重力波天体と元素の起源 – 「キロノバ」の光に、天体観測とシミュレーションで迫る
重力波天体を探せ!
2015年、アメリカの重力波望遠鏡LIGOによって「重力波」が史上初めて直接検出されました。重力波は、重力をもつ物体が激しく動くことで時空の歪みが波のように伝わる現象で、1915年にアインシュタインが作り上げた一般相対性理論により予測されたものです。予測から100年後に実現した文字どおり「世紀の検出」は、2017年のノーベル物理学賞の対象となりました。
長年にわたり、宇宙の観測は可視光や電波、X線などの「電磁波」を使って行われてきました。重力波の検出が可能になったことで、人類は宇宙を観測するまったく新しい手段を手にしたといえます。
しかし、ここで大きな問題がひとつあります。重力波望遠鏡だけでは、重力波がどこからやってきたのか、すなわち重力波を放った天体(以下、「重力波天体」とよびます)が宇宙のどこにいるのかを正確に決めることができないのです。そのため、電磁波を使って重力波天体の居場所を探し出す試みが世界中で進められています。このように、宇宙からやってくるあらゆるシグナルを駆使する天文学は、近年「マルチメッセンジャー天文学」と呼ばれています。
元素の起源としても注目される「中性子星の合体」
宇宙で強い重力をもつ天体のトップ2は、「ブラックホール」と「中性子星」です。2015年に検出された重力波は2つのブラックホールが合体する現象からの重力波でしたが、中性子星が合体するときにも強い重力波が放出されます。ブラックホールが合体すると電磁波を放つかどうか、つまり「光る」かどうかはわかりませんが、中性子星の合体は電磁波で光ることが予想されてきました。
中性子星は太陽の1.5倍ぐらいの質量(3×1030kg)をもちながら、半径が10km程度しかない、超高密度な天体です。宇宙では2つの中性子星が組をなしてお互いの周りを回っている場合があり、そのような天体はじわじわと近づいていき、最後には合体してしまいます。中性子星が合体する瞬間には強い重力波が放たれるだけでなく、中性子星をなしていた物質の一部が宇宙空間に激しく飛び出していきます。
飛び出した物質は中性子を豊富に含むため、「速い中性子捕獲反応」により金やプラチナ、レアアース元素やウランなどの元素が新しく作られることが予想されます。これらの重元素は宇宙が始まったときには存在しておらず、その起源は長年の問題となっており、中性子星合体は元素の起源としても注目を集めているのです。
新しく作られた元素は放射性崩壊を起こしてエネルギーを供給するため、中性子星合体から飛び出した物質は可視光や赤外線で輝くことも予想されてきました。このような天体は「キロノバ」と呼ばれています。つまり、重力波に続く「キロノバ」を電磁波で観測することで、中性子星合体によって重元素が合成されているのかを確かめることができるのです。
「キロノバ」が捉えられた!
2017年8月17日、LIGOとヨーロッパの重力波望遠鏡Virgoによって、待ちに待った中性子星合体からの重力波が初めて観測されました。その速報は直ちに世界中の天文学者に送られ、重力波天体の徹底的な探査が行われました。その結果、地球から1億3000万光年離れた銀河に重力波天体が発見されました。人類は初めて重力波を放った天体を「見る」ことに成功したのです。
すばる望遠鏡HSCで観測された重力波源GW170817の様子 (C)国立天文台
観測された中性子星合体からの光は、可視光では5日間ぐらいで急速に暗くなる一方、赤外線では15日間ぐらい明るく輝き続けました。このような性質は、中性子星合体から飛び出した物質の中でレアアース元素(特に原子番号57-71のランタノイド元素)が作られたときに予想される「キロノバ」の性質と一致しています。すなわち、中性子星合体において実際に重元素が作られていることが検証されたのです。
「キロノバ」の光から、宇宙の元素の起源に迫る
重力波と電磁波の「マルチメッセンジャー天文学」が実現し、中性子星合体で重元素が作られた兆候が得られたことは、元素の起源の解明に向けて大きな一歩となりました。しかし、2017年の観測では、どのような元素がどれほど作られたかまでは突き止めることができませんでした。そこで、作られた元素の種類の情報をより詳細に引き出すべく、理論的・観測的な研究が進んでいます。
そのひとつが、光の振動方向の偏り(偏光)を観測する方法です。中性子星合体で飛び出す物質のなかでは、金やプラチナ、ウランなどの非常に重い元素が作られる部分と、銀やキセノンなどの比較的軽い元素しか作られない部分が存在する可能性があります。
スウェーデン・ストックホルム大学のMattia Bullaさんと、高エネルギー加速器研究機構の久徳浩太郎さん、東北大学の當真賢二さんと私たちの国際共同研究グループは、このような状況を考慮して光の偏りの精密なシミュレーションを行いました。
その結果、軽い元素しか作られない部分では、電子に散乱された光が振動方向の偏りを生み、「キロノバ」の光にその特徴が刻まれることが明らかになりました。この効果は中性子星合体を横から見たときに特に顕著となり、1%程度の光の偏りが観測されるかもしれないことが予想されます。重力波に続く「キロノバ」で光の偏りを測ることができれば、中性子星合体で多様な元素が作られた証拠となるでしょう。
2019年にはLIGOとVirgoによる重力波観測が再開されます。さらに、近い将来には日本のKAGRAも観測に加わることが予定されています。
より多くの中性子星合体からの重力波が観測され、光の偏りを含む「キロノバ」の詳細な観測が実現すれば、中性子星合体が宇宙における重元素の起源であるかどうかの検証が進むことでしょう。新しく可能になった「マルチメッセンジャー天文学」の今後にぜひご期待下さい。
参考文献
- Utsumi, Y., et al. “J-GEM observations of an electromagnetic counterpart to the neutron star merger GW170817”, Publications of the Astronomical Society of Japan, 69, 101
- Tanaka, M., et al. “Kilonova from Post-merger Ejecta as an Optical and Near-infrared Counterpart of GW170817”, Publications of the Astronomical Society of Japan, 69, 102
- Bulla, M., et al. “The origin of polarization in kilonovae and the case of the gravitational-wave counterpart AT 2017gfo”, Nature Astronomy, DOI: 10.1038/s41550-018-0593-y
この記事を書いた人
- 1983年1月生まれ。東北大学大学院理学研究科天文学専攻准教授。2009年東京大学大学院理学系研究科天文学専攻で博士号を取得後、カブリ数物連携宇宙研究機構特任研究員、国立天文台助教を経て2018年4月より現職。専門は宇宙物理学。超新星爆発や重力波天体など、宇宙の突発天体現象の観測や数値シミュレーションを通して、爆発現象の物理や元素の起源などを研究している。著書に『星が「死ぬ」とはどういうことか』(ベレ出版、2015)がある。Webサイトはこちら。