遺跡からは、数百年からときには数百万年もの長い時間を経た、さまざまなモノが発掘されます。そうした昔のモノには、DNAやタンパク質などの古代分子が意外にも残っていることが、最近の研究によって明らかにされつつあります。ここで紹介するのは、最先端の分析によってどこまで微量の古代分子を検出できるか、という限界を押し広げた研究事例です。生後2週間で死亡した1000年以上昔の仔犬の骨から、驚くべきことに、死亡直前に摂取した母犬の乳に由来すると考えられるタンパク質が検出できたのです。

イメージ画像(東京都文京区の牛天神・北野神社にて撮影)
イメージ画像(東京都文京区の牛天神・北野神社にて撮影)

古代分子の研究の発展

遺跡から発掘された昔のもの(遺物)を最先端の手法で分析することによって、当時生きていた人びとのことやその生活環境を明らかにできます。近年そうした研究が大きく発展しています。古代ゲノミクスはそうした発展の最たるものでしょう。古人骨から解読されたゲノム情報から、その人たちが何千〜何万年前にどのようなところで進化したり暮らしてきたのかということが、世界中のさまざまな集団で明らかにされています。微量のDNAはいろいろな遺物から検出され得ることもわかっています。古代のチューイングガムやタバコのパイプから持ち主のDNAが抽出されたり、土壌に含まれる古代環境DNAから当時の植物相・動物相が明らかにされたり、古人骨にくっついた歯石からその人の食べ物が推定されたりもしています。

そうしたなかで、遺物に存在する古代のタンパク質を網羅的に分析する手法(古代プロテオミクス)が注目を集めはじめています。生物や組織によって存在するタンパク質は異なるため、遺物に含まれる古代タンパク質を検出し同定すれば、その生物種、由来する組織、その個体の健康状態などを明らかにできます。さらに、一部のタンパク質はDNAよりもずっと残りが良いため、DNAが検出されなかった遺物でもタンパク質は検出されるケースがよくあります。こうした特徴を利用して、遺跡から発掘された正体不明のかたまりの同定(チーズやパンなどと判明)、ミイラの健康診断、チベットに生息していたデニソワ人の発見などがなされています。

ここでは、1000年以上昔の北海道の遺跡から発掘された生後2週間の仔犬の骨を古代プロテオミクス分析したところ、死亡直前に摂取した母犬の乳に由来すると考えられるタンパク質が検出されたという研究について紹介します。

ところで、ちょっと専門的な話になってしまいますが、古代プロテオミクスの研究が可能になった背景には、高感度の質量分析計の開発と、ゲノム情報の爆発的な拡充があります。質量分析を用いた最新の手法では、より微量のタンパク質でも検出でき、間違いが少なく、検出したいタンパク質を事前に設定せずに網羅的な同定が可能です。これまで用いられてきた免疫学的な手法は、そうした点で最新の手法に劣ります。質量分析を利用したプロテオミクスでは、ゲノム情報からタンパク質のアミノ酸配列を得てデータベースをつくり、質量分析の結果をこのデータベースに照らし合わせてタンパク質を同定します。

仔犬の骨の発掘の経緯

2017年8月、私は北海道・礼文島の浜中2遺跡にて、発掘調査に参加していました。海洋狩猟採集民のオホーツク文化・刻文期に相当する約1000〜1500年前の地層を発掘していたときのこと、小さな犬の骨がばらばらと出てきました。一箇所にある程度まとまっているものの、1cmの長さにも満たない小さな骨も多く、まわりの土ごと取り上げて、室内でこまかく確認することになりました。

室内で確認していると、頭蓋骨と思われる骨の内側に、まわりの土とは質感の違うやわらかいものがくっついてるのを発見しました。そのとき私は、これは脳みそなのではないかと考えました。考古遺跡から脳みそが発見される事例は意外にもいくつかあり、礼文島の冷涼な気候を考えると、そうした軟部組織が残っていたとしても不思議ではありません。頭蓋骨とそこにくっついていた脳みそと思われるかたまり、そしてほかに肋骨や背骨などをいくつか選んで冷凍しておき、将来の研究に備えました。

なおその後、共同研究者により、この仔犬は生後2週間程度で亡くなったと推定されました。幸いに上顎の骨も発掘できており、歯がどれだけ生えているかを見ることで、死亡週齢をかなり正確に推定できたのです。

「脳みそ」(左)と仔犬の骨の破片(右)

デンマークで古代プロテオミクス分析を実施

この仔犬の骨と一緒に発掘された「脳みそ」が本当に脳みそなのかは、古代プロテオミクス分析によって明らかにできます。脳に存在する特徴的なタンパク質が検出されれば、このサンプルが脳であると結論できます。考古遺物にプロテオミクス分析を適用している研究室の数は世界的にも多くはありませんが、そうした数少ない研究室のひとつがデンマークのコペンハーゲン大学にあります。その研究室に連絡をとり、共同研究のひとつとして分析させてもらえないか相談し、承諾を得て、海外渡航のための予算をもとに、2018年のはじめに分析をしてきました。

