瀬戸内海には大小合わせておよそ3000もの島々が浮かんでいますが、その中に「鬼ヶ島」と呼ばれる島があることをご存知でしょうか? 鬼ヶ島までは、香川県の高松港からフェリーでたったの20分。正式な名称は「女木島」なのですが、鬼が住んでいたといわれる大洞窟があることから、鬼ヶ島という別名で呼ばれています。今回は、そんな鬼ヶ島で見つけた昆虫「チュウジョウムシ」(ガロアムシ目ガロアムシ科)についてご紹介したいと思います。

 

ガロアムシって?

そもそもガロアムシとは、どんな昆虫なのでしょう? ガロアムシは20世紀に入って初めて発見された昆虫で、日本で初めて発見されたのは大正時代です。日本で発見したのは、当時来日していたフランス人外交官のガロアさん。そのガロアさんにちなみ、日本ではガロアムシと呼ばれているのです。

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ガロアムシの成虫

 

主に渓流沿いのガレ場や洞窟などといった特殊な環境に生息するため、一般的には見る機会がほとんどありません。系統学的には、バッタ、シロアリ、ナナフシ、カマキリなどと近縁な昆虫で、これらはまとめて「直翅類」と呼ばれています。

日本のものはたった6種しか知られていませんが、まだまだたくさんの新種が見つかると予想されています。また、すでに知られている6種のうち2種は、2008年当時で、いずれも初めて発見されて以降、数十年間再発見されていませんでした。それが長崎県にいるイシイムシと、今回紹介するチュウジョウムシです。チュウジョウムシはその発見例の少なさから、2012年に発行された環境省レッドリストで「情報不足」に選定されています。

チュウジョウムシを含む西日本(近畿南部、四国以西)のガロアムシには、成虫幼虫ともに眼が退化しているという特徴があります。もともと日本のガロアムシは眼が退化傾向ではありますが、西日本のガロアムシの多くは地中深くや洞窟に生息しているため、眼の色素がなくなってしまっていると考えられています。こうした西日本のガロアムシは近年の採集技術の進歩によって、あちこちで発見例が増えつつありますが、標本の少なさから分類学的な研究が遅れているのが現状です。

 

見つけてみよう! チュウジョウムシ

私がチュウジョウムシを初めて知ったのは、当時大学1年生だった2008年です。チュウジョウムシは1957年に鬼ヶ島大洞窟で1匹のメス成虫が採集されているのみで、その後まったく再発見されていません。ぜひとも自分の手で再発見したい! と強く思いました。ただ当時は、どうすれば調査ができるのか、右も左もわからない大学生。一人では調査も難しいと考え、当時瀬戸内むしの会の会長をしておられた出嶋利明さんに連絡したところ、全面的に調査にご協力いただけることとなりました。ガロアムシの仲間は一般的に暑さが苦手で、特に西日本の低地では、夏になると地中深くにもぐってしまいます。冬のほうが見つかりやすいと考え、2009年2月14日(まさかのバレンタインデー!)と15日を調査日としました。

当日は出嶋さんたちとともに、女木島に移動です。やはり数十年間も見つかっていないことから、ひとまず生息地の現状把握だけでも良いかと考えていました。女木島に到着後は、観光協会の方々の案内で鬼ヶ島大洞窟に移動します。装備を整え、いざ洞窟内に入ってみると、中には鬼のモニュメントが多数配置されていました。

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洞窟内の様子。鬼の像が多数ありました

 

この洞窟は観光洞窟として使用され、入場料を払えば自由に中に入ることができます。洞窟内は、ところどころから地下水が染み出し、湿った場所の石の下には時折、クモやヤスデの仲間が見られました。一般観光客の入れない場所では、キクガシラコウモリも天井からぶら下がっています。

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洞窟内で見つかったキクガシラコウモリ

 

探索開始後しばらくして、めくった石の下から体長1cm程度の白い虫が走り出したではありませんか。幼虫ではありますが、チュウジョウムシに間違いありません。

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チュウジョウムシ幼虫。幼虫は白色〜乳白色をしています

 

震える手を抑えつつ、慎重に採集しました。その後も探索を続けましたが、後が続きません。結局この2日間の探索では幼虫3匹のみ。成虫の再発見は後日に持ち越しとなりました。しかし、幼虫を発見できただけでも十分すぎる成果です。チュウジョウムシが現在まで生き残っていたことを証明することができたのですから。

 

チュウジョウムシ、リベンジ!

2012年3月、再び女木島に向かいました。このときには、洞窟内だけではなく洞窟外でも探索を行いました。初日は洞窟外でも観察できる場所を探索しましたが、残念ながらチュウジョウムシの生息に好適な場所を見つけることはできませんでした。しかしながら、洞窟内の再調査を行うことで、なんとメス成虫を発見することができました。

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チュウジョウムシ成虫。成虫は赤茶色で、メスでは腹から産卵管が伸びています

 

先述のとおり、これまでメス成虫は1匹しか採集されておらず、しかもその標本はアメリカにあります。今回発見された成虫は、日本に存在する唯一の成虫標本となりました。ただ残念ながらオス成虫はこのときも、またこれ以降の調査でも見つけることができていません。1957年の調査を含め、これまで誰も見たことのないオス成虫の発見は、今後の課題になりました。

 

チュウジョウムシの分布と保全

2015年2月には、女木島のおよそ4km北に位置する男木島でも調査を行い、徹底的に探索したにもかかわらず、発見には至りませんでした。もちろん今後のさらなる探索によって新しい生息地が見つかる可能性は否定できませんが、現時点ではチュウジョウムシは世界中で女木島の洞窟にしか生息していないことになります(中浜ほか, 2015) 。

しかし、一連の調査で見つかったチュウジョウムシの個体数は幼虫成虫含めても10匹に満たず、決して個体数が多いとは言えません。また、チュウジョウムシを含め、洞穴内の生物が見つかった場所はいずれも地下水の染み出した湿った場所ばかりで、乾燥した場所からはほとんど見つかりませんでした。もし今後、洞窟内が何らかの理由で乾燥化が進んだ場合、洞窟からチュウジョウムシは見られなくなるかもしれません。幸い、女木島の洞窟では現在、洞穴内のライトを白熱灯からLEDに転換したおかげで、乾燥化の影響は小さくなっていると考えられます。今後もチュウジョウムシの保全と観光がうまく両立されることを心から願うばかりです。

最後に、チュウジョウムシの調査を行ううえで非常に多くの方々にご協力いただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

引用文献
中浜直之, 岡野良祐, 出嶋利明. (2015) 女木島洞窟に生息するチュウジョウムシの生息環境. 香川生物, 42: 63-66.

注意: チュウジョウムシの調査は女木島観光協会の許可を得て行っております。許可を得ない採集は重大なトラブルを引き起こす可能性がありますので十分にご注意ください。

この記事を書いた人

中浜直之
京都大学大学院農学研究科の中浜直之と申します。私は現在博士課程で、半自然草原における草原性絶滅危惧種の減少メカニズムについて研究している傍ら、日本各地で昆虫をはじめとする生物の分布調査をしております。