アカデミストは4月18日、理化学研究所 数理創造プログラム(iTHEMS)と共同でオンラインイベント「数理で読み解く科学の世界」を開催いたします。 本連載では、同イベントの講演の内容について簡単にご紹介していきます。

#1 ブラックホールに入ったリンゴはどこへ行く?
#2 ゲーム理論で学ぶ男女比の進化:学級の男女比はなぜほぼ一対一なのか?
#3 量子コンピュータって何?どう使うの?
#4 暗黒物質の色は何色? 〜見えないモノを調べる方法〜
#5 世にもふしぎな素数の世界 ~まだこんなことがわからない~
#6 人工知能に絵を書かせる方法

※編集注:以下、オンラインイベントの内容を踏まえて、2020年5月5日に加筆・修正いたしました。

クルマのナンバー、時計の文字盤、財布のなかのおこづかいの額……世の中には数字があふれています。数字は便利で、大切なものですから、昔から多くの人たちが研究してきました。その結果、いろいろ面白いことがわかっています。

人は数を数える生きもの

ひとつ実験をしましょう。好きな数字(1、2、3、……)をメモしてください。どんなに大きな数字でも、変な数字でもかまいません。メモできたら、その数字を、7個ならべて、かけ算してください。さらに、その数字から、最初の数字を引きましょう(たとえば、最初に3を選んだなら、3×3×3×3×3×3×3−3を計算)。できたら、この数字を7で割ってみましょう。どうなりましたか? きっと、割り切れたはずです。

たまたまそうなったのでしょうか? 他の数でも試してみましょう。じつは、どんな数を選んでも、計算結果は、必ず7で割り切れます! このふしぎな法則は、フランスの数学者フェルマーが380年前に発見しました(「フェルマーの小定理」といいます)。この法則で大事なのは、割り算するときに出てきた「7」が「素数」だということです。実は、フェルマーの小定理は、7の代わりにどんな素数を使っても成り立ちます。たとえば、ある数を13回かけた結果から、元の数を引くと、必ず13で割り切れます。13は素数だからです。

「数論の父」ピエール・ド・フェルマー(画像出典 https://en.wikipedia.org/wiki/Pierre_de_Fermat

素数について説明しましょう。上で考えた1、2、3……という数を、それ以外の数と区別して「自然数」といいます。2以上の自然数のうち、1とそれ自身でしか割り切れないものを「素数」といいます。たとえば、2、3、5、7、11、13、……は素数です。

どんな自然数も、6=2×3のように、素数のかけ算で表すことができます(1は素数を1回もかけていない特別な自然数と考えます)。これを、自然数の「素因数分解」といいます。世の中の物質は原子(あるいは、素粒子)という小さな粒のあつまりでできていますが、素数は自然数にとっての原子や素粒子のような存在です。ただし、素数は無限個あることが古代ギリシャの数学者ユークリッドによって証明されているので、元素の周期表のように、ひとつの表にまとめることはできません。

人類ははるか昔から素数に興味を持ち、調べてきましたが(実際、古代エジプトのパピルスにも素数についての問題が載っています)、今でもわからないことがたくさんあります。今回のオンラインイベントでは、素数にまつわるふしぎとして、いくつかの「予想」をご紹介しました。

予想とは?

数学では「正しそうに思えるが、まだ確かめられていないこと」を「予想」と呼びます。正しいことを証明できたら、予想は「定理」に変わります。予想を作って、それを証明する、というのが数学の研究の進め方(のひとつ)です。なかには、なかなか証明もできず、間違っているかどうかもわからない、手強い予想もあります。そうした予想に情熱を掻き立てられた数学者たちは、秘密を解き明かすためにさまざまな理論やテクニックを編み出してきました。良い予想は、数学という大海原のなかで方角を示す「北極星」のようなものです。遠すぎて、人間の手にはなかなか届かないところも、星に良く似ています。

