アカデミストは4月18日、理化学研究所 数理創造プログラム(iTHEMS)と共同でオンラインイベント「数理で読み解く科学の世界」を開催いたします。 本連載では、同イベントの講演の内容について簡単にご紹介していきます。

#1 ブラックホールに入ったリンゴはどこへ行く?
#2 ゲーム理論で学ぶ男女比の進化:学級の男女比はなぜほぼ一対一なのか?
#3 量子コンピュータって何?どう使うの?
#4 暗黒物質の色は何色? 〜見えないモノを調べる方法〜
#5 世にもふしぎな素数の世界 ~まだこんなことがわからない~
#6 人工知能に絵を書かせる方法

※編集注:以下、オンラインイベントの内容を踏まえて、2020年4月29日に加筆・修正いたしました。

「風の絵の具は何色?」というフレーズが私の大好きな曲のなかにあります。この世界のこと、何でもわかっているつもりかもしれないけれど、本当にそうなの? と問いかける歌です。果たして私たちはこの世界のことをどれだけよくわかっているのでしょうか?

この世界を支配する法則やその成り立ちを説明するのが物理学です。周りを見渡すといろいろなものがあります。私たちは地球の上にいて、毎日太陽からエネルギーをもらって生きています。風も感じます。夜空を見上げれば星々やその集まりである銀河などが見えます。よく知っている日常の風景です。私たちの周りは一見すると “見えるモノ”で満たされていて、これらについては物理学で上手に説明することができます。

ところが、物理学の進展により驚くべきひとつの事実:これらの“見えるモノ”が宇宙のエネルギー密度に占める割合はたったの5%であり、“見えないモノ”である暗黒物質が約25%、暗黒エネルギーが約70%であることが明らかになりました。つまり、この世界はまだよくわからないことだらけということです。私たちがこの世界のことをもう少しよく知るためには、宇宙の“暗黒”な部分について知ることが必要です。

さて本題である、「暗黒物質の色は何色?」という疑問について考えてみましょう。

ごく大雑把に、モノが見えるということは目が光子を捉えるということで、色はその波長に対応します。そして、色を認識する過程では目の組織と光子が衝突=“相互作用” しています。すなわち「暗黒物質の色は何色?」という問いに答えるためにはその“相互作用”を知る必要があります。逆に言えば、相互作用がわかれば “見えないモノ”、暗黒物質の性質がわかったことになり、この世界の“見えるモノ”を色・大きさ・匂いなどで特徴付けるように暗黒物質を特徴付けることができるようになるわけです。

「暗⿊物質をわかりたい!」という動機付けのもと、重⼒以外にさまざまな相互作⽤をもつ可能性(モデルと⾔います)が考えられています。ある種の新粒⼦(Weakly Interacting Massive Particle, 略してWIMP)が暗⿊物質である場合を具体例として、その調べ⽅を考えてみます。以下の模式図でこの種の暗⿊物質を調べる3つの⼿法を⽰しました。

暗黒物質の性質を決めるための3つの戦略を表す模式図。図中の3つの⽮印がそれぞれ本⽂中の戦略1、2、3に対応し、中⼼のハテナが探したい“相互作⽤”をあらわしている。

まず、相互作⽤があればモノと暗⿊物質が衝突できるはずです。宇宙の中の⾒えるモノの構造はすべて、暗⿊物質粒⼦が集まってできた⼤きな構造の中に埋め込まれています。実は地球付近にも暗⿊物質があって⽇々降り注いでいるのです。これらの暗⿊物質粒⼦とモノの衝突を測定するのが「直接探査」とよばれる⼿法です。測定する衝突現象はモノ同⼠の衝突、既に測られている衝突現象よりもずっと⾒つけにくいものです。今のところこの衝突を確かめた実験はなく、反応率、すなわち相互作⽤の強さには上限のみが得られています。

