台風のメカニズムと“眼の壁雲”

台風による災害を未然に防ぐためには、精度の高い台風の進路・強度の予報が必要です。予報技術やコンピュータの進展により、進路予報の精度は向上してきた一方で、強度の予報には課題が残っています。その主要因のひとつとして、台風の構造が急変化することで強度も劇的に変わる現象が挙げられます。正確な予報を行うためには、この現象のメカニズムを理解することが求められます。

人工衛星から台風を観測すると、中心に雲のない“眼”をもつ巨大な白い雲の円盤のように見えます。しかし、断面を見てみると様相が変わります。衛星画像で見られた円盤状の雲は上層の雲で、その下にはそれほど多くの雲がつまっているわけではありません。ここで注目していただきたいのが、台風のメカニズムを考えるうえで最も重要となる、眼を取り囲む“眼の壁雲”と呼ばれるリング状の雲です。

通常の(外側壁雲が形成する前の)台風の構造を示す模式図
(上)衛星による台風の雲画像
(下)台風の中心付近の雲と流れ場の鉛直構造。眼を取り囲むリング状の雲は“眼の壁雲”と呼ばれる。

この眼の壁雲に、海から入ってきた水蒸気が流れ込み、凝結すること(水滴になること)で台風が動いています。水蒸気が凝結すると、大気を暖めて強い上昇流を作ります。すると、眼の壁雲の下層では空気が不足するため、これを補うために外側から内側に向かう空気の流れが駆動されます。この流れが外側から角運動量を輸送して、中心付近で速い回転が生まれ、台風が強くなります。つまり、眼の壁雲は台風のエンジンのようなもので、台風が維持・強化するためには、眼の壁雲で水蒸気が凝結することが必須です。

台風研究のミステリー – 外側壁雲の予測とは?

強い台風の中には、眼の壁雲の外側に突然もうひとつ、“外側壁雲”とよばれるリング状の雲が生じることがあります。すると、周囲から集めた水蒸気が新しい外側の雲に取られてしまい、元々あった内側の雲への供給が絶たれるため、内側の壁雲が減衰します。その一方で、水蒸気を獲得した外側の壁雲は成長して、やがて内側と入れ替わります。つまり外側に壁雲が形成することがきっかけで、一気に台風の構造・強度が変化するのです。

外側壁雲が形成する過程の台風の構造を示す模式図
(上)中心外側に第二の壁雲(外側壁雲)が形成したときのレーダー画像
(下)外側壁雲が形成する前後の雲の構造と回転風速の変化を示す鉛直構造(半径・高度断面図)の時系列(時間変化図)。外側に壁雲が形成し(2)、外側から供給される水蒸気を獲得して成長するとともに(3)、元々あった内側の壁雲が減衰して(4, 5)、やがて置き換わる(6)。今回の研究では、いつ・どこで外側の壁雲が形成するのかを予測する、新しい理論の構築に成功した。

この一連の過程はこれまでにも多く観測されてきましたが、いつ・どこで“外側壁雲”が形成されるのか、未だ解明されていませんでした。

この外側壁雲の形成過程は、科学的にも、天気予報の面でも非常に重要なため、台風の物理的研究のなかでも最大の謎のひとつとして、特にこの10年のあいだ世界中で研究されてきました。それにもかかわらず、外側壁雲の形成を予測できる理論はありませんでした。

問題解決に向けたアイデア:エクマン理論

このミステリーを解くべく、多くの科学者がこれまでの台風研究で得られた知見をもとに理論を提案しました。しかし上述のように、外側壁雲がいつ・どこで形成するのかを予測できる理論はありませんでした。そんななか、我々の研究チームは、この問題の解決には海面の摩擦によって駆動される流れが重要であると考えました。

海面摩擦が上層の空気(高度数km)の流れに与える影響は、気象学の教科書にも載っている”エクマン理論”と呼ばれる理論で解釈できます。地球大気は、台風などのさまざまな渦が生成しては消えるという過程を繰り返して存在しています。その生成要因は渦によってさまざまですが、一度形成すると渦は地表面の摩擦を受けて徐々に減衰します。エクマン理論は、地球の回転の効果があるなかで、渦を地表面の摩擦で効率的に減衰させるメカニズムを説明します。

しかし、この理論は大気の風速が遅いときを仮定して導出されていました。そこで、エクマン理論を台風のような場に一般化することで、この外側壁雲の形成を説明できる理論に発展できるのでは、と考えました。

エクマン理論の発展と外側壁雲の予測

我々は、エクマン理論を発展し、台風の風の場がある条件を満たすと、リング状の上昇流が形成されることを発見しました。リング状の上昇流ができるということは、その半径に外側の壁雲が形成されることを示唆します。

これまでのエクマン理論では、遅い風速を仮定していたため、簡単な式にまとめられるものの、台風のように速い風速へ適用するためは式を立て直す必要があります。そこで、この仮定を取り外して改めて定式化を行いました。すると、台風の風の分布によっては、これまで外側壁雲の形成が観測された半径に、強い上昇流が形成することがあり得ることがわかりました。

エクマン理論は広く認知され、大学の学部生でも知っている理論なのですが、これまで誰も外側壁雲の形成に重要であるとは考えてきませんでした。この理論で予測される新たな壁雲形成の位置やタイミングは、これまでに観測されてきた値と非常に良く一致していることがわかりました。また、複数の台風のシミュレーションを行って検証したところ、外側に新たな壁雲が形成する数時間前から、この理論を用いて予測が可能であることがわかりました。

新たな理論がもたらす可能性

台風の構造の予測というのは、現状の天気予報モデルにおいてもまだまだ難しく、今後の発展が切望されています。今回の研究成果によって、代表的な台風の構造変化のメカニズムを示すことができたので、今後の台風予報の精度向上に資することが期待されます。

また、今回の理論の基となったエクマン理論は渦の減衰する方向のみを考えていましたが、今回の理論では、それを一般化する形で、渦を成長させる方向にも働き得ることを示しました。そのため本研究で発見したメカニズムは、台風以外の現象でも存在している可能性が十分にあり、今後幅広い研究が期待されます。

参考文献

  • Y. Miyamoto, D. S. Nolan, and N. Sugimoto, “A Dynamical Mechanism on Secondary Eyewall Formation of Tropical Cyclones” Journal of the Atmospheric Sciences75, 3965-3986, https://doi.org/10.1175/JAS-D-18-0042.1
  • 筆保博徳 編、宮本佳明 他著『台風についてわかっていることいないこと』”第3章 台風が発達するワケ” (ベレ出版、2018)

この記事を書いた人

宮本 佳明
宮本 佳明
慶應義塾大学環境情報学部専任講師。鎌倉市出身。京都大学大学院地球惑星科学専攻修了。博士(理学)。専門は気象学。
台風や雲を伴う大気対流の強化・維持メカニズムを解明するため、主にスーパーコンピュータなどを用いた数値シミュレーションを行ったり、解析的に解を導く理論的研究に取り組んでいる。