「ハワイの天文台で研究しています!」と言われても、どのように働いているのかなかなかイメージはわきにくいのではないでしょうか? 今回、現在アカデミストで「宇宙における星形成史を辿ってみたい!」に挑戦しているBISTRO-Jチームの林左絵子准教授より、現地の様子についてのレポート記事を寄稿していただきました。

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ここは海抜2900メートル、日本だったら乗鞍岳のてっぺんの高さだ。昨日、日本からホノルル経由でハワイ島到着、すぐに共同研究者に連れられて、ここマウナケアの中腹の施設ハレポハクまで来た。その時には空気が少し薄い感じがしたのに、一晩寝たらもう大丈夫。マウナケア山頂には世界各国が単独で、または共同で運用している数々の最先端の天文観測用の望遠鏡がある。そこで夜に仕事をした人たちは、この施設まで下りて来て昼の間寝ている。そして日が傾く頃に起きてきて、その日の最初の食事を取っている。

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ハレポハクの施設。夜間に仕事をする観測所職員や訪問研究者が昼間に寝るための宿舎と、食事が供されるカフェテリアなどがある。ここらあたりが森林限界。(撮影:NAOJ)

まずは今夜の天気予報チェック。もちろん晴れ、風は5m/sぐらい、午後8時および午前2時 の気温が摂氏1度、湿度も低そうだ。昼間の今でも既に湿度が5%になっている。雲海がはるか下の方に見えている。これはたいへん良い観測夜となりそうだ。 午後4時、共用のカフェテリアで食事が始まった。今夜が最初の観測という訪問研究者たちは、観測当番の職員と打合せをしながらチキンをほおばっているし、たった2人で観測しなければならない望遠鏡だとそれぞれ新聞を読みながら、サラダをつついたりしている。しっかりエネルギー源を補充して、さあ行くぞというワクワクした雰囲気が漂う。

まだ日没までは2時間あるが、そそくさと食事を終え、4輪駆動車で標高4000メートルを超えるマウナケアの山頂地域に向かう。高山で薄くなる空気、そしてわざと舗装せずにスピードを落とすようになっている急な坂。傾いてくる日差しが、上る車の運転席に差し込み、まぶしい。ここには可視光・赤外線観測用やサブミリ波という電波を観測する13台の国際望遠鏡が 設置されていて、いわば望遠鏡銀座のようだ。日本の国立天文台が運用するすばる望遠鏡もある。

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マウナケア山頂地域の望遠鏡群。右側の白い筒型建物がJCMT、 画面ほぼ中央の銀色に光る建物がすばる望遠鏡。(撮影:NAOJ)

BISTROグループは、そこの近くにあるサブミリ波観測用のジェームズ・クラーク・マックス ウェル望遠鏡(JCMT)で観測をする。これは直径15mの大きなパラボラアンテナで、円筒形のドームに収まっている。観測時には、ドームのシャッターが大きく開くが、パラボラアンテナ はメンブレンというスクリーンの陰に隠れ、風や風で舞い上がる砂埃から守られている。

望遠鏡といっしょに回転するドーム上部に、階段で上がると、ドーム壁際にコンテナハウスのような観測室がある。15mもの大きなパラボラに比べると小さく見えるが、入ってみると意外にゆったりした空間だ。望遠鏡操作を行う職員(オペレータ)が奥に陣取り、観測のための研究者は手前で観測モニターを開く。自分が持ってきたラップトップも置けるスペースがある。 所属している研究室は、日本だったりイギリスだったりするので、メールのやり取りもあれば、 スカイプで観測状況をリアルタイムで伝え、議論したりする。

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JCMTの観測室

澄んだ空気のおかげで放射冷却が効き、日没後はあっという間に気温が下がる。システムチェックを済ませたら、もう観測に必要な条件が整った。いよいよ観測開始だ。ビデオカメラを付けて星を見ているわけではないから、リアルタイムで画像が見えるものではない。カメラに喩えると、撮影終了後にその画像がサーバーに送られ、コンピュータでその画像をチェック できるようになるのである。慣れた観測者であれば、そうして見た画像をちょいちょいと数値をチェックし、順調に観測が進んでいることを確認できる。もともと今夜の観測の流れは、電子ファイルに予定を書き込んであるのだ。望遠鏡は、その予定に従って次々と観測対象の天体に向きを変えていく。耳を澄ますと、望遠鏡は駆動にギヤを使うわけではないので動いていても無音だが、観測用のセンサーを納めている容器を冷やす冷却機構のリズミカルな動作音が聞 こえてくる。このような音は、異常を感知するのに役に立つこともある。冷却系に支障が出ると、異常な摩擦音などが混じるからだ。 夜どおし、このようにして観測用の機器の状態に気を配りながら、観測が進められていく。一つの研究チームに割り当てられる観測用の時間は限られているので、欲張って多くの天体の観測準備をしてしまうが、あっという間に夜が更け、そして夜が明ける。太陽が昇ってしまうと、観測ができなくなるので、もうどうしようもない。最後にどうしても較正に必要なデータ をとって、観測を終える。やはり緊張していたのだ。どっと眠気が押し寄せる。が、ハレポハクに安全に戻るまでが仕事なのだ。オペレータとともに、最終点検をし、下山する。山の斜面の空気がたいへん冷えたので、雲がかなり低いところまで下りている。高さ1000メートルぐらいだろうか。綿雲のように見える。なんだかあそこで寝ることができそうだ。おっとっと。ここで眠ってはいけない。こんな風にして、観測が行われるという実況中継でした。

この記事を書いた人

林左絵子
総合研究大学院大学の教員で、実体としては国立天文台ハワイ観測所の現地に勤務しています。日本はもとより世界各国の天文学者がハワイにやってきますが、現在は有効口径8.2mの光学赤外線観測用のすばる望遠鏡で運用や情報共有に尽力しています。前任地のジェームズクラークマックスウエル望遠鏡には開所式当時から加わり、サブミリ波電波望遠鏡として最高の性能が
発揮できるように努めていました。ずーっと望遠鏡本体にこだわり続けています。