視覚探索スキルとは?

私たちは生涯を通じてさまざまなスキルを獲得します。スキルには、歩行、手指の使い方、文字の識別といった基本的なものから、スポーツ、楽器の演奏、言語習得といった複雑なものまであります。これらに共通しているのは、何度も練習を重ねるうちに上達し、自然に判断や行動ができるようになる点です。そして、いったん獲得したスキルは数年経っても忘れることがありません。

私たちはさまざまなスキルを獲得する

この驚異的な能力を、脳はどのようにして身につけることができるのでしょうか? 今回の研究で特に注目したのは、視覚探索スキルです。視覚探索スキルとは、膨大な視覚情報のなかから適切なターゲットを見つけるスキルです。

たとえば、サルは森の中から熟したおいしい果実を見つけることができます。青い果実はすっぱく、赤い果実は甘いという経験を積み重ねるうち、青い果実を無視し、赤い果実を見つけられるようになります。視覚が高度に発達した霊長類において、このような視覚探索スキルは生存に欠かせません。

サルの視覚探索スキルを行動実験で探る

そこで、私たちはアカゲザルを使って行動実験を行いました。この実験では「図形 – 報酬」連合学習という手続きを使いました。サルは図形Aを見たときには報酬(ジュース)をもらえますが、図形Bを見たときには報酬をもらえません。ここでは便宜的に報酬がもらえる図形Aを「Good図形」、報酬のもらえない図形Bを「Bad図形」と呼ぶことにします。

「逐次探索課題」というタスクでは、サルに対してGood図形、Bad図形をランダムな順番で次々に見せていきます。もし、Good図形に目を向けたなら、サルは報酬がもらえますが、Bad図形に目を向けたときには報酬がもらえません。すると、サルはGood図形に目を向ける一方、Bad図形を無視するようになりました。また、サルはこのスキルをいったん獲得すると、1か月以上経っても維持できていました。では、脳はこのスキルをどのように制御しているのでしょうか?

サルの視覚探索課題とパフォーマンス

スキルにかかわる大脳基底核

スキルにかかわる脳領域のひとつが「大脳基底核」です。大脳基底核は、脳深部にある複数の神経核の総称で、主に、「入力核(尾状核など)」、「中継核(淡蒼球外節など)」そして「出力核(黒質網様部など)」から構成されています。

下図で示したように、これらの神経核はそれぞれ投射ニューロンを介して情報を伝達しています。そして、入力核から出力核に向かう経路には、間接路と直接路という2つの主要経路があることが知られています。では、それぞれの経路は視覚探索スキルの際にどのような役割を担っているのでしょうか?

大脳基底核の神経回路(間接路と直接路)

間接路の役割 – 「Bad図形を無視するように促す」

私たちはまず、「間接路」の役割を調べました。さきほど述べた「逐次探索課題」をしているときの大脳基底核から神経活動を記録しました。中継核の淡蒼球外節の活動を調べたところ、Bad図形のときに活動が強く抑制されていることがわかりました。

この活動がBad図形を無視する行動にかかわっているかどうかを調べるため、薬理学的操作によって、淡蒼球外節がBad図形に応答しないようにしました。その結果、サルはBad図形を無視することができなくなり、Bad図形を見てしまう頻度が増えました。

このことから、間接路には「Bad図形を無視するように促す」役割があることが示されました。下図に示したように、もし左視野にBad図形がある場合には、右脳半球の間接路が働き、左視野に目を向けないようにしていると考えられます。

視覚探索スキルを制御するメカニズム

直接路の役割 – 「Good図形を見るように促す」

一方の「直接路」の役割はどうでしょうか? 今度は、光遺伝学と呼ばれる技術を使って、直接路を操作しました。チャネルロドプシン2という人為タンパク質をニューロンに強制発現させることで、青色光を当てるとニューロンの活動を一過的に亢進させることができます。

尾状核から黒質網様部への直接路の活動を人為的に亢進させ、黒質網様部におけるGood図形への応答を疑似的に再現しました。その結果、実際にはGood図形が提示されていないにもかかわらず、サルは、まるでGood図形が提示されたときのように目を頻繁に動かしました。

このことから、直接路には「Good図形を見るように促す」役割があることが示されました。上の図に示したように、もし左視野にGood図形がある場合には、右脳半球の直接路が働き、左視野に目を向けるように促していると考えられます。

今後の展望

以上のことから、大脳基底核の間接路はBad図形を無視するように、直接路はGood図形に目を向けるように、それぞれ眼球をコントロールしているということがわかりました。私たちが膨大な視覚情報の中から瞬時に良いもの、好ましいものを見つけられるのは、大脳基底核がこれまでの経験をもとに、良し悪しを瞬時に判断して、その情報を目の動きに変換しているからだと考えられます。このシステムのおかげで、私たちは意識せずとも効率よく有用な視覚情報を見つけられるのでしょう。

特定の専門家やアスリートに限らず、スキルは私たちの日常生活において欠かせない能力です。この能力が低下すると、認知機能や運動機能が十分に発揮できなくなると考えられます。乳幼児期から高齢期まで脳と身体がどのように発達し、スキルを獲得、維持しているのか、そのメカニズムを解き明かすことで、私たちの生活の質の向上に貢献する研究をしたいと考えています。

参考文献

  • Amita H*., Kim HF., Inoue K., Takada M. and Hikosaka O*. Optogenetic manipulation of a value-coding pathway from the primate caudate tail facilitates saccadic gaze shift. Nature communications. 11, 1876 (2020). doi:10.1038/s41467-020-15802-y
  • Amita H*. and Hikosaka O*. Indirect pathway from caudate tail mediates rejection of bad objects in periphery. Science advances. 5, eaaw9297 (2019). doi:10.1126/sciadv.aaw9297

この記事を書いた人

網田 英敏
網田英敏(Hidetoshi Amita)
京都大学霊長類研究所 特定助教。
北海道大学理学部、大学院生命科学院にて鳥類(ニワトリ)を用いた動物行動学、神経生理学の研究をおこなう。同大学院博士課程修了後、アメリカ国立衛生研究所(NIH)のポスドク研究員として霊長類(サル)を用いた神経生理学の研究に従事する。2019年より現職。システム神経科学のアプローチを使って、ヒトを含む動物の心や行動がなぜこのように進化してきたかという謎に迫りたいと考えている。