3つの予想

素数に関する面白い予想はたくさんありますが、今回は、「問題は簡単に理解できるけれど、なかなか解けない」予想として、「双子素数予想」「ゴールドバッハ予想」「コラッツ予想」の3つをご紹介しました。

双子素数予想:これは「双子素数は無限個存在する」という予想です。双子素数とは、(3,5)、(5,7)、(11,13)、(17,19)、……のように、差が2の素数のペアのことです。上で述べたように、素数は無限個あることが(2000年以上前に!)わかっていますが、双子素数予想は、まだ解けていません。しかし、最近、「差が7千万以下の素数のペア」が無限個あることが証明されました(2013、張益唐)。7千万という数字は日常感覚からすれば大きいですが、そういう数字があるかどうか、それまではわかっていなかったのです。一度こういう数字が示されると、研究は一気に進むもので、現在では差は246まで縮まっています。差を2まで縮められれば、双子素数予想が解けることになります。

ゴールドバッハ予想:これは「4以上の偶数は、2つの素数の足し算で表せる」という予想です。たとえば、4=2+2、6=3+3、8=3+5、……と確かに素数の足し算になります。この予想が正しければ、次の弱いゴールドバッハ予想が成り立ちます:「5以上の奇数は3つ以下の素数の足し算で表せる」。実際、5は素数なのでOKですし、7以上の奇数=4以上の偶数+3なので、ゴールドバッハ予想から確かに従います。弱いゴールドバッハ予想は、2013年にハラルド・ヘルフゴット氏により解決されましたが、本丸のゴールドバッハ予想は未解決です。

コラッツ予想:これは、「自然数に《偶数なら2で割り、奇数なら3倍して1を足す》という操作を繰り返すと、かならずどこかで1になる」という予想です。たとえば14からスタートすると、

14→7→22→11→34→17→52→26→13→40→20→10→5→16→8→4→2→1

となります。コンピュータを使って20桁程度の数までは確認されていますが、解決に有効なアイディアはまだ、見つかっていないようです。

少しはわかった数の不思議

歯がたたないと思われていた予想が解けることもあります。なかでも有名なのは「フェルマー予想」でしょう。直角三角形の3辺の長さのあいだにはa2+b2=c2という関係がありますが、a,b,cが自然数になるような場合はどれくらいあるでしょうか? 答えは無限にあります(確かめてみよう!)。では、この式を少し変えて、a3+b3=c3とかa4+b4=c4という式を考えたら、どうなるでしょうか? 実は、これらの式を満たす自然数a,b,cは存在しません。それどころか、a5+b5=c5、a6+b6=c6、a7+b7=c7、……と指数を増やしても、やはり自然数の解はないのです。

このことに気づいたフェルマーは、本の余白に「私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる」という有名な言葉を残しました。その後、多くの数学者が証明を「再現」しようと試み、散って行きました。最終的に1995年、アンドリュー・ワイルズが証明を完成させるまで、実に360年もの時間が必要でした。

解決の方法は次のとおりです。20世紀後半に開発された数論幾何という理論を使うと、フェルマー予想は楕円曲線と呼ばれる図形に関する問題に変換されます。すると、フェルマー予想を解くためには谷山-志村予想を解けば良いことがわかります。この予想は、大雑把に述べれば「楕円曲線は良いパラメータ付けを持つ」というものです。円が三角関数によるパラメータ付けを持つように、楕円曲線は保型形式という良い関数でパラメータ付けられるのではないか、というのです。ワイルズは谷山-志村予想が(部分的に)正しいということを示し、フェルマー予想を解決しました。数論幾何は、いまでも数の研究の最前線で活躍しています。

