海しぶきで大気に舞う微粒子と気候への影響

大気に浮かぶ微粒子(エアロゾル)は太陽光を散乱・吸収することで、気温の変化に影響を与えるほか、雲粒を生成する核として雲や雨の量、雨の降り方に影響を及ぼすなど、気候の変動に重要な役割を果たします。

地球の表面積の約7割を占める海洋の表面では、植物プランクトンなどの微生物活動により、ガスもしくはエアロゾルが大気中に放出・生成されています。従来、植物プランクトンからつくられる主に硫化ジメチル(DMS)が、酸化などの反応を通して硫酸エアロゾルになり、雲の生成と海洋へのフィードバックを及ぼすと考えられてきました。

これに対し近年では、エアロゾルに最大80~90%含まれる「有機物」が、組成によって雲の生成の促進・抑制を大きく左右すると考えられています。より具体的には、代謝など微生物活動に伴う有機物が海洋の表面に蓄積し、これが海しぶきにより大気へ放出されるエアロゾル粒子の組成に影響すると考えられています。

海洋表面での微生物活動に伴う有機物が、海しぶきによりエアロゾルとして大気に放出され、気候に影響を及ぼす可能性が指摘されている

しかし海洋の表面から大気へ放出される有機物の情報は、測定の難しさもありこれまでほとんど得られておらず、海水中の有機物が大気の組成にどのように影響しているかはまだよく理解されていません。そのため、このプロセスについては気候影響を評価するためのモデルシミュレーションでも簡易的な扱いしかできていないため、その評価には大きな不確かさがあるのが課題でした。

研究船を使い、海洋上の大気と海水を同時に観測する

そこで私たちの研究グループは、海水から大気へ移行する有機物の化学的な変化を捉えるため、国立研究開発法人海洋研究開発機構の学術研究船白鳳丸を用いて、植物プランクトンが増殖する直前の時期である初春(2015年3月)に、西部北太平洋親潮と沿岸親潮域において大気と海水の同時観測を実施しました。この観測では、研究船の最上甲板でサンプラーを用いて大気エアロゾルを半日~1日のあいだ連続捕集し、このタイミングで同時に同じ海域での表層海水を採取しました。得られた試料は変質を防ぐために冷凍保存し、実験室に持ち帰って分析を行いました。

(左)学術研究船白鳳丸から望む西部北太平洋
(右)船上甲板に設置された大気エアロゾル捕集装置

実際の海洋上で観測される大気エアロゾルは、海水から生成する割合とそれ以外の起源(たとえば陸域から輸送されてきたもの)の割合の区別が困難でした。そこで私たちは、海しぶきのデータを特定・抽出するために、海水起源を示すエアロゾル有機物の安定炭素同位体比(δ13C)と、分子レベルでの有機化合物を起源指標として測定しました。さらにその結果を、海洋表面の風速の情報を統合する独自の手法を用いることで、海しぶきを示す大気エアロゾルデータを抽出することに成功しました。

次に抽出した海しぶきであるエアロゾル試料と対応する海水試料を用い、蛍光分析法により組成を測定しました。ここで蛍光分析法とは、有機物の化学的性質を調べるための手法のひとつで、対象とする試料に光を照射すると(励起光)、試料中の分子が光を吸収した後、そのエネルギーの一部を光として放出します(蛍光)。この光の強度を波長ごとに測定することにより、試料の性質と濃度を調べることができます。光を出す分子の種類が比較的限られていることから、目的とする成分を選択的に検出できるのです。

実際に測定したのは、生物学的に分解されやすい有機物(タンパク質様)と分解されにくい有機物(腐植様)の存在割合です。ここで腐植様の有機物とは、生物の遺骸などが微生物などによって分解される過程で形成された、無定形な有機化合物群の総称を指します。「~様」と表現されるのは、化学的に明確な特定の物質を示すわけでなく、蛍光特性の類似性など、状況証拠から定義されるためです。これらタンパク質様と腐植様の有機物を、大気エアロゾルと海水の両試料について測定し、存在する割合を比較しました。

大気と海洋の境界領域で有機物に起きていること

海しぶきである大気エアロゾルと海水の組成を比較した結果、海水中と比べ、大気エアロゾル中ではタンパク質様の有機物よりも、生物学的に分解されにくい腐植様の有機物が著しく多く(平均163%)存在していることを見出しました。さらにこの傾向は、エアロゾルの大きさ(直径)によらず、どの試料でも起きていることが明らかになりました。これは半日から1日の時間スケールで、海水から大気へエアロゾルとして移行する有機物において、タンパク質様の有機物が化学反応あるいは微生物活動により著しく分解されること、もしくは腐植様の有機物が大気エアロゾル中でより多く生成することを示唆しています。

蛍光分析によって得られた大気エアロゾル中(左上)と海水中(左下)の有機物の腐植様およびタンパク質様のシグナル強度と、腐植様/タンパク質様のシグナル強度比の比較(右)。海しぶきによって、海水中と比べ大気エアロゾル中ではタンパク質様の有機物よりも生物学的に分解されにくい腐植様の有機物として多く存在している。

海洋から大気へ移行する有機物組成の著しい変化が気候影響の鍵

私たちの観測研究により明らかになった、海洋の表面で普遍的に発生する海しぶきによる、海洋から大気への移行過程での有機物の「選択的な」変化は、海洋大気エアロゾルの雲の生成能力を決定づけるうえで重要な役割を果たすと考えられます。特に上記で明らかになった分解されにくい有機物は、雲の生成を抑制すると考えられています。

研究船による大気-海水同時観測で、海水から大気エアロゾルへ移行する有機物の著しい組成変化が明らかになった

今後は、植物プランクトン増殖の最盛期や衰退期といった、海洋微生物活動の異なるフェーズにおける同様の大気-海水同時観測などにより、有機物の海水から大気への移行メカニズムの詳細を定量的に明らかにする必要があります。また、実験室内で海水と特定の微生物を用い、さまざまな条件下で大気エアロゾル成分を測定する室内制御実験を行うなど、私たちの船上観測の結果を裏付ける研究も必要となります。

私たちの研究の成果は、温暖化などに起因する海洋表層の微生物の量や組成、活性の変化が、有機物の大気への放出・雲の生成をとおして引き起こす、将来的な気候変動への影響、さらには日射量や気温の変化など、大気から海洋へのフィードバックを高い精度で評価・予測するうえで重要な知見となることが期待されます。

参考文献
Miyazaki, Y., Y. Yamashita, K. Kawana, E. Tachibana, S. Kagami, M. Mochida, K. Suzuki, J. Nishioka (2018) Chemical transfer of dissolved organic matter from surface seawater to sea spray water-soluble organic aerosol in the marine atmosphere. Scientific Reports, 8, 14861, doi:10.1038/s41598-018-32864-7.

この記事を書いた人

宮﨑 雄三
宮﨑 雄三
北海道大学 低温科学研究所 助教。札幌市出身。東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻修了。博士(理学)。専門は大気化学。主に寒冷圏の海洋や陸上生態系を起源とする大気有機エアロゾルを介した、大気-生物圏の生物地球化学的な相互作用や気候影響の解明に向けた研究に取り組んでいる。