塩はなぜ「おいしい」?

ヨーロッパの民間伝承に、こんなエピソードがあるそうです。ある日父親が、「僕のことをどれぐらい好き?」と娘に尋ねました。娘が「塩と同じくらいよ」と答えたので、父親は大変気分を害しました。しかし後日、塩をまったく使わずに作った料理を食べて、娘の本当の気持ちに気付いた、というものです(ピッツバーグ大学名誉教授D. L. Ashliman博士が収集した欧州の民話集より改変引用)。説明するまでもありませんが、無塩の料理があまりに味気なかったのです。

他にも塩にまつわるエピソードは枚挙に暇がなく、私たちと塩の深く長いつきあいを想像させます。歴史的には、紀元前3000年ごろにはすでに精製塩が人類の食生活に登場していますし、日本でも縄文時代後期(紀元前1000年ごろ)から製塩が始まっています。また、ウシが岩塩の結晶を舐めに集まったり(Salt cravingという現象)、幸島のサルがイモに海水で塩味をつけて食べたり、野生動物の多くも塩を好みます。すなわち塩には、私たち人類も含めた多くの動物の本能に訴えかける魅力があるのです。

製塩技術の発達した現代では、豊かで幸福な食生活を送ることができる一方で、食塩摂取過多により多くの高血圧症患者が生み出されています。そのため、食事で摂取する塩分を減らす取り組み、つまり減塩によって国民の健康を守ることが予防医学上の喫緊の課題になっています。

塩味細胞はどのように塩味を生み出しているのか?

私たちが食べものから味を感じるとき、その感覚、つまり味覚を生み出しているのは舌に備わっている味蕾と呼ばれるセンサー器官です。この器官では、生命維持に必要な栄養素を甘味やうま味などの「おいしい味」として検出し、生命を脅かす可能性のあるもの、たとえば毒物や腐敗した食品を苦味や酸味として検出しています。

食塩(NaCl)の構成成分のひとつであるナトリウムイオン(Na+)は、血液など細胞外液の主成分であり、全身の細胞機能を支える必須栄養素であるので「おいしい味」として知覚されます。しかし、塩味を感じる科学的な仕組みは、これまでほとんど解明されていませんでした。

味蕾における味覚受容メカニズムについては世界中で多くの研究がなされてきました。すでに、5基本味のうち、塩味以外のすべての味質の受容細胞、センサー分子、細胞内情報伝達系、そして神経伝達機構が明らかとなっています。

しかし塩味に関しては、Na+を検知するセンサー分子が上皮型ナトリウムチャネル(ENaC)である、ということが30年以上前に発見されたものの、ENaCを発現する塩味受容細胞(塩味細胞)の正体は不明のままでした。さらに、塩味細胞がどのようにして塩味情報を変換し神経に伝えているのかについても、長年にわたる論争の的でしたが、明らかになっていませんでした。

今回私たちは、味蕾で塩味を作り出す細胞、およびその塩味受容の仕組みを明らかにすることができました。それでは、この塩味細胞がどのような仕組みで塩味を生み出しているのか説明していきます。

ナトリウムセンサーENaCは味細胞に電気シグナルを発生させる

塩味研究が遅れていた要因のひとつは、細胞をNa+で刺激して細胞応答を測定するのが難しいことでした。これは、Na+が正常な細胞機能の維持にも必要なため、細胞外のNa+濃度を変えることができなかったためです。そこで私たちは、あらかじめENaC阻害剤を作用させておいた細胞(=ENaCが抑制され、ENaCを介して細胞外から細胞内にNa+の流入が起こらない状態)から、阻害剤を瞬時に除去するという手法を開発しました。これにより、Na+濃度を変えずにENaCを活性化させることができるようになりました。

次に、ENaCをもつ細胞が緑色に光る遺伝子改変マウス(ENaCα-GCaMP3マウス)を作製しました。このマウスの味蕾には、緑色に光る細胞が見られます(下図A左下)。このなかに塩味細胞があると予想されるので、緑色に光る味蕾細胞一つひとつを生きたまま採取して(下図A右下)、先述の方法を用いてENaCを活性化させたときの細胞応答を解析しました。その結果、ENaCを介したNa+流入が起こったときに応答を示す細胞の記録に成功し、「活動電位」と呼ばれる電気的インパルスを記録することができました(下図B)。

(A)遺伝子改変によってENaCα発現細胞が緑色に光るマウス。味蕾にENaCα発現味細胞がある。(B)ENaC阻害剤amilorideの急速除去によるENaC活性化と細胞応答(活動電位)。

