アカデミストは4月18日、理化学研究所 数理創造プログラム(iTHEMS)と共同でオンラインイベント「数理で読み解く科学の世界」を開催いたします。 本連載では、同イベントの講演の内容について簡単にご紹介していきます。

#1 ブラックホールに入ったリンゴはどこへ行く?
#2 ゲーム理論で学ぶ男女比の進化:学級の男女比はなぜほぼ一対一なのか?
#3 量子コンピュータって何?どう使うの?
#4 暗黒物質の色は何色? 〜見えないモノを調べる方法〜
#5 世にもふしぎな素数の世界 ~まだこんなことがわからない~
#6 人工知能に絵を書かせる方法

朝、学校へ行くと、クラスでは出席がとられます。数えてみると、男の子と女の子が30人ずつくらい、います。他のクラスもだいたい同じくらいですね。気にしたことがない、アタリマエのことかも知れません。おうちに帰って、総務省統計局のウェブサイト「人口統計」で調べてみても、この1:1の様子はわかります。外に出て、川で昆虫を捕まえてみます。オスとメスを数えてみると、例外はあるけれど、身近な生物のオスとメスは、だいたい半々、つまり1:1で見つけられます。実は、オスメスの「性比(せいひ)」が、1:1である生き物はたくさんいます。これはどうしてでしょうか? 特に、性比が1:1であることは、生物の進化という意味で、どのような「意味」があるのでしょう?

そもそも生物は、「たくさん子どもを残せた個体の遺伝子が生き残る」という自然淘汰の法則のなかで生きています(法則といっても、人間が決めるルールではありません)。残せた子どもの数の多さ・少なさで、「有利・不利」を、(人間ではなく)自然淘汰の法則が「判定」するのです。ということは、生きものが1:1の性比を持っているという背景には、その生きものがたくさんの子どもを残すうえで有利であったという意義が、あるに違いありません。ここで、自然淘汰の法則による有利不利の判定基準が、「残せた子どもの数」という数字であることに目をつけます。すると、数式を用いて定式化できれば、有利不利の判定基準、すなわち自然淘汰の法則を理解できるのではないでしょうか?

考えてみると、日常も、「有利不利」、あるいは「損得」で満ちあふれています。たとえば、ポケモンバトルでの勝負、すなわち有利不利(あるいは、勝ち負け)においては、相性や、自分と相手の作戦(戦略)も重要です。おにごっこの前に鬼を決めるじゃんけんをするとき、相手が常にチョキを出す人なら、自分はグーを出す作戦が有利です。おにごっこが始まれば、鬼はどう追いかけるか、鬼からはどう逃げるか、によって勝敗が決まります。また、人間の社会では、他社の投資作戦に従って、自社の投資作戦を変更することで、会社の損得が決まります。会社帰りのスーパーのレジで、どの列に並ぶと(はやく会計を済ませるうえで)有利かが決まります。このように、「相手の作戦と、自分の作戦によって、有利不利が判定される状況」を、「ゲーム」と言い、ゲーム状況を数式化し、有利不利を立式化するための考え方を、「ゲーム理論」と言います。自然淘汰の法則も、ゲーム理論によって、定式化できるかもしれません。

ふつう想像する「ゲーム」。友達と2人で、作戦をたてて実行して、勝負する

この講演では、性比が1:1であるという、一見するとアタリマエな現象を、自然淘汰の法則に基づいたゲーム理論を用いて理解する方法を、ご紹介します。まずは、自然淘汰の基本的な考え方、ゲーム理論の考え方と具体例を、それぞれご紹介します。そしてゲーム理論を用いて1:1性比を説明する考え方を解説します。広大な自然界が提供する、ゲーム理論の世界へ、皆さんをご招待します。この話を聞いたあとでは、ありふれた生物の性質を見る目が少し変わっているかもしれません。


