過去の気候変動を記録する藻類を青森県鷹架沼で発見! – 湖沼堆積物から湖水温を推定する
湖沼堆積物から気候変動を知ることはできるか?
近年、気候変動や異常気象が頻発するようになり、私たちの将来の生活を脅かすのではないかと危惧されています。近年の古気候研究(過去の地球の気候を解明する研究)の成果では、過去に発生した飢饉や戦乱の原因の多くが、気候変動と関連していた可能性が報告されています。気候変動と人類の歴史には切っても切れない関係があるのです。将来の気候変動を予測し、備えるためには、過去の気候変動についてまず正しく知り、そのメカニズムを解明する必要があります。
海や湖の底には、長い年月をかけて堆積した泥が堆積しています。そのため、海洋堆積物や湖沼堆積物からボーリングコアを採取して研究することで、過去の気候変動を知ることができます。海洋堆積物には、有孔虫の化石や円石藻が合成する特殊な有機化合物(アルケノン)などが豊富に含まれており、これらを分析することで過去の海水温を知ることができます(参照:研究コラム『失われた長江新石器文明の謎 – 約4200年前の気候変動を海洋堆積物から復元する』)。
一方で、湖沼堆積物に対して適用できる、過去の湖水温を知るための有効な手段はこれまでひとつもありませんでした。そのため、私たち人類が生活する陸域における気候変動について、海洋に比べて研究が進んできませんでした。
湖水温を記録する藻類を青森県の鷹架沼から発見!
いくつかの湖沼には、ハプト藻という植物プランクトンが棲息しています。湖沼に棲息するハプト藻の中で、海洋に棲息する円石藻(これもハプト藻の一種)と近縁な種類のものは、アルケノンを合成できることが明らかになっています。近年、ハプト藻の培養実験を行った研究から、湖沼に棲むハプト藻がつくるアルケノンに含まれる二重結合の数(これを不飽和度と呼びます)が、ハプト藻の棲息水温によって変化することが次々に報告されています。
私は、このアルケノンが過去の湖水温を知るツールとして利用できると考えました。そこで、アルケノンが含まれる湖沼堆積物を探して、国内外の多くの湖沼を探索しました。
その結果、唯一、青森県の鷹架沼という汽水湖からアルケノンを検出することに成功しました。アルケノンが含まれる湖沼は、鷹架沼の他には、国内ではまだ北海道の豊似湖と島根県の中海からしか報告されておらず、とても珍しい存在です。
環境DNA解析を用いたハプト藻の特定
アルケノン不飽和度とハプト藻棲息水温の関係式は、ハプト藻の種によって切片や傾きが大きく異なるという特徴があります。そのため、湖水温を計算するには、そこに棲息するハプト藻の種を特定しなければなりません。しかし、湖沼に棲むハプト藻はとても小さいため発見することが困難です。また発見できたとしても、外見的な特徴から、その種を正確に判定できるとは限りません。
そこで私は、近年めざましい技術革新を遂げている環境DNA解析を行いました。これは、堆積物や水などの環境中に漂う生物由来のDNAを解析することによって、棲息する生物を特定するという方法です。
次世代シーケンサーという機械を使って鷹架沼の堆積物に含まれる環境DNAを解析した結果、2種のイソクリシス科ハプト藻が鷹架沼から検出され、それぞれをTak-AとTak-Bと名付けました。Tak-Aは過去にどの湖からも報告されたことのない新種でしたが、北米のGeorge湖に棲息するHap-Aというハプト藻と遺伝的に非常に近縁でした。一方で、Tak-Bは、Isochrysis galbanaという種であることがわかりました。
2種類のハプト藻がこの湖には共存していると考えられますが、偶然にも、Hap-Aが持つアルケノン温度換算式は、Isochrysis galbanaが持つ温度換算式とほぼ一致していました。つまり、鷹架沼においては、Tak-AとTak-Bのどちらが優位に増殖しても、そのバイオマスに関係なく、ひとつの換算式を使った温度推定が可能であるということになります。実際に、鷹架沼の表層堆積物から検出されるアルケノン不飽和度を想定される換算式に代入すると、ハプト藻が増殖する季節である初夏の表層水温をきちんと算出することができました。
三内丸山遺跡の盛衰と気候変動の解明を目指す
今回の私の研究から、鷹架沼の堆積物に含まれるアルケノンを使って、過去の湖水温を計算できることがわかりました。湖水温は気温に大きく影響を受けて変化するため、鷹架沼から青森県の気候変動について知ることができます。私はこの湖で、縄文時代まで届く長いボーリングコアを採取することを計画しています。
青森県には、三内丸山遺跡をはじめとして、多くの縄文時代の遺跡があり、当時多くの人々が生活していたと考えられています。三内丸山遺跡を含む「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、現在、世界遺産への登録が検討されており、多くの研究者が注目をしています。
考古学的な研究成果からは、当時の人々にとってクリが重要な食糧になっていたと考えられています。しかし、クリは比較的温暖な気候を好む植物で、現在の青森県には自生のものはあまり見られません。つまり、三内丸山遺跡が栄えたころは、青森県の気候は現在よりも温暖であったことが想像されます。
当時の青森県はどのくらい温暖で、その後どのように寒冷化していったのでしょうか? そのとき、人々は気候変動にどうやって対応したのでしょうか? 鷹架沼から定量的な温度変動を調べることで、これらの謎を解き明かしたいと考えています。
参考文献
Kajita H., Nakamura H., Ohkouchi N., Harada N., Sato M., Tokioka S., Kawahata H., Genomic and geochemical identification of the long-chain alkenone producer in the estuarine Lake Takahoko, Japan: Implications for temperature reconstructions. Organic Geochemistry 142, 103980 (2020)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0146638020300152
この記事を書いた人
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梶田 展人(かじた ひろと)
茨城県出身。北海道大学理学部地球惑星科学科卒業。現在は東京大学大気海洋研究所にて、博士号取得を目指して研究を行っている。日本学術振興会特別研究員。海洋・湖沼・河川・岩石に含まれる無機元素や有機化合物を分析することで、地球の環境変動や生物の進化について解明することを目指している。