約4億年前のデボン紀 – 魚はその姿を徐々に変え、上陸に成功します。頭蓋骨の形はすっかり変わり、エラ呼吸をやめ、ヒレで泳ぐかわりに陸を歩く。テレビで見たり、本を読んで御存知の人も多いでしょう。でも、これらは全て化石の形を見比べてわかってきたことで、時々発見される魚の化石の骨の形を観察して、進化の過程を推測してきたのです。しかし現在の技術はすごいスピードで発展しており、化石でしか見つからない生き物の進化を、遺伝子レベルで理解できる時代になりつつあります。今回は、遠く離れた私たちの祖先である魚のヒレからどうやって指ができてきたのか、最新の技術で明らかになってきた事をご紹介したいと思います。

魚のヒレが手になった

日本人の大好物である魚、みなさん毎日のように食卓で目にするでしょう。でも、その身を食べることばかりに気をとられていませんか? エラの後ろについている小さなヒレの形や構造をじっくり観察したことのある人はどのくらいいるでしょう。実は、みなさんが全く気にも留めないこのぴらぴらしたヒレこそが、進化学の研究者の間で長い間大論争が続いている一大テーマであり、一生をこのヒレに捧げる人たちがたくさんいるのです(!)。

ゼブラフィッシュ;エラの後方についているヒレが胸ビレ — 私達の手に相当する
ゼブラフィッシュ;エラの後方についているヒレが胸ビレ — 私達の手に相当する

魚の胸ビレと腹ビレ(上図)は、だんだん進化し、やがて陸上生活をする動物の手と足になります。現在も生きているシーラカンスや肺魚、また化石でしか見つからないティクターリクなどは、魚のヒレが徐々に手足に変わる過程を反映していると考えられています。以下のイラストを見ると、魚のヒレが手になったことは間違いなさそうです。うん、確かに段々手に変わってきたように見えます。

魚の胸ビレからヒトの手への進化 (Schneider and Shubin, 2013)
魚の胸ビレからヒトの手への進化 (Schneider and Shubin, 2013)

では、もうすこし詳しく見てみる事にしましょう。人の手の青色で塗られた部分、つまり指と手首の部分をだんだん魚へと遡って見ていくと、ティクターリクやエウステノプテロンでは、まだなんとなくどこを青色に塗ればいいのかわかります。指に似た形を見つけることができますよね。でも、もっと遡るとだんだん怪しくなり、ゼブラフィッシュなどの硬骨魚(私たちが普段目にする魚はほとんどがこのグループです)では、骨の形が随分違うために、どこが青色の部分なのかわかりません。

硬骨魚のヒレの構造は、私たちの手とは大きく違います。私たちの手足の骨は、軟骨内性骨といって、まず軟骨が作られた後に硬い骨に置き換わります。魚のヒレも、私たちと同じ軟骨内性骨をヒレの根元に持っているのですが、図の黒色部分が示すようにすごく小さく、ヒレの大部分(図の灰色部分)は構造の違う鰭条(きじょう)という柔らかい骨でできています。進化の過程を順番に見てみると、だんだん鰭条がなくなり、根元にあった軟骨内性骨の部分が伸びてきたように見えます。では、軟骨内性骨がぐんぐん伸びて、指になる部分が新たに獲得されたのでしょうか。指はいったい、魚のヒレのどこから生まれたのでしょうか?

魚の“指”はどこにある?

さあ、では魚のヒレの中で指に相当する部分を見つける方法を考えましょう。マウスを使った実験では、指を作るのに重要な遺伝子が多数同定されています。私たちは、その中でもHoxという遺伝子群 (ホメオボックス遺伝子群)に着目しました。Hox遺伝子群はHox1からHox13までの遺伝子がDNA上にタンデムに並んでいるのですが、それぞれのHox遺伝子が体の発生においてとても重要な働きをしています。特にHox13は指を作るのに重要な遺伝子であることが知られています。マウスでは、Hox13遺伝子を発現した細胞を蛍光でマークすると、指と手首になることが知られていました。そこで、私たちは魚でHox13をコントロールするDNA領域を見つけ、蛍光蛋白質をコントロールするように遺伝子を組換えたゼブラフィッシュを作ってみました。すると予想外のことに、鰭条がピカピカ光りました、、、、、うん? もしかして、この鰭条と指が同じ細胞群で作られるのか?? 骨の種類が違うのに、、、、??

マウスの手でHoxA13が発現した細胞(上:緑色)と魚の胸ビレでHox発現を制御する領域でラベルした細胞(下:緑色)
マウスの手でHoxA13が発現した細胞(上:緑色)と魚の胸ビレでHox発現を制御する領域でラベルした細胞(下:緑色)

本当に鰭条が私たちの指の起源なのでしょうか? この仮説を検証するために、次はマウスで指をつくるために重要なHox13遺伝子を魚で壊してみました。今回は、魚でHox13の機能を壊すために、比較的新しい技術であるCrispr/Cas9というものを使用しました。Crispr/Cas9とは、細菌が外から入ってきたDNAを分解するために使うシステムを改変した事で、動物の卵や細胞に注入し、DNAの狙った配列を削ったり書き換えたりできる技術です。Hox13という遺伝子は、機能がよく似た遺伝子がゼブラフィッシュの中には3つあるのですが、これらを同時に壊すとなんと、鰭条がほとんどなくなりました(下図右)。マウスでは、Hox13を壊すと指と手首がなくなります(下図左)。つまり、鰭条も指も同じ遺伝子を使って作られていることがわかったわけです。

マウスとゼブラフィッシュそれぞれでHox13を壊した結果 (マウスの結果は、Fromental-Ramain et al.1999 より改変)
マウスとゼブラフィッシュそれぞれでHox13を壊した結果 (マウスの結果は、Fromental-Ramain et al.1999 より改変)

指の進化はまだわからないことがたくさんある

今回の研究では、魚のヒレの鰭条と私たちの指の骨が、種類が違うにも関わらず同じような細胞群から発生し、また同じ遺伝子を使って作られていることがわかりました。鰭条がどうやってだんだんその構造を変えて指に進化してきたのか、そのメカニズムを解明することが次のチャレンジになります。魚のDNAを操作し、形を作り変え、化石にしか残されていない魚の進化を明らかにしていく研究は始まったばかりです。

参考文献

Digits and fin rays share common developmental histories.
Nakamura T, Gehrke AR, Lemberg J, Szymaszek J, Shubin NH.
Nature. 2016 Aug 17. doi: 10.1038/nature19322.

この記事を書いた人

中村哲也
中村哲也
アメリカ・シカゴ大学の研究員。魚の発生と進化の研究を行っています。約4億年前の進化の過程で、魚類は体の構造を大きく変えて上陸しましたが、途中段階の生き物は化石でしか残されていません。化石から得られる形の情報・ DNA操作技術・CTスキャン等を使って、絶滅した魚の進化のメカニズムの解明にチャレンジしています。また、現代にも生きている魚の面白いヒレの形がどうやってできるのか、どう進化したのかにも興味を持っています。エイやサメ、その他いろいろな魚を使ってヒレの進化をDNAレベルで解明しています。Website:http://tetsuyanakamura.work