日本の学校給食

日本人にとって給食は「当たり前」のものです。小学校では遅くとも1980年代には、ほぼ100%の完全給食実施率を達成しています。もともとは、戦後において貧困世帯の低栄養を防ぐため、そして、農作物の販路を広げるために始まった経緯のある我が国の給食ですが、近年では多くの自治体の公立中学校も完全給食(ごはんとおかず、牛乳のセット)を提供するようになりました。

私たちの給食のイメージは、学校内では一律同じで、栄養バランスの考えられた昼食のメニューを全員が食べている、というものですが、世界的に見ると、決してすべての国でそうではありません。むしろ、先進国では、カフェテリア形式の給食が多く、子どもにランチのメニューの選択権があることが多いのです。これは時として、子どもに不健康な食事を選択させることに繋がります。たとえば、「肥満大国」アメリカのワシントン・ポストの記事では、適切な栄養基準のもとで提供された同じ食事をその学校の全員が食べている日本の給食を、驚きとともに伝えています。では、このような「日本の給食」は子どもたちの体にどのような影響を与えているのでしょうか?

思春期の肥満を給食が防止している?

世界的には、思春期の子どもたちの健康問題のなかで、過体重(標準体重を上回っていて肥満には至っていない状態)や肥満が大きな課題となっています。多くの先進国・途上国で、ここ数十年増加し続けています。思春期の過体重・肥満は将来の肥満、生活習慣病、さらには死亡率にも影響することが多くの研究により指摘されています。その長期にわたる健康影響のため、社会的な損失も大きく、思春期の肥満を予防することは、成人の肥満や肥満関連疾患の予防にとって有効なアプローチです。思春期は通常学校に通うため、学校を通じた介入は、効率的なアプローチ方法と考えられます。

世界的にみた場合、肥満の子どもの割合が歴史的に小さい日本は、以前から給食が、栄養摂取の質の改善および適切な食習慣の習得などを通じて、肥満の防止に役立っているのではないかと言われてきました。しかし、給食の肥満予防効果を支持する科学的エビデンスはありませんでした。

そこで私たちは、中学校での給食の実施が、我が国で過去10年間拡大してきたこと、そして、その変化の程度が都道府県によって異なることを利用して、給食が思春期の子どもの肥満も含めた栄養状態(身長・体重など)に及ぼす影響を調べました。

A: 2006年の県ごとの給食実施率 B:2010年の県ごとの給食実施率 C:2015年の県ごとの給食実施率 D:2006年から2015年の給食実施率の変化(赤など暖色系表示が給食実施率の増加を示す)

給食が栄養状態に及ぼす影響とは

本研究では、文部科学省が行っている学校給食実施状況等調査・学校保健統計調査の公表データを用いました。学校給食実施状況等調査は、5月1日時点での給食実施状況を毎年報告しています。学校保健統計調査では、層化二段階無作為抽出法を用いて適切にランダム抽出した調査対象の子ども(同学年の約5%)について、4月1日から6月30日の間に行われる学校保健安全法による健康診断の結果に基づいた検査値が報告されています。つまり、調査データとして、代表性が相当程度、担保されていると考えられます。

そこで、2006年から2015年の県レベルの給食実施率(何%の生徒が給食を食べているか?)、および県レベルの栄養状態の指標(過体重・肥満・やせの生徒の割合、平均身長、平均体重)を性・年齢別に抽出し、これらの栄養状態の指標に対し、前年の県レベルの給食実施率との関連を調べました。給食実施率と栄養状態の指標の間の因果関係を明らかにするため、パネルデータ分析を用い、推定を行いました。前年の栄養状態の指標、県・年齢・観測年ごとの観察できない効果を統計手法により調整したうえで、最小二乗法で推定しました。本推定により、県レベルの給食実施率の変化が翌年の県レベルの過体重・肥満・やせの生徒の割合および平均体重・身長に与える影響が推定できます。詳細な推定方法および、過体重・肥満・やせの定義は原著論文をご覧いただけると幸いです。