※編集注:以下、オンラインイベントの内容を踏まえて、2020年4月29日に追記いたしました。

改めまして、4月18日は、公開講演『数理で読み解く科学の世界』を聴いてくださって、ありがとうございました。私は、男女比の進化についてお話をしましたが、たくさんの好意的なレスポンスや、質問を頂きました。本当にありがとうございます。すべての疑問にお答えすることはできませんが、私自身が、質問をピックアップし、この場をお借りしてお答えしていこうと思います。回答に関連し、より詳細な説明を、今後わたし自身のblogにて順次公開していこうと考えております。

以下、[]内は、入谷による、編集(誤植の修正や削除)を表わします。また、本内容には、幾人かの方のお名前が含まれますが、すべて私、入谷亮介がその文責を負うところにあります。

Q. 先天的な因子と後天的な因子とはどちらが強く影響しますか?
A. 先天的な因子と後天的な因子がどれくらい相対的に影響が大きいか、を測るのに、「遺伝率」という概念があります。どちらが強く影響するかは、注目する性質によって大きく異なります。

Q. 遺伝子のスイッチなどの[こと]も考えるとどのくらいの特徴が遺伝するんですか。
A. これはとても難しい問題で、さまざまな角度から答えることが可能です。「どのくらいの特徴」という「数え方」を、どうやって定義しましょう? たとえば身長や体重は、重要な特徴(性質)の「ふたつ」なのは間違いありません。しかし、身長と体重は、正の相関を示します(身長が平均より高い人たちの平均体重は、身長が平均より低い人たちの平均体重よりも高い傾向がある)。そうなると、「身長」と「体重」を、独立した「ふたつ」の性質として数えることは、妥当でなくなります。なぜなら、身長と体重の値は独立した値をとらないためです。よって、この質問に答えるためには、「特徴」そのものをいかに捉えるかという考え方(モジュラリティ、遺伝相関、形質連関、といった概念)が必要です。

Q. 自然淘汰と弱肉強食は一緒? ちがう?
Q. なぜこの世界は人間以外の生物がいると思いますか? 人間が1番有利で、人間と資源さえあればいいと思いませんか?
A. ともに、ちがいます。まず、弱肉強食という表現は、(1)事実判断としての「自然淘汰というプロセス」の一部を切り取り、(2)「強弱」という、価値判断で形容したものです。優劣や強弱ではなく、「たくさん子どもを残したかどうか」が基準となって、自然淘汰の法則は作用します。また、人間以外の生物のほうが先に存在していたこと、そして、人間以外の生物がいない世界が誕生したとして、そのような世界では人間は生きていくことができない(たとえば、植物がいないと、酸素もエネルギーも得ることはできません)ので、「人間以外の生物」が存在しない世界には、我々人間は存在し得ない、と私は思います。最後に、「人間が一番有利である」と私は考えません。資源は、他の生物由来でないと獲得することはできないからです。さまざまなバランスが働いて、すこしずつ地球の生物たちから「恩恵」を受けて始めて、生きることができます。よって、いかに我々の社会を、他の生物たちと生きていくという前提のなかで持続させていくか、というのは生物学における非常に重要な課題です。

Q. 人間は、これから、どのように進化していくと思いますか?
Q. 今でも進化するんですか
Q. 自然淘汰における人間にとっての有利不利ってなんですか?
A. 私は、人間に作用する自然淘汰の力は、現代では過去に比べて弱くなっていると考えています。遺伝的な違いに伴う残せる子どもの数の差が、大きくないためです(医療を始め、遺伝的な原因で子どもを残しにくい人でも子どもを持てるよう、社会がカバーすることが可能であるため)。また、自然淘汰が作用する対象としての人に、有利不利という基準を持ち出すことは、慎重でなくてはなりません。我々には最も尊重すべき、「人権」があるからです。人間と人間(ないし、どんな生物)の間に、優劣関係はありません。ただ、数理モデルで考えたときに、「残せる子どもの数の大小」という、「有利不利」が、事実判断として、存在するということです。私の講演では、そこが不正確であったかも知れません。すみません。

