生物におけるタンパク質合成

どの生物も、非常に多くの種類のタンパク質の遺伝子をもっています。たとえばヒトには、2万種類以上のタンパク質の遺伝子がありますが、全ての細胞内で、全てのタンパク質が常に合成されているわけではありません。もし全て合成されたら、細胞は不要なタンパク質で一杯になってしまい、生きていけないだろうと思います。多細胞生物のなかで、個々の細胞がそれぞれの役割も果たすためには、それぞれのタンパク質が適切なタイミングで適切な場所において合成されることが必要です。

特定のタンパク質が特定の時と場所に現れる例は、受精卵から成体に至るまでの動物の発生過程において、多数知られています。また、局所的なタンパク質合成が神経細胞の機能に関係していることなども注目されています。このような特定の時期に局所的に現れるタンパク質と、生体内のイベントとの関係を知ろうとするのであれば、たとえば生体内のタンパク質の時空間的な分布を調べたら分かると思います。タンパク質の時空間分布が分かったとすると、次の疑問が生まれます。そのタンパク質を天然とは違うタイミングや違う位置に分布をさせたら、どうなるのでしょう?

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動物の胚(受精後まもない状態)における時空間特異的なタンパク質合成

タンパク質の合成を時空間的に制御する

この疑問に答えるためには、「標的タンパク質の合成を生体内の特定の時と場所で起こす方法」または「標的タンパク質の合成を特定の時と場所で抑制する方法」を開発することが必要です。たとえば、光、超音波、熱、放射線などの外部刺激に応じてタンパク質合成を誘導または抑制する方法があれば,外部刺激により時と場所を指定できます。私たちは、そのような方法を作ってきましたので、ここで紹介します。

光でタンパク質合成を抑制する

標的タンパク質の合成の抑制(=標的遺伝子の発現抑制)を行う手法として、RNAi (RNA interference) は、近年、生命科学研究者の間で広く普及しています。RNAi技術は、標的遺伝子の配列が分かれば容易に適用可能で、狙ったタンパク質の合成を抑制することができます。RNAi技術の疾患治療への応用に関する研究も盛んに行われています。このようなRNAiを、時空間特異的に起こす方法(CLIP-RNAi法)を、私たちは開発しました。

この方法では、狙った時期および狙った位置に光を当ててタンパク質合成を抑制することができます。これはRNAiを引き起こすRNA(shRNA)の細胞質内導入を光により制御する手法で、光増感剤という化合物の光応答性を利用した方法です。この方法では、可視光または近赤外光を使うことができます。開発当初は緑色、赤色などの可視光の利用が中心でしたが、最近、波長750 nm程度の近赤外光も使えるようになりました。この付近の波長域の近赤外光は、生体組織透過性が良いため、生体深部に適用するうえでは可視光より優れています。

光でタンパク質合成を誘導する

上で紹介したのは、特定のタンパク質に狙いをつけてその合成を抑制する方法ですが、自在にタンパク質の出現時期と場所を制御するためには、逆の方法(合成を誘導する方法)も必要です。最近私たちは、光を当てると活性化する物質「ケージドアミノアシルtRNA」を用いて、タンパク質合成を光で誘導する新技術を開発しました。今回作ったケージドアミノアシルtRNAは、青色の光を当てると分解して「アミノアシルtRNA」という物質を生じます。特定のタンパク質の合成のうえで、このアミノアシルtRNAが必要になるように仕組んでおけば、ケージドアミノアシルtRNAを用いて光に依存的にタンパク質合成を進めることが可能です。今回、リポソーム内、ゲル内、生細胞内などにおいて、光依存的なタンパク質合成を行うことに成功しました。このことは、狙ったタイミングで、狙った位置において、特定のタンパク質の合成を制御可能ということを示しています。

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ゲル内、リポソーム内、細胞内におけるタンパク質合成の光誘導の例。光を照射した領域(リポソーム内やゲルのマスクされていない部分)のみで、緑色蛍光タンパク質(GFP)の合成を誘導することができました。リポソーム膜は赤い蛍光色素で可視化されています。細胞内においては、赤色蛍光タンパク質(DsRed)の合成を誘導できました

さいごに

以上のような技術により、光による「時空間的なタンパク質合成の制御」が可能になりました。本稿では、あまり説明が複雑にならないよう技術の原理や詳細は省きましたが、その点は以下の文献を参照していただければと思います。

生物において、時空間的なタンパク質合成の制御は絶えず起こっており、重要な役割をしています。たとえば動物が生まれてから体が形成される発生過程には、必要なタイミングで局所的に合成されるタンパク質が多数関わっています。本稿で紹介したタンパク質合成を光で制御する技術は、発生過程や神経伝達など「タンパク質合成の時空間的制御」に関連する生命現象の解明につながることが期待されます。

参考文献

  1. Endoh, T., Sisido M. and Ohtsuki, T., Spatial regulation of specific gene expression through photoactivation of RNAi. J. Control. Release, 137, 241–245 (2009)
  2. Matsushita-Ishiodori, Y., Morinaga, M., Watanabe, K., Ohtsuki, T., Near-infrared light-directed RNAi using a photosensitive carrier molecule. Bioconjug. Chem. 24, 1669–1673 (2013)
  3. Ohtsuki, T., Miki, S., Kobayashi, S., Haraguchi, T., Nakata, E., Hirakawa, K., Sumita, K., Watanabe, K., Okazaki, S. The molecular mechanism of photochemical internalization of cell penetrating peptide-cargo-photosensitizer conjugates. Scientific Reports, 5, 18577 (2015)
  4. Akahoshi, A., Doi, Y., Sisido, M., Watanabe, K., Ohtsuki, T., Photo-dependent protein biosynthesis using a caged aminoacyl-tRNA. Bioorg. Med. Chem. Lett., 24, 5369–5372 (2014)
  5. Ohtsuki, T., Kanzaki, S., Nishimura, S., Kunihiro, Y., Sisido, M., Watanabe, K., Phototriggered protein syntheses by using (7-diethylaminocoumarin-4-yl)methoxycarbonyl-caged aminoacyl tRNAs. Nature Communications, 7, 12501 (2016)

この記事を書いた人

大槻高史
大槻高史
岡山大学大学院自然科学研究科教授。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、理化学研究所リサーチアソシエイト、東京大学助手、岡山大学講師、准教授などを経て、2010年より現職。光で細胞内の機能を操る方法やタンパク質合成系の研究などを進めています。