男子で明らかな効果あり

推定の結果、県レベルの給食実施率が10%増加すると、翌年の過体重(本研究では肥満の子どもをも含む)の男子の割合は0.37%(95%信頼区間 0.18-0.56)、肥満の男子の割合は0.23%(同 0.10-0.37)低下していました。最近の男子中学生の過体重・肥満の割合がそれぞれ約10%、約5%であることを踏まえると、給食実施率の10%増加は、1年で過体重の男子の約4%(0.37%÷10%)、肥満の男子の約5%(0.23%÷5%)が減ることを意味し、その累積効果は決して小さいものではありません。

一方で、女子については、過体重・肥満を減らす傾向が見られたものの、統計学的に効果があるといえる結果ではありませんでした。これは、現在、日本の若年女性がやせ傾向にあることと関連しているかもしれません。つまり、思春期の女子が(体型を気にして)食べる量がもともと少なければ、給食による摂取カロリー抑制効果が小さいことが影響している可能性があります。また、やせの割合や県レベルの平均体重・身長については、男女共に統計学的に意味のある影響は認められませんでしたが、体重が減り、身長が伸びる傾向が見られました。

また、給食以外にも同様に県ごとに異なるトレンドで変化する他のファクターが効果を与えてしまっている可能性も捨てきれないため、感度分析として、アウトカムを同時期の小学生の栄養状態の指標として同様に推定した解析(falsification test)も行いました。この解析では、中学校の給食実施率が小学生の栄養状態の指標に与える影響を見ているので、もし、給食の効果だけを観察できているのならば、結果は「なんの影響もない」となるはずです。一方、もし、小中学生で共通するような県ごとに異なるトレンドで変化する他のファクター(運動習慣や所得など)が強く結果に影響しているならば、このfalsification testで何らかの効果がある、という結果になってしまうはずです。感度分析として行ったfalsification testの結果は、「影響なし」となっており、小中学生で共通するような毎年県ごとに変わるトレンドは栄養状態の指標にほとんど効果を与えていない、つまり「本研究の推定結果は給食の効果をほぼ抽出している」ことが裏付けられました。

まとめと展望

本研究の結果から、少なくとも男子においては、日本の給食プログラムが、思春期の過体重・肥満を防止する減らす効果があることがわかりました。本研究の結果は、思春期の肥満を集団として減らすという観点で、我が国の中学校における給食実施が効果的であることを示しています。近年、先進国のみならず、途上国でも思春期の肥満の増加は重大な健康問題となっています。一般的には、食習慣の改善と運動が、肥満減少には最も効果的ですが、これらの習慣は、必ずしも一朝一夕には、改善しません。その点で、日本のような学校給食プログラムを介した、適切な栄養基準に基づいた食事の提供を政策として行うことは、グローバルな視点からも、思春期の肥満を減らす有効な手法のひとつと考えられます。

今回の研究では、私たちは「学校給食」という当たり前のように行われている政策について、実は思春期子どもの健康に対する効果という観点でのエビデンスが不十分であることに着目し、研究をしました。給食制度も含めて、現在行われている種々の政策が健康(もちろん健康以外にも)に与える影響は、その政策の今後を検討するうえでは、非常に重要な知見です。このような政策を議論するための土台となる研究を今後も続けていきたいと考えています。

 

参考文献
Harlan, C. (2013). On Japan’s school lunch menu: A healthy meal, made from scratch. The Washington Post. Retrieved from 
・Angrist, J. D., & Pischke, J.-S. (2009). Mostly harmless econometrics: An empiricist’s companion. Princeton: Princeton University Press.
Miyawaki, A., Lee, J. S., & Kobayashi, Y. (2018). Impact of the school lunch program on overweight and obesity among junior high school students: a nationwide study in Japan. Journal of Public Health. 

この記事を書いた人

宮脇敦士
宮脇敦士
東京大学大学院 医学系研究科 社会医学専攻博士課程 D4
2013年東京大学医学部医学科卒業、医師免許取得。せんぽ東京高輪病院・東京大学医学部附属病院で初期研修後、2015年より東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻博士課程在籍(指導教員は小林廉毅教授)。筑波大学研究員、Harvard T.H. Chan School of Public Health Visiting Graduate Studentなどを経て、現在、日本学術振興会特別研究員(DC2)など。