「虫こぶ」にみられる昆虫-植物の密接な関係とは?

昆虫と植物は、長い地球の歴史のなかで、お互いに利用しあいながら共進化してきました。たとえば、植物は、昆虫に花粉を運んでもらうことで効率的に受粉する方法を編み出したり、昆虫は、植物体に産卵し、植物を食料として、また、隠れ家として利用したりする方法を獲得しました。植物を食べる植食性昆虫のなかには、いもむしが植物の葉を外部から摂食するような単純なものから、アブラムシのように口針を植物に刺して師管液を吸うものなど、さまざまな摂食パターンを持つ昆虫が知られています。

さらに、進化した植食性昆虫のなかには、自身を守るシェルター兼食料となる「虫こぶ」という特殊な植物組織の誘導能を獲得した昆虫たちが存在します。虫こぶは、バクテリアやウイルスが作る腫瘍状の組織とは異なり、非常に硬い木質化した外殻構造に加えて、寄生昆虫の食料となるための柔らかいカルス化した内部構造と、それらの組織に養分を送り込むよう張り巡らされた維管束を含む複雑な構造体で、内部に昆虫が寄生しています。

ヌルデシロアブラムシがヌルデに作る虫こぶ「五倍子」の構造。リグニン化した硬い外郭構造(oe)のほか、内部には柔らかい構造(ie)と維管束構造が発達しており、内部の空洞部分にヌルデシロアブラムシ(ap)が生息している。

虫こぶの形は虫こぶ形成昆虫と寄主植物の種類によってまったく異なっており、昆虫と寄主植物の組み合わせで多種多様な形を作り出すことが知られています。このように複雑な構造を持つ虫こぶの形成には、昆虫が何らかの物質を植物に作用させて植物の形態形成ブログラムを操作することが必要であると考えられますが、その分子メカニズムついては、これまでほとんど解明が進んでいませんでした。

虫こぶ「五倍子」はヌルデシロアブラムシの生活環に不可欠

虫こぶは、タマバエや、タマバチ、フシダニ、アブラムシなどの仲間の昆虫によってさまざまな植物に作られます。私たちは、アブラムシの一種であるヌルデシロアブラムシ(Schlechtendalia chinensis)が、ウルシ科の落葉高木であるヌルデの葉の翼葉に形成する「五倍子」と呼ばれる大きな虫こぶに注目して、虫こぶ形成メカニズムの解析をスタートしました。

ヌルデの葉の基部にヌルデシロアブラムシによって作られた虫こぶ(五倍子、ヌルデミミフシ)。内部には、単為生殖で増えた個体が多数生息している。京都府立大学 大島一正博士より提供。

五倍子はタンニンを豊富に含み、古くから皮なめしや黒色染料の原料として、また江戸時代には既婚女性の習慣であったお歯黒などに用いられ、産業的に広く利用されてきました。虫こぶの形成は、毎年5月ごろに幹母と呼ばれる1匹のメス個体が、ヌルデの葉の葉脈近傍に何らかの物質を注入することで開始されます。その後、注入部分が陥没し周囲が隆起して幹母を包み込むことで、初期の虫こぶ(五倍子)ができ上がります。

初期の虫こぶ。内部には1匹の幹母が住んでいる。5月末ごろ京都にて撮影。

虫こぶの中のヌルデシロアブラムシは、幹母から始まる「胎生雌虫(たいせいしちゅう)」という雌の子を産む無性生殖によって増殖すると同時に、虫こぶは春から夏にかけて徐々に大きくなり、10月ごろに最大の大きさになります。

秋になると、虫こぶの中に翅を持つ「有翅型」が出現し、最終的にこれらが虫こぶに穴を開けて飛び出し、二次寄主であるコケ植物(チョウチンゴケ類)に移動します。そこで無性生殖で産まれた幼虫が越冬し、翌春に有翅虫となって再びヌルデに移動すると、無性生殖で雌雄の幼虫を産みます。さらに、それらが有性生殖を行って卵を産むことで、新たな幹母が生まれるという複雑な生活環を繰り返します。

ヌルデシロアブラムシによる花器官形成遺伝子のコントロール

私たちの研究グループは、次世代型シークエンサーを用いたRNAseq解析によって、初期の虫こぶ、葉、花、実で発現している遺伝子について網羅的に解析しました。その結果、初期の虫こぶでは、通常は葉で発現する光合成関連の遺伝子の発現が著しく抑制されていることがわかりました。