さらに、このような細胞には「CALHM1/3チャネル」というイオンチャネルが発現していることもわかりました。そこで、CALHM1を発現する細胞だけでENaCを欠損する遺伝子改変マウスを作製して調べると、このマウスでは、食塩を好む行動(嗜好性行動)や、舌と脳をつなぐ神経(味神経)の食塩に対する応答が損なわれていました。すなわち、ENaCとCALHM1を同時に発現する細胞が塩味の受容に必要であるということが明らかになりました。

塩味受容細胞で、Naセンサー分子であるENaCを欠損するマウスを用いた実験。塩味に対する応答行動を、塩味に対する嗜好性(食塩水を好んで摂取する度合い)で評価した。

塩味情報は、CALHM1/3チャネルを通じて神経に伝達される

それでは、CALHM1/3は塩味の受容においてどのような役割を果たしているのでしょうか? CALHM1/3チャネルは、活動電位に応答して細胞内から外にATPを放出させます。すなわち、塩味細胞ではATP放出を介して味神経ひいては脳に情報を伝達することが予想されました。

実際に、CALHM1/3を欠損する遺伝子改変マウスでは、塩味に対する反応が行動のレベル、味神経活動のレベルで損なわれていました。さらに、超解像顕微鏡で塩味細胞の微細な構造を観察すると、塩味細胞と味神経とが接している部分(下図、白矢印)にCALHM1/3チャネルが配置されていました。

塩味細胞の微細構造を超解像共焦点レーザー顕微鏡で撮影した写真。塩味細胞と味神経が接している部位にCALHM1が局在している(矢頭)。

これらのデータから、塩味細胞が食塩に応答して活性化する仕組みが明らかになりました。まずENaCを介して細胞内にNa+が流入すると、Na+はプラスの電荷を帯びているため、電気的インパルスが発生します。これは別のNa+チャネルによって増幅され、活動電位が生じます。この活動電位に応答したCALHM1/3チャネルが神経伝達物質ATPを放出し、味神経(舌から脳へと味覚情報を伝える神経)を活性化させることで塩味を生じさせているのです。

舌で塩味を感じるメカニズムの模式図。食事に含まれるNa+がENaCを介して塩味細胞に流入すると、細胞膜の脱分極が起こり、細胞に活動電位と呼ばれる電気シグナルが生じる。これを受けて、CALHM1/3チャネルが神経伝達物質(ATP)を放出し、味神経に情報を伝達する。

複雑な塩味感覚の解明を目指して

この研究から、ENaC非依存的な塩味受容メカニズムが存在する可能性も新たに示唆されています。ENaCを欠損したマウスは低濃度の食塩に対しては嗜好性行動を示しませんでしたが、高濃度の食塩(240 mM、480 mM)に対しては、弱いながらもまだ嗜好性行動を示したからです。

これまでは、ENaCだけが「おいしい」塩味を感じるためのセンサーであると考えられてきたため、これは予想外の結果でした。ちなみにこの食塩濃度は、ざる蕎麦のつゆや漬物の調味液と同程度と言われています。このデータは、塩の「おいしさ」をつくる仕組みがいかに多様であるかを物語っており、我々人類の複雑な塩味感覚を科学的に説明するための糸口になると考えられます。

はじめに述べたように、減塩は世界中で重要な予防医学的課題となっています。現在は、カリウムでナトリウムを代用する、他の味付けで薄味をごまかす、といった経験則に則った方法が用いられています。将来は、本研究で解明した細胞や分子を標的にした科学的かつ効果的な減塩食品の開発が加速され、「おいしい」減塩が実現することでさらなる健康長寿社会の実現につながるものと期待しています。

参考文献
All-electrical Ca2+-independent signal transduction mediates attractive sodium taste in taste buds. Nomura K*, Nakanishi M, Ishidate F, Iwata K, Taruno A*#. Neuron 106: 816-829 (2020). https://doi.org/10.1016/j.neuron.2020.03.006
*共同筆頭著者 #責任著者

この記事を書いた人

野村 憲吾, 樽野 陽幸
野村 憲吾, 樽野 陽幸
野村 憲吾(写真左)
京都府立医科大学大学院医学研究科、細胞生理学、助教。
徳島大学大学院栄養生命科学教育部で博士(栄養学)を取得後、2014年より基礎生物学研究所 統合神経生物学部門 研究員を経て、2019年より現職。

樽野 陽幸(写真右)
京都府立医科大学大学院医学研究科、細胞生理学、教授。
2007年、京都府立医科大学を卒業し医師免許を取得。同大学大学院医学研究科にて博士(医学)を取得後、2010年より米国に博士研究員として留学(ペンシルバニア大学医学部)。2013年より現所属である京都府立医科大学大学院医学研究科、細胞生理学にて助教、講師を経て、2018年より現職。2018年からJSTさきがけ研究者を兼務。