半自然草原の危機的状況

皆さんは「半自然草原」という言葉をご存知でしょうか? 日本のような湿潤な温帯では、草原環境に人の手が加わらず放置された場合、木本植物が侵入・生育し、いずれは森林となってしまいます (遷移)。こうした遷移の進行が火入れや草刈り、放牧などといった人間活動により妨げられ、常に草原が維持されている環境が半自然草原と呼ばれています 。

代表的な半自然草原

半自然草原は、古くから人間にとって非常に身近な存在でした。萱葺き屋根の萱、また田畑の肥料や家畜の餌としての干し草の利用のために定期的に草が刈られて遷移の進行が妨げられた結果、集落の周りには常に半自然草原が維持されてきたのです。驚くべきことに、明治大正時代には日本国内のおよそ11%が草原であったといわれています。

そうした半自然草原には、秋の七草として有名なキキョウ、オミナエシ、カワラナデシコのほか、リンドウやマツムシソウなどの美しい花々が咲き乱れています。

キキョウの花(写真左)とカワラナデシコの花(写真右)

こうした植物はお盆の時期に供えられる盆花としてよく利用されてきたことから、文化的にも非常に重要であることが知られています。

しかしながら、こうした半自然草原は現在危機的な状況にあります。高度経済成長に伴い植林や土地開発などが各地で行われた結果、多くの半自然草原が姿を消しました。現在では、半自然草原の面積は明治大正時代の1/10以下にまで減少したことが知られています。その結果、多くの半自然草原性動植物が絶滅の危機に瀕しています。秋の七草のひとつとして有名なキキョウは、環境省レッドリスト(2012) では絶滅危惧II類に選定されている現状です。

半自然草原性絶滅危惧種スズサイコを例とした、保全に適切な草刈り時期の解明

半自然草原の植物を守るためにはどのようにすればよいのでしょうか? 前述のとおり、草原環境の維持のためには草刈りや火入れといった人間による管理は必要不可欠です。では、どの時期に行えば……? 草刈りは植物の地上部を破壊してしまうのですから、不適切な時期に草刈りをしてしまった時の影響が心配です。そこで、私は草刈り時期の異なる生育地で植物の繁殖を比較することで、適切な草刈り時期について解明することにいたしました。

対象とした植物は、スズサイコというキョウチクトウ科ガガイモ亜科の多年生草本です (写真左)。本種は夜間に開花し、蛾の仲間を中心とした昆虫が花を訪れます (写真右)。主に6-8月に開花し、9-10月に果実を形成します。残念ながら、本種もほかの半自然草原性植物と同じく、草原環境の悪化とともに全国各地で個体数が急激に減少しました。具体的には、環境省レッドリスト (2012) では準絶滅危惧種に選定され、45都道府県のレッドリストに掲載されている状況です。

スズサイコの株。日中は花弁が閉じています(写真左)。スズサイコの花と、花を訪れているテンクロアツバ (蛾の仲間)。夜間は花弁が開き、多くの昆虫が訪れます(写真右)

近畿及び東海地方から、草刈り時期の異なるスズサイコ生育地15か所を調査地として選択しました。ほとんどの生育地は、草刈り時期を少なくとも10年間は変更しておりません。まず、スズサイコの繁殖状況を生育地間で比べてみました。その結果、花と果実を形成する時期 (開花結実期) である7-9月に全面的な草刈りがされていた生育地では、いずれも小さな株しか見つかりませんでした。

9月に草刈りされた後に再成長した小さな株

草刈りがされてから再成長した株なのでしょう、これでは花をつけることができません。一方で、7-9月以外の時期に草刈りされた生育地では、株自体が大きく育ち、たくさんの花を付けた痕や果実が形成されていました。

7-9月に刈り取られなかった株。大きく成長し、ひとつの大きな果実をつけています

実際にデータを比べたところ、7-9月に草刈りにされていた生育地では、花序数や果実数が大きく減少している傾向にありました (図1a)。つまり、開花結実期である7-9月の草刈りは、スズサイコの繁殖を大きく阻害していたのです。