Q. 変化すべき性質のもとになる遺伝子が準備されているのでしょうか?
Q. 最初の話なのですが、進化する上で首の長いキリンが、首の長さが短いキリンから生まれることはないのですか?(突然変異のようなもの)それは進化と呼びますか?
A. 準備されている、というのは、もともとそのような遺伝子を持っている、という意味でしょうか? もしそうなら、その場合もあります。しかし、新しい性質は概ね、親から子に遺伝子が伝えられるときに確率的に生じる突然変異によって実現する、というのが現代の生物学の立場です。より正確には、親から子へ遺伝子が伝わるとき、親は遺伝子という「物質」を伝えるわけではなく、親の遺伝子が複製(コピー)され、それがとある仕組みで読み込まれ、子どもに貼り付けられる(ペースト)、というプロセスを経ます(くわしくは高校の生物学で習います)。この「コピペ」のプロセスにおいて、ランダムなエラーが起こることがあります。そのエラーを突然変異と呼ぶのです。そして突然変異によって遺伝子の違いがもたらされる、ということです。このことからも、生まれてから生きている間に起きた変化には、遺伝子には(基本的には)情報として残らないので、後天的に獲得した性質は遺伝しないことがわかります。ですので、首の長いキリンは、もともとは(違いは小さかったと考えられるが)首の(ちょっと)短いキリンからの突然変異で生じた、ということです。そして突然変異による性質の変化も、遺伝子の違いが生じているので、進化と呼ばれます。

Q. 木村資生さんの「中立説」という言葉を聞いたことがあるんですが、これはどういうものなんでしょうか?
A. 自然淘汰の考え方は、(1)「遺伝子の違い」が「性質の違い」をもたらし、さらに(2)「性質の違い」が「残した子供の数の違い」をもたらすというロジックでした。一方、遺伝子の違いが性質の違いをもたらすとは限らないし、性質の違いが残した子供の数の違いをもたらすとも、限りません。このように、遺伝子が違っても性質が違わない、そして性質が違っても残せる子どもの数は違わない、という状況は、「中立的」と呼ばれます。

Q. オス市場ならばX+Yの産んだオスの数が分母にくるのでは?
Q. 分母全体数ならX+Yになりませんか?
A. するどい!!!! 私の説明不足でした。すみません。私の講演のなかでは言及することを完全に忘れてしまっていましたが、注目する個体の性比Xに対して、性比Yを持つ他者は、たくさんいます。ですので、「オス市場」における分母は、X +(とても大きな数 N)×Y となり、Nを充分大きくとる(これを言及しわすれましたね)ことで、分母はYに比例する項であると近似できる、ということです。これはblogで詳しく述べますね。ご指摘ありがとうございました。

Q. 子供を生む個体は集団全体をどうやって把握しているのでしょうか?
Q. 属する集団によってオス・メスの産み分けが可能なのでしょうか。
Q. 進化は「遺伝子を通じて親から子に伝わる」ということでしたが、1:1の性比になるという流れは「ある集団」の情報が必要なんでしょうか?そんな情報は取得できない気がするのですが。

A. まず、講演のなかでも述べたように、進化において、生物が情報を把握・取得しているわけではありません。ただ、注目している遺伝子が生まれた条件次第で、「有利・不利」が自然淘汰の法則によって、つまり原理として、決まる、ということです。空中に投げたボールはいつか落ちますが、それはボールが「自分は浮いている」と認知したわけではないのと同じです。ただし、ややこしいことに、環境次第で、(同じ遺伝子をもっていても)性質が変化する生物もたくさんいます(ヒトもそうです;「表現型可塑性」と言います)。それも、「取得」「把握」というよりも、環境から与えられた刺激が、何らかの形(いわゆる「五感」)で取り込まれ、性質変化に反映される、という流れです。性比の場合も同様で、環境次第で異なる性比を産む生物も確認されていますが、それは「意志」ではなく、「表現型可塑性」であると考えられています。

