イノベーション創出の重要性が叫ばれるなか、大学や研究機関の研究成果を技術シーズとして事業を行う大学発の研究開発型ベンチャー企業への期待が高まりつつある。2014年に誕生したBeyond Next Venturesは、大学発・技術系スタートアップへのインキュベーション投資に特化した独立系ベンチャーキャピタル(VC)として、大学シーズの事業化支援から、ベンチャー投資、成長支援までを行ってきた。

そして今回、アカデミストとの資本業務提携を発表。VCとしては日本初の取り組みとして、クラウドファンディングサイトを通じた大学などの基礎研究支援を行っていく予定だ。Beyond Next Venturesはなぜ、事業化の見通しが立ちにくい大学の基礎研究に注目するのだろうか。伊藤氏のこれまでのキャリアなども踏まえて、お話を伺った。

伊藤毅氏 プロフィール
Beyond Next Ventures 代表取締役社長
東京工業大学大学院 理工学研究科化学工学専攻修了
2003年4月ジャフコ入社。2008年 産学連携投資グループ責任者
大学発技術シーズの事業化支援・投資活動に関して多数の実績と経験
主な投資実績:CYBERDYNE、Spiber、ダブルスコープ、TKP、マイクロ波化学、キュア・アップ、リバーフィールド、リリーメドテック、エレファンテック、Xenoma、Photo electron Soul、オリィ研究所、インテグリカルチャーなど
主な担当領域:ファンド代表として全体統括。医療機器、ロボティクス、デジタルヘルス、新素材

タイムトラベルのような体験ができる、VCという仕事

——まずは、Beyond Next Venturesの事業概要についてお聞かせください。

Beyond Next Venturesは、2014年8月に創業した技術系スタートアップへのインキュベーション投資に特化した独立系VCです。2015年2月に設立した1号ファンド、2018年10月に設立した2号ファンドを合わせて約150億円弱と、アクセラレーター・インキュベーターとしては国内最大のファンドを運用し、多数の技術系スタートアップへの投資と、その事業化・成長支援を手掛けています。

また、革新的な技術の事業化を目指す大学や研究機関などの研究者・起業家に対し、経営人材候補とのマッチング、知識や人材ネットワーク・成長資金を提供する「BRAVEアクセラレーションプログラム」を提供しているほか、2018年からは創薬系ベンチャーの起業や創薬系ベンチャー企業の成長を支援するアクセラレーションプログラム「Blockbuster TOKYO」やシェアラボ「Beyond BioLAB TOKYO」も運営しています。

——Beyond Next Venturesという社名の由来を教えていただけますか。

もともと創業当初は「デロリアンベンチャーズ」という社名でした。「デロリアン」とは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にでてくるタイムマシンのことです。独立前に所属していたジャフコでのVCの仕事を通じて「VC = タイムマシン」と感じていたことが、そう名付けた理由です。物理的に時空を移動できる装置はまだ発明されていませんが、起業家の頭のなかにある未来を共有してもらい、その未来に投資してワクワクしながら共に実現に向けて進んでいくということが、タイムトラベルのような体験そのものだと思ったんです。

ただ、米国に同じ名前の企業がかつてあったことと、投資家からアドバイスを受けたこともあって、名前を変える必要が出てきました。そこで「デロリアンベンチャーズ」に近いものを考えていくなかで、2-3年後にうまくいくベンチャーを追うのではなく、5-10年後に世の中を変えていくようなベンチャーを支援していきたい、という思いがあり、”次をさらに超えていく”という意思を込めて、「Beyond Next Ventures」という社名にしました。

——Beyond Next Venturesを立ち上げられる前には、VC最大手のジャフコにいらっしゃったということですが、ジャフコでのご経験について教えていただけますか。

ジャフコには新卒で入社したのですが、一番初めに入ったチームではインターネットサービスの会社を中心に回っていましたね。新人は基本的にインターネット関連企業を担当するんですよ。入社は2003年でしたが、スタートアップのなかではある種の華やかさもあるし、ニュースリリースが多いのも、次から次に新しい会社が出てくるのもインターネットの領域でした。私も他の新人と同じようにその業界を見ていたというわけです。

ただ、当時はVCという仕事をサラリーマンとしてやることに非常に苦戦していましたね。新人なので当たり前といえば当たり前なのですが、ビジネス経験のない人がいきなり起業家を相手にファイナンスや事業戦略に関するディスカッションを行うことは難しいですよね。

——そうした状況から、どうやってVCとしての仕事の勘をつかまれていったんですか。

入社してからしばらくは、まったくわからなかったんですよ。理系出身の人は定量化することで物事の良し悪しを把握することに慣れていると思うのですが、私も理系出身なので、新人のときに上司に対して「どうにかして経営者の評価を定量化できませんか?」という質問をしたこともあります。今でも馬鹿な質問をしたなぁと思いますが、当時は教科書的な知見をもったうえで自分の判断軸を確立させたいと考えていたんですよね。上司には「そんなもんないよ」って言われてしまったんですけど(笑)。