暮らしに役立つ素数

最後に、素数は私たちの生活に役立っていることをお話ししました。皆さんがインターネットで買い物をするときに送信する、クレジットカード番号や住所といった「秘密の情報」は、どのように守られているのでしょうか? コンピュータが処理する情報は、煎じ詰めれば数字の列、つまり自然数ですから、情報を安全に送る=秘密の自然数を安全に送る、と言い換えられます。実は、素数の性質をうまく用いることで、RSA暗号という、現在でも広く使われている暗号が作れます。紙幅の関係でここでは詳細を割愛せざるを得ませんが、ポイントは「素因数分解の困難性」です。2つの大きな素数を掛け算することは(電卓があれば)誰でもできますが、掛け算した結果から元の2つの素数を見つけることはスーパーコンピュータでも何年もかかります。このことを「素因数分解の困難性」といいます。

RSA暗号では、素因数分解の困難性を利用して、暗号の安全性を保証します。さらに面白いことに、暗号を受け取った人が内容を復元するとき、フェルマーの小定理が必要になります。自分の発見が数百年後の人々の暮らしを支えていると知ったら、フェルマーも驚くことでしょう。現在の素数の研究が、未来ではどう使われているのか、想像してみるのも面白いですね。

わたしたちの暮らしを支える素数

おすすめの本

・遠山啓『数学入門(上下)』(岩波新書)
みんなに読んでほしい名著。数とは何か?から微分積分まで。これを読んで数学者になった人もいるとか。

・高木貞治『近世数学史談』岩波文庫→共立出版)
第1回フィールズ賞選考委員にもなった一流数学者が語る数学者列伝。 数学面白話を集めた「数学小景」もおすすめ。

・小平邦彦『怠け数学者の記』(岩波現代文庫)
日本初のフィールズ賞受賞者のエッセイ。 エッセイは他にもいろいろあってどれも面白い。

・伊原康隆『志学・数学』(シュプリンガー数学クラブ)
数学研究はどのようにするのか。 数学者どうしのコミュニケーションとは。

・サイモン・シン『フェルマーの最終定理』(新潮文庫)
フェルマー予想が解けるまでの物語。 360年ごしのクライマックスは感動必至。

iTHEMS × academist オンラインイベント「数理で読み解く科学の世界」

iTHEMSでは「数学」を共通言語として、物理、生物、宇宙などさまざまな科学分野の横断的な研究をしています。オンラインイベント「数理で読み解く科学の世界」では、Web会議サービス「Zoom」を利用し、iTHEMS所属の若手研究者6名が最先端の研究に関する30分の講演をオンラインで行います。講演後も研究者たちと話せる時間がたっぷりありますので当日はぜひ、たくさんの疑問・質問を投げかけてみてください。

【イベント詳細】
日時:2020年4月18日(土)10:00〜17:00
場所:Web会議サービス「Zoom」(申込者に事前に招待URLをお伝えいたします)
参加費:無料
対象者:どなたでもご参加いただけます
お申し込み・特設サイトURL: https://www.ithems.academist-cf.com/

【講演者および発表タイトル】
横倉祐貴 「ブラックホールに入ったリンゴはどこへ行く?」
入谷亮介 「ゲーム理論で学ぶ男女比の進化:学級の男女比はなぜほぼ一対一なのか?」
入江広隆 「量子コンピュータって何?どう使うの?」
廣島渚「暗黒物質の色は何色?ー見えないモノを調べる方法ー」
宮﨑弘安 「世にもふしぎな素数の世界 ~まだこんなことがわからない~」
田中章詞 「人工知能に絵を書かせる方法」

この記事を書いた人

宮﨑 弘安
宮﨑 弘安
理化学研究所iTHEMS基礎科学特別研究員。東京大学理学部数学科を卒業後、東京大学大学院数理科学研究科数理科学専攻へ進学。修士・博士課程終了後は理化学研究所iTHES特別研究員、パリVI大学博士研究員(パリ数理科学財団フェロー)を経て現職。整数の問題を幾何的な手法で調べる数論幾何、特にモチーフ理論が専門。珈琲の質とひらめきの質には深い相関があると信じている。昔からの趣味は飲み会。新しい趣味はオンライン飲み会。