北極海が吸収する二酸化炭素量が明らかに

北極海およびその周辺海域は、海水温が低いことや植物プランクトンの活動が盛んなことから、大気中の二酸化炭素を吸収すると考えられていました。しかしながら、北極海は、海域の特異性と観測の少なさのため、全球の大気海洋間二酸化炭素交換量を見積もる際に、唯一直接的な見積もりがなされていない海域でした。私たちは、新たな解析手法を適用することで、北極海およびその周辺海域が、いつどこでどのくらいの二酸化炭素を吸収しているのかを定量的に明らかにしました。北極海全体では、海全体が吸収する二酸化炭素の約10%を吸収していることがわかりました。また、二酸化炭素の吸収量は、季節や海域によって大きく変化することもわかりました。

全球の二酸化炭素収支を正確に見積もることは、地球温暖化予測につながる重要な課題ですが、本研究の成果は、今後の全球二酸化炭素収支の見積もりに有用な情報を提供し、その不確実性の低減に貢献します。また、二酸化炭素の吸収は海洋酸性化に直結する要因であるため、本研究で得られた二酸化炭素吸収量の空間分布と時間変化は、特に海洋酸性化の影響が深刻である北極海における海洋酸性化の実態把握につながるものです。

北極海とその周辺海域
北緯60度以北が、本研究の解析対象海域。ピンク線で囲まれた海域を北極海と定義した。白色は、平均的な海氷域。

二酸化炭素交換量の推定

海洋が大気とのあいだで交換する二酸化炭素の量は、海洋と大気における二酸化炭素分圧の差、風速、海氷密接度などの値から求められます。海洋の二酸化炭素分圧が大気の二酸化炭素分圧よりも低いと、海洋は大気中の二酸化炭素を吸収し、逆に、海洋の二酸化炭素分圧が大気の二酸化炭素分圧よりも高いと、海洋中に溶け込んでいた二酸化炭素が大気中へ放出されます。風が強いと、単位時間当たりの交換量が多く、風が弱いと交換量が少なくなります。また、海氷は、大気と海洋のあいだの壁のような存在なので、海氷が多い(密接度が高い)と交換量が少なく、海氷が少ない(密接度が低い)と交換量が多くなります。

このうち、大気の二酸化炭素分圧、風速、海氷密接度は、観測データと数値モデルから得られます。一方、海洋二酸化炭素分圧の観測は乏しく、結果として、二酸化炭素の交換量の詳細は知られていませんでした。

そこで、観測値がまばらにしか存在しない海洋二酸化炭素分圧を、すでに多くの観測から時空間分布が得られている水温や海氷の情報を用いて推定しました。推定の際に使用した自己組織化マップとは、ニューラルネットの一種で、北極海における推定手法を世界に先駆けて開発しました。推定した海洋二酸化炭素分圧を用いれば、大気海洋間の二酸化炭素交換量を計算することができます。結果として、北極海およびその周辺海域の1997年1月から2014年12月までの216か月分の大気海洋間の二酸化炭素交換量の分布図が得られました。

いつ、どこで、どのくらい吸収しているの?

1997~2014年の18年間で平均した大気海洋間の二酸化炭素交換量は、解析対象海域のほぼすべてにおいて、負の値、すなわち、海洋が二酸化炭素を吸収していることがわかりました。大西洋側のグリーンランド海やバレンツ海と、太平洋側のチュクチ海で、大きな負の値、すなわち、大きな吸収が見られました。これらの海域では、風が強く海氷密接度が低いためです。

1997年1月から2014年12月までの18年間で平均した単位面積当たりの二酸化炭素交換量(負値が海洋吸収を示す)

次に、主要な海域における二酸化炭素交換量の季節変化を調べました。グリーンランド海やノルウェー海では、秋から冬にかけて大きな吸収があります。この海域の風は秋から冬にかけて強いためです。一方、チュクチ海では、夏から秋にかけて大きな吸収が見られました。夏は、海氷が少なく、海洋の二酸化炭素分圧も大きいため、秋は風が徐々に強くなるためです。