これが本当に脳みそなのであれば、隣接した頭蓋骨からもそのタンパク質が検出できるであろうという予測のもと、頭蓋骨と、コントロールとして肋骨と背骨にも、古代プロテオミクス分析を適用しました。しかし、分析の結果は思わず笑ってしまうようなものでした。仔犬の頭蓋骨と思っていたものは実は魚の骨で(魚のタンパク質のみが多量に検出されたのです)、したがって、脳に由来するタンパク質はまったく検出されませんでした。すべては、魚の骨を犬の頭蓋骨と見誤った私の勘違いだったのです。

そのようなわけで、脳みそタンパク質の検出という当初の目的は不発に終わりましたが、一緒に分析した肋骨からはそれ以上に興味深いタンパク質が検出されました。βラクトグロブリンという乳のみに存在するタンパク質です。ヒトが犬の乳を絞って遺体に注いだりするような儀式が当時あったとはまず考えられないため、乳タンパク質は、仔犬が死亡直前に飲んだ母犬の乳に由来すると考えられます。おっぱいをたらふく飲んだ生後2週間の仔犬は、その後すぐに何らかの理由で亡くなって遺跡に埋没し、体が分解されていく途中で消化管から染み出してきた乳が肋骨に吸収され、骨に吸着した乳タンパク質が長い時間を経ても分解されきらずに残り、このたび古代プロテオミクス分析によって検出されたということになります。ただの仔犬の骨から乳タンパク質が検出されたことにより、この個体の死亡時の状況がより詳しく明らかになったのでした。

なにか別なタンパク質が誤って乳タンパク質として同定されたのではないかと、私たちも最初は半信半疑でした。しかし、追加で分析した肋骨からは、さらに、乳漿酸性タンパク質という、これまた乳のみに存在するタンパク質が検出されました。どちらのタンパク質のアミノ酸配列も犬のものと完全に一致しており、牛乳やヒトの乳がコンタミネーションしたわけでもなさそうです。さらに、一緒に分析したネガティブコントロール(遺跡の土壌や、実験に用いた試薬類)からは乳タンパク質が検出されることもなく、このたび検出された乳タンパク質はたしかに犬由来と言えそうでした。

コペンハーゲンの名所「人魚姫像」

古代プロテオミクスの可能性

今回の研究が示しているのは、死後に消化管から染み出し骨に吸収されて1000年以上経った乳、などというごく微量の、しかも分解を受けた対象が検出できるという、古代プロテオミクス分析の驚くべき感度の高さです。しかしながら古代プロテオミクスは、古代ゲノミクスに比べて、まだまだ新しい分野です。今後、遺跡から発掘されたさまざまな遺物に古代プロテオミクス分析を適用することで、目には見えない微量なタンパク質の証拠から、当時のヒトや動物の暮らしぶりや死にざまがより鮮明に復元されていくことでしょう。

また、今回の事例から、研究は当初の狙い通りにうまくいくわけでもなく、失敗や予想外の結果に新たな発見が隠れている、という教訓も得られました。脳みその同定を目指して始めた研究が、それ以上に興味深い乳タンパク質の同定につながることになったのです。どのような結果が出るかを研究者自身が完全に予想しきれない場合も多く、よりインパクトの大きい研究成果を得るためには、最初から労力を投下する対象を狭く絞ってしまうのではなく、意外な可能性を探りながら広く興味をもって研究を進めていくのがいいのかもしれません。

参考文献

  • Sawafuji R, Cappellini E, Fotakis AK, Rakownikow R, Olsen J V, Hirata K, Ueda S. 2017. Proteomic profiling of archaeological human bone. R Soc Open Sci 4: 161004. DOI: 10.1098/rsos.161004
  • Tsutaya T, Meaghan M, Koenig C, Sato T, Weber AW, Kato H, Olsen JV, Cappellini E. 2019. Palaeoproteomic identification of breast milk protein residues from the archaeological skeletal remains of a neonatal dog. Scientific Reports 9: 12841. DOI: 10.1038/s41598-019-49183-0
  • Warren M. 2019. Move over, DNA: ancient proteins are starting to reveal humanity’s history. Nature 570: 433―436. DOI: 10.1038/d41586-019-01986-x
  • この記事を書いた人

    蔦谷匠
    蔦谷匠
    海洋研究開発機構・JAMSTEC Young Research Fellow。同位体分析やプロテオミクス分析を利用して自然人類学の研究をしています。特に、江戸時代や縄文時代のヒトや、現生のオランウータンやチンパンジーの授乳・離乳習慣を調べています。過去のヒトと海洋生態系の関わりにも興味があります。