こうした繁殖の低下が毎年続くとどういった影響が表れるのでしょうか? その影響を評価するために、各生育地のスズサイコの遺伝的多様性 (※) に注目しました。遺伝的多様性を調べるために、マイクロサテライトマーカーという遺伝マーカーを用いて、各生育地の遺伝的多様性を明らかにしました。その結果驚くべきことに、7-9月の草刈りの継続は遺伝的多様性も低下させていたのです (図1b)。どうして草刈りは繁殖だけでなく遺伝的多様性も悪化させたのでしょうか。繁殖が低下するということは、種子を生産できる親株の数が少なくなるということにつながります。つまり、多くの種子が少数の親に由来するということになりますので、種子の遺伝的多様性が低下するということになります。そうした遺伝的多様性の低い種子が毎年生産され続けると……いずれは生育地全体の株の遺伝的多様性が低下してしまうというわけです。

7-9月に草刈りが全面的に実施された生育地 (黒丸)、部分的に実施された生育地 (灰色丸) とされなかった生育地 (白丸) における(a) 花序数と果実数、(b) 遺伝的多様性。ヘテロ接合度期待値とアレリックリッチネスはそれぞれ遺伝的多様性の指標 (Nakahama et al. 2016より改変)

半自然草原性植物の保全に向けた草原管理とは?

一連の研究によって、開花結実期の草刈りはスズサイコの繁殖と遺伝的多様性に悪影響があることがわかりました。半自然草原性絶滅危惧植物 (都道府県版レッドリストのうち5都道府県以上で掲載されている草本植物) のうち、スズサイコと同様に夏から秋にかけて開花結実する種はおよそ75%にのぼります。このことから、夏から秋にかけての草刈りを避けることは、多くの半自然草原性絶滅危惧植物の保全にも応用可能であると考えられます。

それなら、もう草刈りなんかせずに放っておけば……? いいえ、草刈りをしなければいずれ森林に代わってしまうのですから、草刈りそのものは半自然草原の維持に欠かせません。それでは、具体的にどのような草原管理が適しているのでしょうか?

ひとつ目の解決策として、7-9月以外の時期に草刈りをすることが望ましいといえます。実際に、5-6月と10-11月の年に2回の草刈りを実施している生育地では、スズサイコが旺盛に生育し、また多数の果実を形成していました。しかし、7-8月は草本植物が旺盛に成長する時期でもあります。場所によっては、この時期に草刈りを全く行わないのは難しいかもしれません。そこで2つ目の解決策として、7-9月に草刈りを行う場合、部分的な刈り取りを実施することです。たとえば、全体のうちの半分だけ草刈りを行う、もしくはスズサイコをはじめ、守りたい植物のみを刈り残すだけでも十分に効果があると考えられます。

日本人にとっての原風景のひとつである半自然草原。現在は全国的に危機的な状況にありますが、意外に簡単な方法でその保全をすることができるのです。この研究成果が、少しでも多くの半自然草原性植物の保全に寄与することを願ってやみません。

最後に本研究を行う上で非常に多くの方にお世話になりました。この場を借りて、深く深く御礼申し上げます。ありがとうございました。

※遺伝的多様性とは?
同一の生物種でも個体によってDNAの構成が少しずつ異なっています (遺伝的変異)。このような遺伝的変異の大きさは遺伝的多様性と呼ばれます。多くの生物では、遺伝的多様性が減少した場合に繁殖が失敗しやすくなることが知られています。そのため、特に絶滅危惧種の保全においては遺伝的多様性の維持は非常に重要となります。

より詳しく知りたい人のために
Nakahama N, Uchida K, Ushimaru A and Isagi Y. (2016) Timing of mowing practice greatly influences reproductive success and genetic diversity in endangered semi-natural grassland plant populations. Agriculture, Ecosystems and Environment, 221:20-27.

この記事を書いた人

中浜直之
京都大学大学院農学研究科の中浜直之と申します。私は現在博士課程で、半自然草原における草原性絶滅危惧種の減少メカニズムについて研究している傍ら、日本各地で昆虫をはじめとする生物の分布調査をしております。