アオコとは?

アオコを知っていますか? 湖の近くに住んでいる人、釣りやボートなど湖沼でのレジャーに親しんでいる人、淡水を漁場としている漁業関係者でアオコを知らない人はむしろ少ないのではないでしょうか。それほどまでにアオコは日本各地の淡水湖沼で頻繁に見られます。それでも、それ以外の人となると、案外知らない人も多いかもしれません。アオコとは、淡水の湖沼でラン藻類(藍色の藻類の意)という植物プランクトン(微細な藻類)が大量発生すること、またはその発生した藻類のことをいいます。アクアリウムの壁に生えた藻をアオコと呼ぶ人もいますが、これは科学の用語としては正しくはありません。

アオコの発生の主な原因は、ラン藻類が栄養とする窒素分やリンが大量に湖沼に流れ込むことです(これを湖沼の富栄養化といいます)。植物プランクトンの一種ですので、増えるには十分な日照も必要としますし、また一般的に暖かい水温を好みます。このため、日本では主に初夏から秋にかけて見られることが多いです。アオコが出現するとどのような問題があるのでしょうか? まず、船や魚網がアオコで汚れます。これはたいへんな迷惑です。次に、アオコが出現すると、やがてアオコが死滅するのですが、その際に腐敗して強烈な悪臭を放ちます。アオコの出現現場近くに住んでいる人のなかには、その時期臭くて窓を開けられなかった経験をした人も少なくないと思います。さらに我々人間にとってもっとも注意すべき点は、アオコが急性肝炎を引き起こすアオコ毒(シアノトキシン)をつくることがあるということです。

網走川河口付近のアオコ、上流の汽水湖である網走湖から流出(2017年)

日本の水道水は上水処理の過程でアオコ毒は基本的には取り除かれるので問題にはなりません。しかし、高度な上水処理技術の導入が進んでいない途上国では深刻な問題になります。先進国においても、たとえば2014年にアメリカのエリー湖で起きたアオコ大量出現のように、度を越えたアオコの前では上水処理が追いつかず、周辺住民への水道供給が停止してパニックになるなどという事態も起こっています。このように、アオコはさまざまな水環境・公衆衛生問題を引き起こすのです。

アオコの祖先は海で生まれ、淡水へと進出し、繁栄した

さて、このアオコを構成する「ラン藻類」というグループの藻類ですが、これは植物プランクトンのなかでもっとも原始的なグループであるということがわかってきています。原始の生物は海で生まれた、ということをイメージできる人も少なくないかと思いますが、このラン藻類もやはり海で生まれました。化石の証拠から、それは27億年以上前のことと考えられています。

アオコを構成するラン藻類にはいくつかの種が知られていますが、最もふつうに見られるのはミクロシスティス(Microcystis aeruginosa)という種類のラン藻類です。この種は直径数マイクロ程度の球形の細胞が集まって群体をつくるという特徴を持っているので、顕微鏡観察で簡単に見分けることができます。このミクロシスティスですが、淡水ではアオコをつくるなど大いに繁栄している藻類なのですが、塩分に弱いため、海では決して見ることができません。まれに川の流れによって海に至ることもありますが、すぐに死んでしまいます。ミクロシスティスは太古の昔、おそらくは地球上に淡水湖沼が発達していった時期と同じくして、塩分に耐えるために必要な遺伝子を捨て去り、淡水で増えることに特化した結果、繁栄することに成功した種であることがわかってきています。一方、塩分の濃い海では、別の種類の藻類、珪藻類や渦鞭毛藻類がつくる「赤潮」に大量発生の主役の座を奪われています。

ミクロシスティスの顕微鏡写真、多様な形の群体をつくるのが特徴

ところが近年、淡水にしか生息しないはずのミクロシスティスが、淡水と海水の中間の濃さの塩分を示す汽水域に出現するようになりました。日本は海に囲まれた島国ですので、汽水の湖がたくさんありますが、なかでも宍道湖(島根県)や網走湖(北海道)でミクロシスティスによるアオコの発生が多く見られます。

汽水でのアオコ発生、それは海へ帰る旅の途上?

