アミノ酸は化成品の原料になるか?

石油に代表される化石資源はいつか枯渇するため、再生可能な植物資源から化成品原料を製造する研究が現在盛んに行われており、実際に商業化した例もあります。たとえば、木質資源にはセルロースという分子が30%程度含まれ、この分子を分解するとグルコースという糖が生成します。この糖を化学変換したイソソルビドは耐久性に優れたエンジニアリングプラスチックの原料となるため、電子機器・自動車の部材などに利用可能です。

しかし、これまで研究対象とされてきた植物資源由来の化合物は、木質資源や天然油脂から得られる炭素(C)、水素(H)、酸素(O)で構成される分子ばかりで、「窒素(N)」を含む官能基を有する植物資源を利用した例はそれほど多くありません。身の回りにあるナイロンのような合成繊維、医薬品・化粧品といった人体に触れるような化合物には窒素が分子構造内に含まれ、頑丈な分子構造や生体適合性などを示します。

現在、含窒素化合物は主に石油資源から得られる炭素、水素、酸素で構成される化合物に、アンモニアなどの含窒素化合物を使って構造内に窒素を導入します。しかし、アンモニアの製造では窒素と水素を400~600 ℃、 20~100 MPaという過酷な条件で反応させる必要があるためエネルギーコストが高いプロセスといえます。また、アンモニアは有毒で腐食性があるため、製造工程では高温高圧の条件や反応装置の耐腐食対策が必要です。

そこで、私たちは植物資源に含まれるタンパク質に注目しました。タンパク質はアミノ酸で構成され、それらはアミノ基(-NH2)とカルボキシ基(-COOH)の両方の官能基を有する有機化合物です。アミノ酸が含窒素化合物の原料として利用できれば、再生可能資源から重要な化成品をつくることができ、エネルギー消費を低減できるかもしれません。

タンパク質は22種のアミノ酸から構成されていますが、そのなかでも天然存在量が最も多いといわれているのがグルタミン酸です。身近なところでは、グルタミン酸はL-グルタミン酸ナトリウムの中間原料であり、うまみ成分として利用されています。

グルタミン酸の潜在的な用途は幅広く、アメリカのエネルギー省が提案した、糖類から製造可能な基幹物質12種のうちのひとつとして挙げられています。グルタミン酸は糖類の発酵によって年間200万トン以上製造され、製造コストは1kgあたり約400円です。グルタミン酸は植物資源のタンパク質から分離して回収することもできますが、このように植物資源の糖から大量に製造可能であるため、含窒素化合物の原料として最も有望な化合物のひとつといえます。

グルタミン酸から生成する「2-ピロリドン」とは?

グルタミン酸の分子中にはひとつのアミノ基(-NH2)と2つのカルボキシ基(-COOH)が存在し、これらの官能基を足場として他の化合物へ変換することができます。私たちはグルタミン酸中のカルボキシ基を還元することを目的として水素加圧雰囲気で反応を行っていたところ、「2-ピロリドン」という化合物が生成することを見出しました。

2-ピロリドンは沸点が250 ℃、化学的・熱的に安定で腐食性がないという特徴に加え、水、アルコール、エーテル、芳香族炭化水素といった広範な液体と混合できるため工業用溶媒として利用されています。また、高分子原料、医薬品や化粧品といった有機合成の出発原料としても使用可能です。

2-ピロリドンの代表的な使用例として、ポリビニルピロリドンは溶解補助剤・分散剤に利用することができ、インクや接着剤に添加されています。また、2-ピロリドン中のアミド結合を開環させ重合させていくと4-ナイロンが生成します。現在、汎用的に6,6-ナイロンが合成繊維として利用されていますが、4-ナイロンは生分解性を示すといわれているので資源循環可能な繊維として利用可能です。

グルタミン酸から2-ピロリドンの合成経路

ルテニウムの触媒特性を利用したグルタミン酸の化学変換

グルタミン酸は無触媒条件下でも100〜150 ℃で加熱すると脱水・環化して「ピログルタミン酸」へ転換されます。ピログルタミン酸はグルタミン酸に比べ溶解度が高いので、まず水素加圧雰囲気でピログルタミン酸を還元する反応を行いました。