その後、どうやって自分のなかで納得感を持って仕事ができるようになったかというと、とにかくたくさんの経営者に会い、とにかくたくさんの経営者の本を読みました。それによって、絶対評価はできないけれど、自分なりに相対的に捉えることができるようになったんです。やはり数値的に経営者を評価するということは、今でも難しいと思いますね。みなさん素晴らしい方ですし、どこか尖ったところがある方たちですので、この人は100点満点、この人は90点……と点数を付けていくことはそもそも困難です。ただ、評価すべきポイントの優先順位はつけられるようになったかな、と。

——投資の判断は「人」であるということでしょうか。

そうですね。今でも同じですが、やはり経営者に魅力を感じて、こうした方々と一緒に仕事をしたいと思えるかどうか、経営者の方が事業のビジョンや計画を語るなかで、この人だったら実現できそうと思えたかどうかという点をみるようになりました。

大学発の技術系ベンチャー領域で、まっさらからの再スタート

——そうした考えを軸にして、徐々にVCとしての仕事の勘をつかまれていったんですね。

自分なりに仕事の手応えを感じるようになってきたのが、入社5年目くらいの時期でした。でもそのときに突如、産学連携グループという大学発ベンチャーに投資するチームへ異動になったんです。

——そのときの異動が、現在手がけられている大学発・技術系ベンチャー支援の仕事につながっているのだと思うのですが、インターネット関連企業と大学発の技術系ベンチャーって、かなりギャップがあるように感じます。

まったく違います。だからはじめは困ったなぁと思ったんです。インターネットの領域でようやく手応えをつかんだところだったのに、またまっさらからのスタートになります。しかも大学発の技術系ベンチャーは、お金も時間もかかるし、技術も事業領域も多岐に渡るし……ということで、傍から見ていても難しそうだと感じていました。

——当時の大学発ベンチャーはどのような状況にありましたか?

今から約10年前になりますが、マーケット環境は現在とはまったく異なっていました。当時はバイオベンチャーブームが冷え込んでしまい、バイオベンチャーに投資をしていた投資会社が一斉に撤退していったんですよね。リーマンショックもあったので、そもそも新たに立ち上がるスタートアップも、技術系のスタートアップに投資をするVCも少ないという時期でした。

——そうした厳しい状況のなかでも、投資案件を見つけていかなければならないというのは、プレッシャーだと思います。

グループのリーダーを任されたので、ある意味抜擢された形ではあったのですが、自分のなかでは”飛ばされてしまった”という感覚もあったんですよね。そう思うのが嫌で、当時は大学発ベンチャーの社数が右肩上がりになっているグラフを提示するなどして「大学発ベンチャーはこれから伸びるマーケットなんです」と周りの人に言って、自分を鼓舞していましたね。就任直後の全社会議では、サイバーダインやSpiberなどの大学発ベンチャーを例に出して、特徴的なおもしろい企業が出てくる領域であるということも説明しました。とにかくみんなに注目してもらいたいという一心でしたね。

でも内心、投資も進んでいないし、正直厳しいなという不安も持っていたんです。大学発ベンチャーが持っている技術はとてもおもしろく、それぞれインパクトがありますが、それが投資対象であるどうかをどう判断すればよいか、最初はとても悩みました。仕事でお会いするのも経営者ではなく、大学の研究者の方が多かったですし……。

——どのようにしてそうした厳しい状況を乗り越えていったのですか。

試行錯誤していくなかで、経営者も大学の研究者も同じなんじゃないかと思うようになったんです。研究はプロジェクトとして進めると思いますが、会社もある意味ひとつのプロジェクトと言えます。プロジェクトがうまくいくかどうかは、プロジェクトをまとめるリーダー次第なのではと考えました。やはり、「この人になら任せられる」と思える人に投資をしていくべきだという自分なりの考えを信じてみようと思ったんですよね。研究者であっても企業であってもまずは「人」を見ようということをチームメンバーに伝えて取り組んでいくようになりました。

——ジャフコでの大学発ベンチャーへの投資案件で、一番印象に残っている案件を教えてください。

自分の価値観がガラッとつくりかえられたのは、サイバーダインの山海さんですね。当時まだジャフコとして投資していなかったときに、たまたま山海さんのプレゼンを聞く機会があったのですが、歩行が難しくなった人の動作を支援するというプロダクトそのものも素晴らしいですし、その明確な価値を社会に提供しているような企業が大学の研究室から生まれてきたということにも衝撃を受けました。単なる大学の研究者ではないなと思ったんです。大学のシーズっておもしろいし、社会のためにもなるんだ、と考えるようになったのは、そのときからですね。産学連携チームには6年ほど在籍していましたが、合計十数社への投資を実施しました。