本来は塩分に弱いはずのミクロシスティスがなぜ汽水でアオコとして大量発生するようになったのでしょうか? この謎をとく鍵は遺伝子にありました。宍道湖と北海道の汽水湖のひとつ(濤沸湖)で採取された塩分に強いミクロシスティスの全ゲノム情報をそれぞれ調べてみたところ、通常のミクロシスティスが持っていない塩分耐性をもたらす遺伝子が見つかったのです。その遺伝子はショ糖(スクロース)を合成する遺伝子でした。

塩分に強いミクロシスティスは、周辺の塩分が濃くなると細胞の内部にショ糖を蓄積することによって、塩分が作り出す浸透圧という「細胞を破壊しようとする力」に対抗し、生き延びることができるのです。面白いことに、ミクロシスティスの祖先種はスクロースを合成する遺伝子を持っていたことを示す結果が得られています。それはつまり、いらなくなった塩分耐性をせっかく捨てたのにまた持つようになってしまったという意味では、ミクロシスティスにとっては不本意(?)なことであったのかもしれません。

ミクロシスティスの塩分耐性のメカニズム

さて、このショ糖を合成する遺伝子をよくよく調べてみると、さらに面白いことがわかりました。宍道湖産と北海道産のミクロシスティスがそれぞれ持つ4000以上の遺伝子は2個体のあいだで大きな違いが見られるのですが、スクロースを合成する遺伝子の配列だけは、2個体のあいだでほとんど違いがありませんでした。このように特定の遺伝子だけ違いがないことは、その遺伝子だけが両者のあいだで、「ごく最近移動した」ことを意味します。ヒトを含む高等動物では、遺伝子は親から子へとしか伝わりません(これを遺伝子垂直伝播といいます)。ラン藻類を含む細菌類は、親子関係にない他の個体・他の生物から遺伝子を簡単にもらい(これを遺伝子水平伝播といいます)、自分自身の生存に利用することができます。

つまりこの結果は、最近になってミクロシスティスに他の生物からスクロースの合成遺伝子が水平伝播し、それがミクロシスティスという種のなかで急速に広まっていることを示している、と考えることができます。塩分の濃い汽水でアオコが出現するというマクロな現象の裏には、そうしたミクロな世界の遺伝子のやり取りが隠されていたというわけです。

ミクロシスティスの進化の道筋についての仮説

先にも述べましたが、アオコは栄養分が豊富な湖沼を好みます。「最近起こった汽水への進出」というミクロシスティスの急速な進化をもたらした背景には、我々人類の社会活動がもたらした汽水環境の富栄養化(生活・産業排水の流入など)、という環境の変化があるのかもしれません。ショ糖がアオコに与える塩分に耐える力はそう強くはなく(塩分1%まで)、アオコは海水の塩分(約3.5%)には耐えられません。しかし、今後沿岸環境の富栄養化が進めば、海水に耐えるような性質を持った遺伝子をアオコが他の生物から受け取り、その結果、海でアオコが見られるような日がひょっとしたら来るかもしれません。その場合、アオコの汽水への進出が間違いなくその足がかりになっているはずです。

おわりに

汽水のアオコの研究の数はたいへん少なく、まだまだ始まったばかりです。汽水域はシジミ漁等の日本人にも縁の深い水産業の貴重な漁場でもありますので、汽水のアオコを予測・防除するという観点からも、これからの調査・研究はたいへん重要であると言えます。今後の研究の進展によって、ショ糖以外の物質による塩分耐性、つまりアオコの塩分耐性の多様性が明らかになってくるかもしれません。ひょっとしたらすでに、海水で生育できる能力を持ったアオコが日本のどこかで誕生しているかもしれません。

参考文献

  • Tanabe, Y., Hodoki, Y., Sano, T., Tada, K., and Watanabe, M. M. (2018) Adaptation of the freshwater bloom-forming cyanobacterium Microcystis aerguinosa to brackish water is driven by recent horizontal transfer of sucrose genes. Front. Microb. 9:1150.
  • Preece, E. P., Hardy, F. J., Moore, B. C., and Bryan, M. (2017). A review of microcystin detections in estuarine and marine waters: environmental implications and human health risk. Harmful Algae 61: 31–45.
  • 井上勲(2007)藻類30億年の自然史・第2版-藻類からみる生物進化・地球・環境- 東海大学出版会

この記事を書いた人

田辺雄彦
田辺雄彦
筑波大学藻類バイオマス・エネルギーシステム開発研究センター・主任研究員。
東京大学農学部農芸化学科卒。博士(農学)。国立環境研究所ポスドクフェロー、筑波大学生命環境系助教、同准教授等を経て現職。藻類を中心に地域・地球環境にとって有害・有用な微生物を対象とした研究を基礎から応用まで幅広く行っています。今回紹介したアオコのように、小さな微生物が引き起こす大きな現象を対象とした研究がとくに好みです。