触媒にはさまざまな還元反応に対して触媒活性を示す貴金属触媒の白金(Pt)、 パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)をアルミナ上に担持した市販品を用いて反応を行ったところ、「担持ルテニウム触媒」が特異的に高い活性を示し、最も多くの2-ピロリドンを生成することを見出しました。このときに「ピログルタミノール」も生成したのでこれが反応中間体であると考えました。

ピログルタミン酸からの2-ピロリドン合成(水素2 MPa, 160 ℃, 2 hr)

次にピログルタミノールを反応物としてピログルタミン酸のときと同様の条件で反応を行いました。先ほどと同じように、水素加圧雰囲気で担持ルテニウム触媒が白金、パラジウム、ロジウムにはない高い活性を示すことがわかりました。

ただ、ピログルタミノールから2-ピロリドンへ変換する過程で水素が反応に関与していない可能性があるため、窒素加圧雰囲気でも反応を行いましたが、この条件ではいずれの触媒も反応はほとんど進行しませんでした。

ピログルタミノールからの2-ピロリドン合成(水素または窒素1 MPa, 160 ℃, 1 hr)

生成物の詳細分析や触媒表面上でのピログルタミノールの変換過程を赤外分光法で測定した結果から、水素加圧条件でのルテニウム特有の活性は、ピログルタミノールのヒドロキシメチル基(-CH2OH)が脱離する際に水素と共に一酸化炭素が生成し、他の金属では一酸化炭素によって被毒して触媒活性を失うのに対して、ルテニウムではこれを素早く水素化してメタンとして脱離できるため、高い触媒活性を示すことがわかりました。

最後に、グルタミン酸から2-ピロリドンの合成反応を行いました。前述のとおり、グルタミン酸は100 ℃以上の条件でピログルタミン酸へと容易に変換されます。グルタミン酸の場合、ピログルタミン酸の場合とほぼ同じ生成物収率を示し、出発物質による活性の差異が生じないことがわかりました。

グルタミン酸から2-ピロリドンの合成反応における反応機構

担持ルテニウム触媒によるグルタミン酸から2-ピロリドンへの変換は、天然に豊富に存在するアミノ酸から化学工業で重要な含窒素化合物を合成する方法として有望であるといえます。今後の課題としては副生成物の生成量を低減して目的物の収率を向上させることです。

今後の展望 – アミノ酸の水素化

今回の反応で担持ルテニウム触媒はカルボン酸の水素化に対しても高い活性を示すことがわかりました。そこで、現在他のアミノ酸の水素化によってアルカノールアミンを合成する研究を進めています。この反応には一般的に還元剤として水素化アルミニウムリチウムが用いられていますが、非常に強力な還元剤であるため水と激しく反応しやすく、また発火を伴うので反応後の処理を慎重に行う必要があります。もし固体触媒を用いてアルカノールアミンの合成が可能になれば、安全対策のためのコスト低減に繋がります。これらの研究を含め、今後新たなアミノ酸変換プロセスへと展開していきたいと考えています。

参考文献
S. Suganuma, A. Otani, S. Joka, H. Asako, R. Takagi, E. Tsuji, N. Katada, “One-Step Conversion of Glutamic Acid into 2-Pyrrolidone on a Supported Ru Catalyst in a Hydrogen Atmosphere: Remarkable Effect of CO Activation”, ChemSusChem, 12 (7), 1381-1389 (2019).

この記事を書いた人

菅沼 学史
菅沼 学史(Suganuma Satoshi)
鳥取大学GSC研究センター・講師
研究内容:固体触媒を用いて未利用資源から有用化合物を合成する研究を進めています。再生可能なバイオマス資源から化成品原料を合成する研究を行っており、最近では天然油脂からバイオディーゼルを製造する際に副生するグリセロールや本稿で紹介したグルタミン酸を含むアミノ酸をターゲットとしています。またこれまであまり利用されてこなかった超重質油と言われる石油資源から従来とは異なるアプローチでエネルギー原料や化成品原料を合成する研究を行っています。