一人の起業家として、起業家と信頼関係を築いていきたい

——その後、独立されてBeyond Next Venturesを起業されました。独立の背景にはどういう思いがあったのでしょうか。

産学連携チームでの業務を行うなかで、こうした領域に必要な資金を提供して事業化を支援する仕事が世の中に求められている一方で、仕事にしている人が少ないこと、そして仕事にしていても成果が出る人は限られていることに気づきました。自分はそれなりに成果が出ているという自信があったので、もしかしたらこれは社会の中での自分の役割なんじゃないかと思ったんです。

もともとVCという仕事を選んだのは、起業をして自分でビジネスをやってみたいという思いがあったからなのですが、ジャフコには本当にお世話になったので、いつか恩返しをしてから堂々と退職したいなと思っていました。その区切りが、サイバーダインの2014年3月のIPOだったということです。その後2014年7月に退職し、翌月に独立しました。

——独立される際には特に仕事の当てがあったわけではないということを過去の取材記事で拝見したのですが……。

そうです。ジャフコを辞める前から起業の準備をするということはまったく考えなかったですね。普通の人はちゃんと準備をするらしいですけど(笑)。自分もまっさらな状態から積み上げていくことで、一緒に仕事をする起業家とより深い信頼関係が築けるんじゃないかと思ったんです。起業家を相手にビジネスをするならば、自分も一人の起業家として給料ゼロでまっさらな状態からスタートしたいということにこだわっていました。

——しかしその後は見事に2015年2月に1号ファンドを設立され、多数の大学発・技術系スタートアップへの投資と、その事業化・成長支援を手掛けられてきました。最近では、「BRAVEアクセラレーションプログラム」「Blockbuster TOKYO」、「Beyond BioLAB TOKYO」などさまざまな取り組みを行われています。

ファンド事業を通じて技術系スタートアップを支援するだけではなく、人材を提供する機能や、投資や起業前の段階を支援するアクセラレーション機能など、技術シーズを世に出していくために必要な機能を少しずつ取り揃えてきているというのが、ここ1-2年の活動です。

なぜVCとして「基礎研究」に着目するのか

——伊藤さんのご感心として「基礎研究」がキーワードのひとつにあるということで、今回、アカデミストとの資本業務提携に至りました。

近年では、国を挙げて大学シーズの社会実装や応用研究を推進する風潮になっています。しかし、こうした取り組みばかりを続けていると、もしかしたら基礎研究の分野で20-30年かけて人類がまだ発見していない何かを見つけ出すような能力のある方が、資金を獲得するために自分が本当にやりたいと思っていないような事業プランを考えたり、本来基礎研究に費やすべき時間を実用化や応用研究のために割いてしまっていたりする状況になりかねません。

ご存知のようにノーベル賞受賞者の先生方も、日本の基礎研究力が低下していることを指摘されています。昨今の風潮のせいで、本来であれば出てくるはずだった基礎研究の成果が生まれなくなるおそれがあるんじゃないかと思うようになってきたんです。応用研究や技術シーズのベンチャー化に向けた取り組みばかりを加速させてしまうことは、自分たちの20-30年後の仕事の機会さえ、自分たちで奪っていることになるのでは、と。

——逆に言えば、現在の基礎研究から20-30年後のシーズが生まれてくるかもしれないということですよね。

はい。ですので、技術系シーズをベンチャー化したり支援したりする会社である私たち自身が基礎研究を支援して、20-30年後のシーズを育てる活動を今からはじめるべきだと考えました。私たちだけではなく民間の企業様にも賛同していただき、基本的には研究者の方が自由に研究できるような、成果を求めないお金を提供する活動に取り組んで行きたいと思っています。

——まさに”Beyond Next”の活動と言えますね。アカデミストとしては、基礎研究のおもしろさを判断するときには、研究者のパッションや、研究者が将来的に実現したい世界観を大切にしています。Beyond Next Venturesとしては、どのような基礎研究や研究者を支援していきたいとお考えですか?

新しい物事を成し遂げたり、前人未到の地を行ったりする人というのは、何かに夢中になって集中してやり続けられるような人だと思っています。今回の基礎研究支援に関しても、できればそういった方々との接点をもちたいですし、そういう方々に研究資金をお渡しすることで、無我夢中になって研究を進めていただきたいですね。テーマは絞らず、研究者ご自身のパッションや、なぜそれを実現したいかというところを最重視していく予定です。

——お話を伺って、VCの方のお仕事は、時代の最先端を行く人の話を聞いて、自分の中の価値観が再構築されて……という繰り返しが味わえる仕事なのではと感じました。アカデミストにもそうした側面があると思っています。Beyond Next Venturesと一緒に取り組んでいくことで、会社としてもどんどん進化していきたいです。

私たちはこれまで、社会実装や応用化、企業化といったところを中心に見てきました。一方、アカデミストは大学や研究機関などの学術業界における基礎研究を見てきたと思います。業務提携は、ちょうどお互いが知らない領域をお互いが経験して、会社として進化していくための良い機会だと思っています。これから一緒に活動していけることを楽しみにしています。

(聞き手:アカデミスト代表 柴藤亮介、構成・文・撮影:周藤瞳美)

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