私たちの研究室では、植物研究に最もよく使われるシロイヌナズナというモデル植物で、非常に高い効率でゲノム編集を行う分子ツールを開発しました。その名もカマイタチ・ベクター。ベクターとは小さいDNA断片で、いろいろな工夫を施してある「遺伝子の運び屋」です。この開発が、次世代の植物ゲノム編集の鍵となるかも知れません。

これまで植物ではゲノム編集を効率よくできなかったの?

「植物で高い効率でゲノム編集を行うことに成功しました」というと、このような疑問を持つ方々もいるのではないかと思います。いいえ、決してそのようなことはありません。イネのように、十分な効率でゲノム編集を行うことができる植物はあります。意外なことに、最も多くの研究者が使い、最も研究の進んでいるシロイヌナズナにおいて、ゲノム編集には苦戦していたのです。それはなぜでしょうか? 実はシロイヌナズナの遺伝子導入法が、とてもユニークだからです。

モデル植物のシロイヌナズナ。提供:金岡雅浩博士(名古屋大学)

植物細胞への遺伝子導入には、多くの場合「アグロバクテリア」という細菌を使います。この細菌は、植物細胞に細いくだを突き刺してDNA断片を注入します。注入されたDNA断片は核ゲノムに挿入され、娘細胞にも伝わることになります。しかし、このような現象が起こる頻度は決して高くはありません。そのため、遺伝子が導入された数少ない細胞から、いかに植物体を作るかが問題となります。植物では多くの場合、無秩序に増殖するがん細胞のような細胞「カルス」に対して遺伝子を導入し、まず薬剤耐性を目印にして、その細胞だけを選抜します。そして植物の高い個体再生能力により組換え植物を得ます。この方法は効率は良いのですが、時間や手間がかかるデメリットも抱えています。

一方シロイヌナズナでは、つぼみを多数つけた茎を、アグロバクテリアの懸濁液に浸します。すると、アグロバクテリアが発生途中の雌しべに入り込み、中で増殖しながら雌しべの細胞に遺伝子を導入します。そして外来のDNAを持った卵細胞が受精することで、遺伝子導入された種子を簡便かつ短期間に得ることができます。これは、カルスを用いずに個体発生を担う生殖細胞に直接的に遺伝子を導入することができる画期的な方法と言えます。しかしこの方法が、カルスで効率よくゲノム編集を行える他の植物とは異なり、ゲノム編集の際には大きな問題となっていたのです。

カマイタチ・ベクターの誕生

私たちは、卵細胞に組み込まれたゲノム編集用の遺伝子を、受精卵やその発生過程で効率的に働かせるためのDNA配列(遺伝子プロモーター)を探索しました。具体的には、DNAを切断するためのCas9という酵素の遺伝子発現をオンにするプロモーターを探し、RPS5Aというプロモーター(リボソームタンパク質をコードする遺伝子のプロモーター)を見出しました。これにより、受精卵やその直後と考えられる発生初期に、父母由来の対立遺伝子の両方がともにゲノム編集される例が見られました。また、受精卵の時期を逃した場合も、その後の発生過程でも効率よくゲノム編集が行われました。ゲノム編集用の遺伝子が導入された当代の植物ほぼすべてで、そのすべての花を八重咲にすることもできました。

すべての花が八重咲に変化し(A)、花から花が現れるシロイヌナズナ(B)。スケールは5 cm(A)と1 mm(B)。参考文献より転載

葉緑素をつくるための遺伝子を標的にした場合、これまで一般的に用いられてきた35Sプロモーターを用いた場合よりも、葉緑素は100分の1にまで減少しました。

全身がアルビノに変化したシロイヌナズナ。提供:筒井大貴博士(名古屋大学)

さらに、肝心の次世代がどのくらいノックアウト個体になるかを調べたところ、調べた24株のうち5株の次世代(自家受粉により得られた種子)において、ノックアウト種子の割合が100%(平均71%)に達しました。過去の報告例では高々平均15%程度だったことを考えますと、大幅な効率の上昇です。その他、さまざまな工夫を施すことで、簡便かつ高効率にシロイヌナズナでゲノム編集を行うベクター、カマイタチ(pKAMA-ITACHI)が誕生しました。カマイタチ・ベクターを用いると、標的配列の選定から一度もPCRを用いることなく、ノックアウト種子を取得できます。しかもゲノム編集用の遺伝子が、分離により除かれた種子だけを回収できます。

pKAMA-ITACHI (pKIR)ベクターを用いたゲノム編集の流れ

カマイタチは、爪が鎌になっている、イタチのような日本の妖怪です。中部地方に伝わるカマイタチは、三匹が一緒に働きます。人を転ばせ(一匹目)、切りつけ(二匹目)、薬をつけて治す(三匹目)という一連の流れが、CRISPR/Cas9を連想させるため、カマイタチ・ベクターと名付けました。

カマイタチ・ベクターで何ができるの?

モデル植物シロイヌナズナで高効率な方法が開発されたため、まず植物科学が大きく進展すると期待されます。たとえば、植物で細胞間のシグナル伝達に重要な働きをすることが次々に明らかになっている小さなタンパク質(ペプチド)をコードする遺伝子の機能解析が進みます。遺伝子としても小さく、多重遺伝子で、ゲノム上の近い位置に似た遺伝子が並んでいる例も多く、シロイヌナズナにおいて効率のよいゲノム編集技術がなければ進展しない分野のひとつです。

そして、カマイタチ・ベクターの開発は、生殖細胞への遺伝子導入による高効率なゲノム編集を可能にします。RPS5Aプロモーターは他植物の生殖細胞でも働きます。まだ生殖細胞へ安定して外来遺伝子を導入できるのはシロイヌナズナや、近縁の西洋アブラナという作物だけですが、生殖細胞への遺伝子導入法の開発に至れば、他の植物でもカマイタチ・ベクターは大きな威力を発揮するものと期待します。動物と違って、植物ではまだ一般に生殖細胞の自在な操作はできません。植物における生殖科学のさらなる発展を、カマイタチは虎視眈々と待ちわびています。

本研究は当研究室の筒井大貴氏を中心に進められました。

参考文献

Tsutsui H, Higashiyama T. pKAMA-ITACHI Vectors for Highly Efficient CRISPR/Cas9-Mediated Gene Knockout inArabidopsis thaliana. Plant Cell Physiol (2017) 58: 46–56.

この記事を書いた人

東山哲也
東山哲也
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 副拠点長/教授。1999年、東京大学大学院理学系研究科修了、博士(理学)取得。同年より、同研究科助手。2007年より名古屋大学理学研究科教授。2013年より現職(理学研究科を兼務)。国際植物生殖研究連盟IASPRR会長。植物の生殖を中心に、「顕微鏡下で自由自在に」をモットーに、ライブセル生物学を展開する。植物の受精を映像として捉え、花粉管誘引物質とその受容体の同定などを達成。最近は、工学や化学との異分野融合研究により、新たな研究の展開を目指す。