グリーンランド・ノルウェー海と チュクチ海における二酸化炭素交換量の季節変化(負値が海洋吸収を示す)

また、各地点における二酸化炭素交換量の長期変化傾向を計算することもできます。バレンツ海北部やグリーンランド海では、二酸化炭素の吸収量が増加していました。これは、この海域で海氷が減少しているためです。一方、バレンツ海南部やチュクチ海では、二酸化炭素の吸収量が減少していました。これは、水温上昇による海洋の二酸化炭素分圧の上昇が大気の二酸化炭素分圧の上昇を上回っているためです。

本研究で得られた各地点における二酸化炭素交換量を北極海全体で積算すると、年180±130 TgC(炭素換算で1.8億トン)の二酸化炭素を大気から吸収していることがわかりました。これは、海洋全体が毎年吸収している二酸化炭素の約10%に相当します。北極海の面積は全海洋の3%に過ぎないのに対して、約10%もの二酸化炭素を吸収していると言うことは、北極海が重要な吸収域であることを意味しています。一方、北極海全体の二酸化炭素吸収量の長期変化傾向は、吸収量が増加している海域と減少している海域があるために、ほぼゼロになっていました。

これからも、監視を続けていくことが大事

現在のところ、水温上昇に伴う海洋二酸化炭素分圧の上昇による吸収量を減少させる効果と海氷減少による吸収量を増加させる効果が打ち消し合って、北極海全体の二酸化炭素吸収量の長期的な変化は小さくなっていることがわかりました。すなわち、北極海の海氷が減少し、大気と直接接する海域が広がったからといって、必ずしも二酸化炭素の吸収量が増えているわけではありません。

海氷は今後も減少していくと予想されており、二酸化炭素吸収量に関しても、引き続き、注意深く監視していくことが重要だと考えています。

北極海の太平洋側の出入り口にあたるチュクチ海は、北極海とその周辺海域のなかでも、特に大きな海洋二酸化炭素分圧の季節・経年変化がみられる海域となっていました。チュクチ海周辺は、私たち海洋研究開発機構(JAMSTEC)が、世界に先駆けて、数多く観測してきた海域であり、今後も観測を続ける予定です。

海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋地球研究船「みらい」(提供:JAMSTEC)

参考文献

  • Yasunaka, S., E. Siswanto, A. Olsen, M. Hoppema, E. Watanabe, A. Fransson, M. Chierici, A. Murata, S. K. Lauvset, R. Wanninkhof, T. Takahashi, N. Kosugi, A. M. Omar, S. van Heuven, J. T. Mathis (2018) Arctic Ocean CO2 uptake: an improved multi-year estimate of the air-sea CO2 flux incorporating chlorophyll-a concentrations. Biogeosciences, 15, 1643-1661, doi: 10.5194/bg-15-1643-2018.
  • Yasunaka, S., A. Murata, E. Watanabe, M. Chierici, A. Fransson, S. van Heuven, M. Hoppema, M. Ishii, T. Johannessen, N. Kosugi, S. K. Lauvset, J. T. Mathis, S. Nishino, A. M. Omar, A. Olsen, D. Sasano, T. Takahashi, R. Wanninkhof (2016) Mapping of the air-sea CO2 flux in the Arctic Ocean and its adjacent seas: Basin-wide distribution and seasonal to interannual variability. Polar Science, 10, 323-334, doi: 10.1016/j.polar.2016.03.006

この記事を書いた人

安中さやか
安中さやか
国立研究開発法人 海洋研究開発機構 北極環境変動総合研究センター 研究員。博士(理学)。専門は海洋学。北太平洋を中心に、海洋表層の水温、二酸化炭素量、栄養塩濃度などの変動を明らかにしてきた。2014年から、北極に関する研究プロジェクトに参画し、北極域における二酸化炭素交換量の定量化に取り組んでいる。