです。そこで私たちは、反応システムの中に水を除去できるユニットを組み込み、反応中に継続的に水を除去してやることによって逆反応を防止し、収率良く目的物であるテトラアルコキシシランを合成できる反応システムの開発を試みました。具体的には、モレキュラーシーブと呼ばれる規則正しい大きさの細孔を持つ固体状の無機脱水剤を、反応容器に組み込んで、反応で副生する水を除去することを検討しました。モレキュラーシーブは、細孔の内に水分子を吸着することができるため、有機溶剤やガスなどの乾燥に汎用されている材料です。
シリカ(SiO2)を含有する出発原料に、エタノール、触媒として水酸化カリウムを加え、モレキュラーシーブの存在下で加熱して、3時間反応させました。出発原料として、砂(珪質頁岩を粉砕して得られたもの)、灰(農業副産物であるもみ殻や稲わらを燃焼させた後に残ったもの)、産業副産物(合成石英を製造した際にでる副生シリカ)などを原料として利用した反応結果を、以下に示します。
砂からは、含有するシリカ基準で51%の収率でテトラエトキシシランが生成しました。また、農業副産物として未活用の資源とも言えるもみ殻や稲わらを燃焼させた後に残った灰は、比較的高いシリカ純度を有しており、これらを原料として反応を行うと、72~78%の高い収率でテトラアルコキシシランを得ることができました。合成石英を製造する際に出来る産業副生成物を回収して原料として利用すると、72%の収率でテトラエトキシシランが得られました。
この反応の中で、触媒として加えた水酸化カリウムは、シリカ(SiO2)の分解すなわちケイ素-酸素結合のネットワークの切断を促進する役割を担っています。また、無機脱水剤であるモレキュラーシーブは、すでに述べたように、反応によって生成した水を吸着して反応系から取り除いて、反応が逆方向に戻ってしまうことを防いでいます。シリカ原料に含まれる不純物の影響も受けにくいため、砂や灰などの反応性が低く、シリカ純度の高くない天然原料を用いても高収率にテトラアルコキシシランを合成することが可能となりました。さらに、モレキュラーシーブは固体状であるため、反応後には容易に回収して、加熱や減圧で再生して繰り返し使用できるため、製造コスト低減にもメリットがあります。
今後の展望
今回の技術により金属ケイ素を経由せず、日本国内にも安価で豊富に存在するシリカをケイ素化学品の原料として直接利用できる新たな道を拓く事ができたと考えています。今後は、反応条件や触媒の改良とともに、より低コストな製造方法を目指して、化学工学的な視点から反応プロセスを最適化して、開発技術の実用化につなげたいと考えています。
この記事を書いた人
- (国研)産業技術総合研究所 触媒化学融合研究センター 主任研究員。1997年 筑波大学第一学群自然学類卒業、2002年 筑波大学大学院博士課程化学研究科修了、博士(理学)。2002年~2007年 キヤノン株式会社。2007年から産業技術総合研究所にて有機金属化学、触媒化学の研究に従事しています。学術レベルの研究を社会実装・産業化にむすび付けることが目標です。