極限環境におけるダイヤモンド

自然界に存在する物質のなかでもっとも高い硬度を持つダイヤモンドは、光学的にも特徴的な性質を示します。特に常温常圧下における透明性と高い屈折率はその代表で、装飾品として用いられるダイヤモンドが美しく光り輝く理由でもあります。

しかし、常温常圧下における物性はあくまで我々が生活する条件下における物質の振る舞いに過ぎず、地球を含むさまざまな惑星の内外や宇宙空間における衝突現象下において多様な温度・圧力環境が存在することを考えると、いわゆる“常温常圧”はむしろ限られた環境であるといえます。

では、超高圧力下においてダイヤモンドの光学特性はどのように変化するのでしょうか? 大阪大学とHPSTAR(中国)の国際共同研究グループは、高強度パルスレーザーを用いた衝撃圧縮実験により、60~550万気圧の圧力域におけるダイヤモンドの光学特性を計測しました。

地球内部の深さと圧力の関係。天然ダイヤモンドの多くは上部マントルで形成されるが、ダイヤモンドを構成する元素である炭素はさらに深い領域にも存在すると考えられている。

GEKKO XIIによる超高圧力の生成

実験が行われたのは、大阪大学レーザー科学研究所の大型レーザー施設GEKKO XII号です。GEKKO XII号の12本の超高エネルギーレーザーを、直径およそ1 mmにまで集光して試料に照射することで、試料内部に強い衝撃波を駆動することができます。この衝撃波は、音速を超える速度で高速に伝播しながら試料を圧縮します。レーザーのエネルギーや圧縮される試料の強度にもよりますが、大気圧の1億倍にも及ぶ超高圧力の生成が、衝撃波による圧縮を用いて実現されています。

GEKKO XII号のレーザーはその強度を高めるために時間的に圧縮されています。本実験では約5ナノ秒(1ナノは109分の1)のパルス幅を持つレーザーが用いられたため、試料の圧縮状態が保たれるのは、わずか数ナノ秒のあいだに限られます。本研究を成功させるためには、この極めて短い時間にダイヤモンドの圧縮状態を決定し、さらに光学特性を計測する必要がありました。

そこで私たちは、ダイヤモンドを圧縮するための高強度パルスレーザーとは別の観測用レーザーを試料裏面から照射し、試料からの反射光を高時間分解能カメラで観測することで、試料を圧縮する波の速度を測定しました。この計測システムはVISAR(Velocity Interferometer System for Any Reflector)と呼ばれ、衝撃圧縮実験で広く用いられています。このVISAR計測により、ダイヤモンドの圧縮状態(圧力と密度)と屈折率を計測できるほか、観測用レーザーの強度が減衰していく様子から、ダイヤモンド試料の透明性を評価することが可能です。

実験スキーム(上)とGEKKO XII号レーザーが集光されるターゲットチャンバーの写真(下)。

高圧下でダイヤモンドは予想外の振る舞いを示す

今回得られたデータから、ダイヤモンドは衝撃圧縮により170万気圧を超える圧力が付加され、体積が20%程度小さくなると、可視光に対して急激に不透明になることが明らかとなりました。また、圧力が高くなるほど屈折率が上昇することもわかりました。

実はこの”圧力が高くなるほど屈折率が上がる”という結果は、私たちにとって少し予想外でした。というのも、ゆっくりと圧力をかける手法で40万気圧まで圧縮した場合に、ダイヤモンドの屈折率は圧力が上がるほど減少するという結果が、ドイツの研究グループから報告されていたからです。この屈折率変化の傾向の違いから、ダイヤモンドの光学特性は圧縮の速度に起因する変形の異方性の影響を強く受けることが明らかになりました。

ダイヤモンドの透明性に関しては中国のグループにより理論的に予測されており、欠陥等の一切ない理想的なダイヤモンドは、200万気圧以上の動的圧縮下で失透し始めると予測されています。私たちの実験結果では、ダイヤモンドが170万気圧で失透していることから、理論と実験のあいだに有意な差が確認されたといえます。

実験に用いたダイヤモンドはタイプIIaに分類される純度が高いものですが、それでもごく僅かに不純物が含まれています。圧縮下において、この不純物が起因となって生成された欠陥が光を散乱するため、計測された失透圧力は理論予測よりも低くなったと推測できます。

動的圧縮下におけるダイヤモンドの透過率の圧力依存性

高圧力科学の新展開:ハイブリッド型圧縮法への応用

動的圧縮下で170 GPa以上の圧力が加えられた場合にダイヤモンドは可視光に対して不透明になるという事実から、惑星形成期の衝突現象により炭素原子が凝集することで生成されうるダイヤモンドが、実は不透明であったことが予想されます。この透明性の変化に伴うダイヤモンドの物性変化が、惑星形成のダイナミクスそのものに影響を与える可能性があります。

また、本研究により明らかになったダイヤモンドの衝撃圧縮下における光学特性は、さらなる高圧力科学の発展に寄与します。衝撃圧縮法以外にも高圧力を印加する手法は数多くありますが、対になったダイヤモンドで試料を挟み込むことでゆっくりと圧縮するダイヤモンドアンビルセルはその代表です。

近年の高圧力科学では、このダイヤモンドアンビルセルで計測対象となる試料を予備圧縮しておき、試料をダイヤモンドアンビルごと高強度パルスレーザーで撃ち抜くという、ハイブリッド型の圧縮方法が注目されています。この手法でも、可視光レーザーを用いたVISAR計測が主な計測方法ですので、試料の圧縮状態を高精度に決定するためには、ダイヤモンドの透明性や屈折率といった情報が不可欠です。本研究により求められたダイヤモンドの光学特性は、このハイブリッド型の高圧力実験においても大きな力を発揮することが期待されます。

VISAR計測用の光学系を調整する研究者たち。高感度のカメラに余計な光が入らないように細心の注意を払って実験を行う。

参考文献
Kento Katagiri, Norimasa Ozaki, Kohei Miyanishi, Nobuki Kamimura, Yuhei Umeda, Takayoshi Sano, Toshimori Sekine, and Ryosuke Kodama, Optical properties of shock-compressed diamond up to 550 GPa. Physical Review B 101, 184106 (2020). DOI: 10.1103/PhysRevB.101.184106

この記事を書いた人

片桐 健登
片桐 健登
大阪大学工学研究科 博士後期課程(D2)。文科省委託事業特任研究員。
超高圧力かつ超高温度の極限環境におけるダイヤモンドの物性評価を目的として、高強度パルスレーザーを用いた実験に取り組んでいます。