より暗⿊物質が沢⼭ある環境では衝突頻度も⾼いと期待できるので、たとえば銀河中⼼など地球付近よりも暗⿊物質の濃い場所での反応を探す⼿法もあります。これが2つ⽬の⼿法で、暗⿊物質どうしの衝突でつくられた“モノ”粒⼦を観測しているため「間接探査」などと呼ばれます。間接探査ではどこを探すべきか・⽣成したモノ粒⼦どうしは地球付近に届くまでにどう反応するかなど、暗⿊物質について正しく理解するために解決しておくべき課題がまだまだ沢⼭あります。私は主にこの⼿法に⼒を⼊れていて、具体的には暗⿊物質同⼠の反応地点における暗⿊物質の空間分布について検証したりしています。間接探査では直接探査よりも重たい暗⿊物質粒⼦まで探せるのですが、やはり証拠は⾒つかっておらず、相互作⽤の強さには上限のみが得られています。

3つ⽬の⼿法は間接探査の逆反応に相当するもので、「加速器実験」で新粒⼦を作ってしまおうという試みです。モノ粒⼦同⼠の衝突で作られるモノの量や割合などはこれまでの物理学でわかっているので、その理解が通⽤しない新現象を探します。上述の2⼿法と⽐較してこれまでの知識の及ぶ範囲が広い点が強みです。その⼀⽅で、⾒つかった新現象を宇宙の暗⿊物質と対応づけるステップが必要であり、また、得られた実験結果にはさまざまな解釈があり得るのでその詳細な場合分けおよび検討が必要であるなど別の難しさがあります。

どの⼿法にもそれぞれの強みと弱みがありすべてを組み合わせて調べていくことがとても重要です。これまでの努⼒で得られている成果の例は(あくまでも1例であることを強調しておきます)が Charles et al., 2016(https://arxiv.org/abs/1605.02016)などでは示されています。私たちがわかったのは、「この種の暗黒物質の相互作用は現在の最新技術を駆使しても検出できないくらい小さい」ということです。暗黒物質が未だ“見えないモノ”であるという事実それ自体が暗黒物質の性質をを少しだけわかったということを意味しているのです。

今はまだ、暗黒物質が重力以外の“相互作用”をしている証拠は検出されていません。なので「暗黒物質の色は何色?」という問いの答えを私たちはまだ知りません。世界中の研究者が、さまざまな手段を駆使して日々精力的に探しています。暗黒物質が“見えるモノ”になる日はそう遠くないのかもしれません。

iTHEMS × academist オンラインイベント「数理で読み解く科学の世界」

iTHEMSでは「数学」を共通言語として、物理、生物、宇宙などさまざまな科学分野の横断的な研究をしています。オンラインイベント「数理で読み解く科学の世界」では、Web会議サービス「Zoom」を利用し、iTHEMS所属の若手研究者6名が最先端の研究に関する30分の講演をオンラインで行います。講演後も研究者たちと話せる時間がたっぷりありますので当日はぜひ、たくさんの疑問・質問を投げかけてみてください。

【イベント詳細】
日時:2020年4月18日(土)10:00〜17:00
場所:Web会議サービス「Zoom」(申込者に事前に招待URLをお伝えいたします)
参加費:無料
対象者:どなたでもご参加いただけます
お申し込み・特設サイトURL: https://www.ithems.academist-cf.com/

【講演者および発表タイトル】
横倉祐貴 「ブラックホールに入ったリンゴはどこへ行く?」
入谷亮介 「ゲーム理論で学ぶ男女比の進化:学級の男女比はなぜほぼ一対一なのか?」
入江広隆 「量子コンピュータって何?どう使うの?」
廣島渚「暗黒物質の色は何色?ー見えないモノを調べる方法ー」
宮﨑弘安 「世にもふしぎな素数の世界 ~まだこんなことがわからない~」
田中章詞 「人工知能に絵を書かせる方法」

この記事を書いた人

廣島渚
廣島渚
富山大学学術研究部理学系助教、理化学研究所iTHEMS客員研究員。京都大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻へ進学。修士・博士課程修了後は理化学研究所iTHEMS特別研究員を経て現職。高エネルギー宇宙物理学に広く興味を持ち、現在の研究の重心は暗黒物質の特に間接探査。理論から観測までを結ぶ研究がしたい。2020年8月にはiTHEMS ダークマターワーキンググループを立ち上げ、包括的な暗黒物質の理解を目指す活動を開始。趣味は音楽と体を動かすこと。人との議論がエネルギー源なので新型コロナウイルスは天敵。