Q. シミュレーションの最小単位を(個体群ではなく)個体にする理由はあるのでしょうか。個体群が生き残るように自然淘汰が掛かることはないのでしょうか。
A. うーむ、面白い。ご質問のとおり、「個体」にした理由は、淘汰が個体の持つ遺伝子に作用するという理由からです。突然変異の質問でも回答をしましたが、突然変異は、親から子への遺伝子のコピペの途中で起こります。突然変異でもたらされた違いは、エラーを経験した個体にのみ反映されるわけですから、自然淘汰の法則は、その「突然変異個体」の「有利・不利」を判定するのです。いっぽうで、突然変異個体は、たとえちょっと不利であっても、偶然(あるいは「ほぼ中立的に」)生き残り、子どもを残すという可能性もあります。そうすると、突然変異個体からの「コピペ」がさらに、子どもたちとして、生まれてくることになります。もし、そうした突然変異個体たちが、地域的に密集し、なんらかの相互作用を持った場合、ゲーム理論的に考えると、注目する個体の性質は、祖先を共有するがために「似ている」可能性があります。こうした場合、自然淘汰は個体群(地域)レベルで作用することもあり、生物学ではそれを、「血縁淘汰」と呼びます。

Q. 血縁淘汰の起きている巣内にオスを追加していったら蟻の振る舞いは変わるのでしょうか?
A. 非常に面白い!その可能性はありますね。ぜひ、取り組んでみて下さい。

Q. 種と、個体差地域差?の違いってどこで区切っているのですか。
A. これは、非常に非常に深淵で重要な問題です。「種」をどうやって定義するか、という問題とも関連しています。しかし残念ながら、私が正確な言葉でお答えする自信はありません。もし更に興味があれば、『なぜ・どうして種の数は増えるのか―ガラパゴスのダーウィンフィンチ』、そして私の友人でありacademistでクラウドファンディングを取り組まれていました岡西政典 博士著『新種の発見–見つけ、名づけ、系統づける動物分類学』という本で、勉強されてみてください!

Q. 入谷さんの著書はあるんですか?
A. まだありません。ぜひ書いてみたいですね。

iTHEMS × academist オンラインイベント「数理で読み解く科学の世界」

iTHEMSでは「数学」を共通言語として、物理、生物、宇宙などさまざまな科学分野の横断的な研究をしています。オンラインイベント「数理で読み解く科学の世界」では、Web会議サービス「Zoom」を利用し、iTHEMS所属の若手研究者6名が最先端の研究に関する30分の講演をオンラインで行います。講演後も研究者たちと話せる時間がたっぷりありますので当日はぜひ、たくさんの疑問・質問を投げかけてみてください。

【イベント詳細】
日時:2020年4月18日(土)10:00〜17:00
場所:Web会議サービス「Zoom」(申込者に事前に招待URLをお伝えいたします)
参加費:無料
対象者:どなたでもご参加いただけます
お申し込み・特設サイトURL: https://www.ithems.academist-cf.com/

【講演者および発表タイトル】
横倉祐貴 「ブラックホールに入ったリンゴはどこへ行く?」
入谷亮介 「ゲーム理論で学ぶ男女比の進化:学級の男女比はなぜほぼ一対一なのか?」
入江広隆 「量子コンピュータって何?どう使うの?」
廣島渚「暗黒物質の色は何色?ー見えないモノを調べる方法ー」
宮﨑弘安 「世にもふしぎな素数の世界 ~まだこんなことがわからない~」
田中章詞 「人工知能に絵を書かせる方法」

この記事を書いた人

入谷亮介
入谷亮介
理化学研究所・数理創造プログラム・研究員
2016年3月、九州大学大学院・システム生命科学府・一貫制博士課程修了。博士(理学)。同大学研究員、カリフォルニア大学バークレー校(英国・エクセター大からの派遣)研究員を経て、2019年3月から現職。生物の行動・性質の適応的な意義や、多種の生物が共存する理由を、数理モデルを用いて解明することを目指す。研究対象は、生物の性比・社会行動・移動分散・ゲノム拮抗・多種共存・植物の繁殖生態学、感染症の進化・宿主行動の操作。生き物(とくに昆虫・花)、数学、音楽・映画・漫画・アニメ鑑賞、サッカー、どうぶつしょうぎ、フォント収集が趣味。