長江新石器文明衰退の謎

中国の長江河口域では、約7500年前から世界で最初に水稲稲作を開始した長江新石器文明が栄えました。日本の水稲栽培は、稲のDNA解析に基づくと、長江河口域から渡来したことが明らかになっています。つまり、長江新石器文明は日本人のルーツといえる重要な文明です。

長江河口域で栄えた河姆渡遺跡の水田跡

長江新石器文明は非常に高い技術を持っており、当時における世界最大規模の文明であったと考えられています。しかし、この文明は 約4200年前に突然衰退し、約3900年前に新たな文明が興るまでのあいだ、約300年間にわたって長江河口域から文明が失われたことがわかっています。これまで多くの考古学者や地質学者が、遺跡調査やボーリング調査を行ってきましたが、文明消滅の原因ははっきりとわかっていませんでした。

沿岸海洋堆積物と気候変動の関係

私たちの研究グループでは、文明滅亡の背景に大きな気候変動があったのではないかと仮説を立てました。これまでの長江河口域における古気候研究は、そのほとんどが陸上のボーリングコアの解析やトレンチ調査によって行われてきました。しかし、陸上の堆積物試料は、風水による削剥や人為的な開墾などによる擾乱を受けているという欠点があります。そのため、先行研究の多くは年代決定の精度に問題点を抱えており、その結果はさまざまに異なっていて統一的な見解は得られていませんでした。

私たちは、海洋堆積物コアを用いて、長江河口域の古気候を明らかにしようとしました。海底堆積物は、陸上堆積物に比べて堆積が乱されることが少なく、貝化石の放射性炭素年代測定などによって、精度よく年代を決定できるという特長があります。また、陸から近い沿岸域の気温は表層海水温と強く相関するため、過去の沿岸の表層海水温変動を明らかにすることによって、長江河口域の気温変動を推測することができます。

私たちは、長江河口域に近い大陸棚から約20mの海洋堆積物コア(MD063040)を採取し、過去の温度変動を解き明かすことを目指しました。

本研究で用いた海洋堆積物コアを掘削した、掘削船 R/V Marion Dufresne
掘削地点の場所と掘削された海洋堆積物コアの写真。約20mのコアに過去1万年分の海洋環境変遷の記録が詰まっている。

ハプト藻類がつくる有機化合物で過去の温度変動を解き明かす

海洋表層に生息する円石藻という植物プランクトンの一種は、アルケノンと呼ばれる長鎖有機化合物を生成します。アルケノンに含まれる二重結合の数は、円石藻が生息していた場所の水温によって変化することが知られています。そのため、海洋堆積物コアに含まれるアルケノンを調べることで、過去の表層海水温を推定することができます。

(左)アルケノンの化学構造式と古水温復元
(右)アルケノンを合成する円石藻の一種
海洋表層に生息する円石藻が合成するアルケノンを用いて、過去の表層水温復元が復元できる。

このアルケノン古水温手法は、非常に高精度かつ定量的に温度変化を復元できるため、古気候分野では最も信頼性の高い手法のひとつとして認められています。

文明消滅と同時期に大規模な寒冷化イベントを発見

長江河口域の沖合から採取された海洋堆積物コアについて、アルケノンを用いて古水温を復元した結果、約4400~3800年前に複数回かつ急激な大規模寒冷化(3~4℃の水温低下)が発生していた証拠を初めて発見しました。このような大規模な水温変化の証拠が見つかるのは、完新世(地質時代区分のうち約1万年前~現在の最も新しい時代)のなかでは異例です。

本研究によって明らかになった、過去8000年間の表層水温変動。長江文明の中断期に大規模かつ複数回の大寒冷化イベントが発生していた。

今回の研究ではデータの誤差を大きくするさまざまな要因について検討を行いましたが、水温低下は実際に発生していたという結論に達しました。また、中国の共同研究者が、このコア採取地の近くから採取された別の海洋堆積物コア(MD06-3039)についてアルケノン分析を行った結果、同様のシグナルが検出されました。そのため、このデータの信頼性は高いといえます。

実は、多くの古気候研究者が世界中のさまざまな地域から、約4200年前に急激な気候変動が発生した証拠を報告しています。この時期には、偏西風ジェット気流の夏季北限位置の南下、エルニーニョの発生頻度の増加、黒潮の変調など、全球規模の大きな気候システムの変化があったことが先行研究から示唆されています。これらの要素が相互に関係してアジアモンスーンが変調した結果、長江河口域では急激な寒冷化が発生したのではないかと考えています。

農耕を基盤とする文明は、気候変動に対して脆弱です。日本のような先進国も例外ではありません。1993年の夏、東北地方の夏の平均気温が平年より約2℃低下した結果、米の収量は40%も落ち込み、平成の米騒動という大混乱を招きました。現在と比べると稲の品種も栽培方法も劣っていた長江新石器文明の稲作にとって、3~4℃の温度低下は致命的なダメージであったと考えられます。

地球環境と人類の未来

気候は比較的安定していたと考えられていた完新世のあいだにも、このような急激な気候変動が発生しており、高度に発達していた人類文明を滅ぼしたということは、今後の人類の将来設計において重要な事実です。

4200年前というと大昔のように思われるかもしれませんが、地質学的な時間スケールで見ればとても最近の時代であるといえます。地球の46億年の歴史を1年にたとえると、4200年前はたったの30秒前になります。これほど最近に起きた気候変動でさえ、どれくらいの規模、範囲で起こったものなのか、原因は何であったのか、将来同様のことが起こりうるのか、はっきりとは解明されていません。

気候変動によって人類文明が影響を受けるのは、新石器時代に限ったことではありません。中世ヨーロッパの社会擾乱や、太平洋戦争、シリア戦争なども気候変動が最初のきっかけであったことが報告されています。気候変動は、社会変遷をコントールする最も重要な要因のひとつなのです。

近年では、人為的地球温暖化による将来の気候変動と、それによる被害が懸念されています。地球温暖化は地球の自然のリズムを逸脱した急速な気候変動であり、その変動を低減することは人類の課題のひとつです。しかし、地球の気候の歴史を読み解くと、より長期的な時間スケールで大きな気候変動が繰り返し発生してきたことが明らかになってきました。その規模やメカニズムを詳細に解明することは、将来の気候変動の正確な予測と対策のためには必要不可欠です。

参考文献
Hiroto Kajita, Hodaka Kawahata, Ke Wang, Shouye Yang, Hongbo Zheng, Naohiko Ohkouchi, Masayuki Utsunomiya, Bin Zhou, Bang Zheng “Extraordinary cold episodes during the mid-Holocene in the Yangtze delta: Interruption of the earliest rice cultivating civilization” Quaternary Science Reviews 201 (2018) 418-428

この記事を書いた人

梶田 展人
梶田 展人
梶田 展人(かじた ひろと)
茨城県出身。理学修士(東京大学)。東京大学大気海洋研究所博士課程に在籍。日本学術振興会特別研究員。学士課程において、北海道大学理学部サンゴ礁地球環境学研究室に在籍し、サンゴ骨格を用いて過去の海洋環境変遷を解き明かす研究に取り組む。修士課程からは、東京大学大気海洋研究所に籍を移し、主に海洋堆積物コアを用いて古環境解析の研究を行っている。過去の人類進化と地球環境変化の相互関係を解き明かすことによって、将来の人類と地球の建設的関係を構築し、両者をハッピーにしたいと考えている。山に登り、海に潜る。