対照的に、細胞を初期化状態にする遺伝子、花芽や花や果実の形成遺伝子を制御する転写因子、さらに植物組織を木部化させるリグニンやスベリン合成に関与する遺伝子、などの発現が著しく上昇していることがわかりました。実際に、in situ ハイブリダイゼーション法により、頂芽のような未分化細胞を誘導する転写因子KNAT6が、虫こぶ内部のカルス化した組織で特異的に強く発現していることが明らかとなりました。

未分化組織の誘導能を持つ転写因子KNAT6が、虫こぶ内部のカルス状の柔組織で強く発現している。

これらの遺伝子は葉ではほとんど発現していないものであるため、ヌルデシロアブラムシの幹母が、何らかの形でこれらの遺伝子の発現を誘導したと考えられます。さらに、ヌルデシロアブラムシの虫体中の植物ホルモン量を調べると、植物ホルモンであるオーキシンとサイトカイニンを高濃度に蓄積していることもわかりました。

これらのことから、私たちは、「ヌルデシロアブラムシは、1. ヌルデの葉にオーキシンやサイトカイニンなどを植物体に注入するとともに、2. 細胞を初期化状態にする遺伝子の発現を上昇させてカルス状の組織を作らせ、3. その後、花芽や花や実を作る転写因子の働きを活性化させて葉に実のような器官の形成を誘導し、4. 初期の虫こぶ構造を作り出す」と結論づけました。

ヌルデシロアブラムシが何らかの誘導物質をヌルデに作用させることにより小葉基部の葉脈部分に花芽のような組織を作り出し、さらに花や実を作る遺伝子の作用を誘導することで実のようなゴール組織(虫こぶ)を作り出す。

虫こぶ形成のさらなる仕組みの解明に向けて

ただし、オーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンだけで虫こぶのような複雑な器官を誘導することは説明できず、ヌルデシロアブラムシが植物ホルモン以外の未知の誘導物質を分泌することで、植物の発生プログラムを高度に操作していることが強く示唆されました。今後、我々は昆虫由来の未知の虫こぶ形成誘導物質を同定・解析し、虫こぶ形成昆虫がどのようにして植物の遺伝子プログラムを操作しているかについて、さらなる仕組みを解明していきたいと考えています。

参考文献

Tomoko Hirano, Seisuke Kimura, Tomoaki Sakamoto, Ayaka Okamoto, Takumi Nakayama, Takakazu Matsuura, Yoko Ikeda, Seiji Takeda, Yoshihito Suzuki, Issei Ohshima and Masa H. Sato*. Reprograming of the developmental program of Rhus javanica during initial stage of gall induction by Schlechtendalia chinensis. Frontiers in Plant Science doi: 10.3389/fpls.2020.00471

*責任著者

この記事を書いた人

佐藤 雅彦, 平野 朋子
佐藤 雅彦, 平野 朋子
佐藤 雅彦(画像左)
京都府立大学大学院生命環境科学研究科 教授。
1994年 東京工業大学大学院 総合理工学研究科 生命化学専攻 修了 博士(理学)、東京大学教養学部にて日本学術振興会 特別研究員(PD)後、1996年 京都大学総合人間学部 助手、2005年 京都府立大学人間環境学部 助教授、2008年 京都府立大学大学院生命環境科学研究科 准教授、2020年より現職。高等植物のメンブレントラフィックや環境応答に関わる転写調節の研究や、最近では虫こぶ形成機構の研究など、小規模な研究室ながら興味のおもむくまま多様な研究テーマを実施しています。

平野 朋子(画像右)
京都府立大学大学院生命環境科学研究科 特任助教。
2011年 京都大学生命科学研究科博士課程修了・博士号取得(生命科学)、東京大学農学生命科学研究科特任研究員、オハイオ州立大学 Department of Genetics ポストドクトラルフェロー後、2013年 京都府立大学共同研究員、2016年より現職。高等植物のメンブレントラフィックの研究において、イノシトールリン脂質を扱う過程で根毛の形態形成に携わり、植物細胞の形態形成、虫こぶの形成機構、と研究課題が広がっています。